第93話 商人の交流
店を冷やかすにしろ端から見ようと、イフレニィは通り道として開けられた位置にきて、外れの様子が目に入り足を止めた。
店番の商人と護衛以外は、天幕の立ち並ぶ広場の外に開かれた場所に集まっていた。商人ら砂色の布を巻いた固まりと、護衛の旅人ら灰色の集団に綺麗に分かれている。立場の違いもあるだろうが、興味のある話題も違うだろう。しかし両者の間に険悪なものは感じられない。それどころか、気も緩んでいるのか和やかな雰囲気すらあった。勢いよく言葉を交わしているのを見るに、情報交換でもしているのだろう。
広場側へ視線を戻すと、セラの、符は要らないかと呼びかける声が聞こえた。バルジーも護衛として付いて回っているが欠伸交じりだ。
呆れて頭を振りながら、店先へと意識を戻す。そう何軒もない。全て流し見てみることにした。買えるような物があるとは思えず冷やかしのつもりだったが、無理に売ろうと待ち構えている者も見られない。人が溢れているわけでもない場所だ。商人らもゆったりと構えているようだった。行商人達にしても、イフレニィの身なりから判断しているだろう。さして期待の色もなく、気安く声をかけてくる。
「旅人向けは、お隣さんだよ」
頷いて、そのお隣さんとやらへ向かう。
セラのガラクタと比べては失礼かもしれないが、しっかりとした道具類を扱っていた。特に目を引いたのは、保存食。その一角が目を引く。台の上を格子状に区切られた中に、干からびた植物類が少量ずつ並べてあった。色とりどりの乾燥植物は、指先ほどに細かく砕かれており、元が何かはよく分からない。茶葉なら用のないものだが、旅人向けというのだから尋ねてみる。
「そいつらは果物だ。穀物の保存食ほどではないが、街から街へ旅する程度なら十分日持ちするぞ。水気には気を使って欲しいがね」
納得して頷くと、数種類の欠片を一つずつ、食えと渡された。日に翳すと、やや透明にも見える、黄色から橙色とまばらな色合い。摘んで、口に放り込む。やや弾力のあるそいつを噛み砕くと、微かな甘さが舌に残った。
悪くない。いつも味気ないものばかりだ。普段持ち歩いている携行食ほど安くはないが、さして値が張るものでもない。一袋買うことにした。片手にずしりと重みがある。いきなり散財しているあたり、うまく乗せられた気がしないでもないが、良い買い物だと思え気分は悪くない。
袋を片手に乾燥果物片を摘みながら店を回り、最後に、セラが話し込んでいる天幕の前に来た。
「どうだ」
小声で、セラの背後にいるバルジーに話しかける。
「思ったより、買ってもらえたよ」
言うそばからバルジーの手が伸びてくる。量はあるからいいがと思いつつ、厚かましい行動を咎める視線を送るが、もちろん素知らぬ顔だ。
「んぐ、そこそこ美味しいかな」
今度は一掴み持っていかれた。それが、そこそこの取る行動なのかと睨む。
諦めて、そのまま立ち話しているセラの背後から、天幕を眺めた。持ち主であろう年嵩の行商人は、世間話の体で若い商人へ指南しているようだった。話し声が耳に届くまま、聞くとはなしに聞く。
「あまり一気に売るのは控えたほうがいいと思うね。当然、原料に入手制限が掛かっているのを知ってるだろう?」
行商人の話にセラは頷いている。
「その鉱山から出てきたところだよ」
そうだろうと思ったと、相手も頷いている。
「あっちもこっちも商人。ややこしいな」
「名前、あるし」
うっかり呟いた言葉に、すぐさま隣から突っ込みが入る。聞こえなかったことにして、商人達の話に耳を傾けなおした。
「こちらはありがたいがね。いやなに、ここにきて需要が増しているもんでな。砂漠の国からの帰りなんだが、最近ではあちらさんでも買い手が多いんだよ」
「作れるだけ売るつもりだ。資金も必要だしな」
「確かに、これを売り時と捉えるのもありだな。だが、原料の確保にはよくよく注意しろよ」
「工房を構えるつもりなんだ。その時は頼むよ」
「ユリッツ工房だね。覚えておこう!」
しばらくすると、相手の調子のいい相槌と共に話は終わった。
しかし物を売るだけでなく、きちんと宣伝もしていたとは、意外と抜け目がないと感心していた。職人として新たな顧客を確保するというならば、地道に売って回り宣伝するのも悪くないのだろう。妖しげな新商品とやらの開発も、その内に実を結ぶかもしれない。こちらは期待薄に思うが。
どこに工房を構えるかは決めていないはずだが、それで宣伝をして大丈夫なのかと不思議ではあった。魔術式符工房の数は多くないのだから、名と場所だけで通じるのかもしれない。セラの出身は東の方だと聞いている。帝国の東側は大陸の端でもあり、海に面する。海沿いのどこかの街になるのだろうが、この街道を使う行商人らにしてみれば、そう遠くはないだろう。
セラが広げていた道具袋を、荷車へしまっているのを見て声をかけた。
「売れたみたいだな」
返ってきたのは、複雑な表情だ。
「需要が増えてるらしい。精霊溜りで」
その言葉に、固まる。よもや、こんな南方に来てまで、その言葉を聞くとは思わないでいた。
「どの辺かは聞き損ねたが、砂漠の国々でも、以前より被害が増えているそうだよ。特に、人の寄らない砂漠の真ん中など、気が付くのも遅れるそうだ」
人口の問題、鉱山や職人の問題、様々にあるだろう。他国では、そこまで人手は割けまい。精霊溜りは、別に北方に限った現象ではないと、頭では分かっているつもりだった。ただ、以前の大異変以降、国を挙げて処理してからは数は減り続けていると聞いていた。だからこそ軍の定期巡回も、年に一度となっていたのだ。
北部が特別なのは、回廊周りの変異のせいに違いない。そうなると、それまでのものとは違う要因にも思えた。
回廊周りの異常が、さらに広がっているのか――それとも、また別のものなのか。
帝都から砂漠側へ派遣されたという旅人の一団。鉱山の、半ば封鎖といっていい状態。あれらは、急激に広がっている現象を喰い止めるための対策だったのだろうか。
よくよく考えれば、大げさなことだった。国が原料を大幅に確保するだけでなく、制限するほど。よほど侵攻が進んでいるのではないのかと、考える以上に深刻な状況が垣間見えた気がした。
――どうする気だろうな、あの髭面どもは。
これでは北方どころの話ではない。計画によれば、各国に少しでも人手を出させようと動いていたはずだ。それが、どこも余裕がなくなったとなれば、逆に人を出せと反発されてもおかしくない。
周辺国に納得させるには、原因は確実に、回廊の異変だと証明する必要がある。
そんなことが、可能なのだろうか。
その前に、混乱の臭いを嗅ぎ付けた各国が、すんなり協力するかも怪しい。消極的な停戦状態だ。この機に少しでも利するよう、足を引っ張り合う姿しか思い浮かばない。鉱山に軍を置いていたのは、隣国からの攻撃を警戒していた線が濃厚に思えた。
一つ、息を吐く。
また飛躍しすぎているのだと、頭を冷やすためだ。入る情報が少ない故に、僅かなことでも聞けば、あらゆる想像に飛び火してしまう。
「うえぇっ」
奇声に舌打ちしそうになるのを堪え、どうせバルジーだと視線を向けて、唖然とする。堪えた舌打ちは、文句となって口をついて出ていた。
「ふざけるなよ!」
「毒でも入ってたのかな」
「そんなわけねぇだろ!」
いつの間にやら果物は、袋から半分も消えていた。
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