第112話 晩餐の最後

 ――お前自身の人生をも、否定するような考え方だと思わないのか。

 今にも出かかった言葉を、イフレニィは、大きく息を吸って飲み込んだ。その辺は、言っても仕方がないことだと割り切るしかない。それぞれの国で習慣が異なるなら、価値観もそうだ。イフレニィがコルディリーでの旅人としての生活を是とするならば、彼らの信ずるところもまた然りだろう。

 感情が行動を支配しようとするのを苦労して退け、意識を内容へと集中させる。

「生き残った者で調査隊を編制し、情報を常に最新に保つようお願いしています。そこは、元老院の技術をお借りしています。帰るための準備は進めていますが、生活出来るほどの整備は行き届きません。それも、ご存知のように、回廊地帯における精霊溜りの活発化のためです」

 イフレニィがまともに耳を傾けているか怪しんだのか、半ば鉱山での話も交えつつ、細部が付け足されてはいた。女騎士の理想だけではなく、よりあちらの現状が垣間見えたと言った方がいいだろうか。

 妙だ、と感じられた。

 出会ったときは、ただ王の筋である者を探していると言っていなかったか。

 今、殊更に主王に関して強い関心があると示した。

 それは鉱山街で仄めかされたことでもある。イフレニィが逃げ出したために聞き損ねたとすれば、これに関することなのかもしれなかった。そして、髭面も忠告したことの理由なのだろう。

 イフレニィの中で、警戒心は強まる。

 主王といった明確な旗印が必要ということは、その同胞達とやらは女騎士ほどの強い意志でまとまってはいないように思われた。そう予想できる要因はある。時が経ち過ぎたことを、女騎士は憂いた。国を離れて十年経っているのだ。今の街に生活の基盤が出来てくれば、離れたがらない者も出てくるだろう。子供の頃から、そこで暮らしていた者達などは特にそうあってもおかしなことではない。そういった気持ちを切り替えた者と、帰りたい者で意見が割れているのかもしれなかった。

 だが目の前の女騎士を見れば、帰りたい側の押し付けは強烈だ。事ある毎に説得しようといった者に囲まれていれば、そっとしておいて欲しい者にとっては迷惑なことだろう。イフレニィの心情からすれば、すでに取り返しがつかないほどに関係が険悪になっているのではないかと思えてしまう。

 しかも、改めて聞いたところ、避難者の数が多すぎる。一つの街の人間がそっくりそのまま移ったのではないかという規模だ。集団になれば、より先鋭化するだろう。

 旅人イフレニィと女騎士フィデリテ。向かい合いながら互いを見ていない二人が、それら勢力の縮図のように思えた。

 また、そう考えれば別の懸念も湧く。

 元老院が国という存在ではないとはいえ、管轄の領内でのことだ。外から来た集団の軋轢を前にして、元からの住人にとっても良い気はしないと思える。暴動でも起きていれば、落ち着いている場合でもないだろうから、今のところはうまく回っていると考えるしかないが。気にかかったのは、帰郷組も大所帯ならば、街の支援なしでの準備は難しいだろうことだ。争っている場合ではない。しかし当人らが、さも当然のようにその原因を振りまいているならば、追い出したい側としても手を貸すのは不満に思うだろう。

 現在、元老院に身を寄せるトルコロルの民の上にあるのが、高慢な物言いの人物だったことを考えれば、円滑な状況など望める気はしなかった。

 過去コルディリーでは、街の住人と同等の人口流入で、諍いが起きないようにと周辺に村を作った。言葉は悪いが、隔離したのだ。余裕のないときには、ささいな習慣の違いなどで、いがみ合う。結果的に互いを守ることが出来ただろうと、イフレニィは考えている。

 周囲の手を借りることができたこともあって徐々に整備されていき、今では国や組合の補助がなくとも回るようになっている。村それぞれの特色なども出てきたほどだ。再び回廊が原因の問題は出てきたのは苦々しいことだが、国が対策を立てて動いており、過去の経験から皆も落ち着いて取り組んでいるだろう。

 そんな風に、新たな居場所を作り上げる人々を見てきたイフレニィからすれば、女騎士らの考えは馬鹿げていた。受け入れた街の人々にとっても、危険な地に向かいたいという集団を送り出す手助けをしろなどと言われて、素直に頷けるものではないはずだ。それでもなお決行するというなら、外からの手を受け入れると共に、皆が少しの我慢を分け合うことも必要だろう。

 はたして目の前の人物は、どう考えているのだろうか。己の望みこそ、民の気持ちを代弁しているとでもいうような態度を見せられては、辛口にならざるを得ない。

「帰還計画は私が合流次第に進める予定です。連合軍の目処が立つまでには第一陣を送りたいと考えていたのですが、遅れておりまして」

 投げやりになりそうになるのを堪えて、内容だけを頭に書き留めていくが、湧き上がる心情まで抑えることはできない。

 もはや住む者はなく、住める環境でも状況でもない廃墟でしかないだろう。そこまでして帰りたいものかと、不思議でならなかった。

 イフレニィとて子供の頃は、不満はあれども国に帰ることを好悪で考えたことはなかった。もしも父が生きていたならば、イフレニィは迷わず共に戻ろうとしただろう。それは肉親の情といった繋がりがあってこそだ。

 ――親か。

 女騎士が子供の頃から帝国に居たかどうかを、確かめてはいなかったのを思い出した。話の流れから元老院のことは、もう一人の副王候補に任せているという。女騎士自身は長いこと戻っていないか、こちらに留まっていたようだった。子供の頃からいるならば、両親の何れかが騎士で、連れられてきたはずだ。つい、話を遮っていた。

「両親が、騎士だったのか」

 途端に、女騎士の面は強張った。

「今も、騎士です。騎士は父の方、ですが」

 そう言いながら、長いまつげが瞳を隠す。てっきり死んでいるものと思っていたから、あえて尋ねたため、わずかに驚く。それは父の、印の血を見て、弱っていた姿が頭に残っているせいだった。女騎士の父の方が、継承順位は高い。それで存命というならば、印は関係なかったのだろうか。

 ただ、生きているにしては、目を伏せた女騎士の反応は弱々しい。

「今も城に厄介になってるのか」

 その答え如何で、女騎士がここにいる経緯が判明する。イフレニィの質問に、今度こそ女騎士は顔を逸らした。

「私は、そうです。父は、当時、国の危機を察して旅立ちました。どこかで生きている、はずです」

 言葉は途切れる。

 押しつけがましいほどの、強い意志。垣間見えた、その頑なな態度の理由は、イフレニィにも理解できるものだった。

 遺体に会ってないために、受け入れられないでいるのだと。

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