第92話 荒野市

 地図で見る限りでは次の街まで、他の区間と比べるとかなりの距離が空いている。数日は何もない荒野の中を歩き続けることになるだろう。イフレニィは、セラの隣を歩きながらそんな話をしつつ、なんとはなしに野営予定を確認していた。どのみちセラに合わせて、のんびりした旅だ。予定もなにもなく、日が暮れかければ足を止めて休むに任せている。

 しかしイフレニィには辛い配分だった。急ぐことで体力を削ることもできず、暇を持て余してしまう。それで良くないことへと考えが及んでしまうのを避ける意味合いもあり、予定の確認にかこつけて苦手ながらも世間話を試みていたのだが、意外な言葉が出てきた。

「心配ない。途中で市場に寄るつもりだ」

 こんな場所で聞くにはおかしな単語に、聞き間違いかと顔を向ける。

 疑問を読み取ったのであろうセラが続けた説明によれば、隊商市場と呼ばれる簡易の拠点が設営されているそうだ。

 拠点が遠すぎることを嘆いた商人らが、有志を募って許可を取り付けたというその場所は、国にとっても都合が良かったようで公式に野営指定地を兼ねているらしい。軍も演習などで度々利用するらしく、浄化槽まで設置されているとのことだから、村並みの設備は期待できそうに思えた。しかしあくまでも臨時の拠点。そんな場所だから、住み着こうとするものがないよう、行商人達も目を配っているという。

「さすがに、組合はないよな」

「商人組合も置いてなかったはずだから、旅人組合もないだろうな」

 元々、小さな村にまであるようなものでもないため、当然そんな場所にあるとは思わない。あれば便利ではあるため、念のための確認だ。

 突如、セラの引く荷車の取っ手と、挟んで歩くイフレニィの間に頭が生えた。

「おいしいもの、あるかな?」

「鮮度が良いものは無理だろう」

 なんの驚きも見せずにセラはバルジーの質問に答える。

 本当に目障りな行動ばかり起こす女だと、苛立ちを胸にしまいつつイフレニィは一歩離れたが、袖を掴んでいたバルジーもついてきて余計に苛立つことになる。

「暇だからって、絡むな」

「毎日、手合わせできると思ったのに」

「しない」

 暇すぎてか、バルジーは眠そうに半ば目を閉じながら歩いていたから、セラと話していたのだが、それが何か面白いことではないかと思ったようだ。ここのところ、意識がはっきりしているときは何かないかと詰め寄ってくる。イフレニィも初めはこれ幸いと質問し、精霊力に関して試したりもしていたのだが、一通り思いつくことは終えてしまった。そればかり考えていても、徒労感が募るということもある。しばらくは頭を切り替えたいと思っていた。

「じゃあ、なにか思い付きないの」

「もうない」

 しかしバルジーの方も、嫌な気分になろうと、暇を持て余すよりはましということで協力していたくらいだ。なかなか諦めそうになかった。そもそもイフレニィは、気の利いた事をいえるような性格ではない。他人に言わせれば刺激もなく、面白みのない生活を是としてきたのだ。途方に暮れつつも、バルジーと押し問答しながら一日は過ぎていく。


 隊商市場といったものがあると話を聞いてから一晩が過ぎ、日が傾いた頃だった。街道沿いを歩いていると、木々の狭間に忽然と空間が広がった。そう広くは見えないものの、場に対して動く人の多さに驚き、どこの山賊の拠点に辿りついたのかと緊張したのも束の間。

「ここだ」

 セラの指示に従って進み、イフレニィ達は、その広場に足を踏み入れていた。広場を丸く囲むように天幕が並ぶ。入り口は解放されるように布は巻き上げられており、棚や台が置かれ様々な商品が並んでいた。

「なるほど。市場だな」

 客が来そうにない場所でありながら急に現れた生活感に困惑するものの、街の中とは違い、目に付くのは砂色と灰色の衣装の人間ばかりというちぐはぐさが違和感を与えていた。

 周囲を見渡せば、街道からは離れる奥の方に別の天幕が集まっている。こちらは入り口も閉じられており、側には馬車なども停まっている。そちらは寝泊まり用なのだろう。それだけだ。想像では、もっとましなものを期待していた。それなりに賑わいもあるのだが、遠目に見れば侘しさが拭えない。

 もちろん貴重な物資の調達できる場所であり、気持ち的な安心感は大きなものだ。確かに宿場町とも呼べないものだが、管理は必要だろう。住み着く者がないようにとの話だったが、どう維持されているのかと聞くともなしに疑問を口にすると、セラから答えが返ってきた。

 どうもここに居る皆が常時設営しているというものではないらしい。この街道の定期的な利用者らが、入れ替わり立ち替わり、しばらく滞在しては営業して去っていくとのことだ。許可を取った行商人らが、持ち回りで管理しているということだろう。

「符を買ってくれないか聞いてくる」

 セラが商人らしい言葉を吐いて離れていく背を、呆気にとられて見送る。珍しいことだと感じるが、これまで売り物がなかったのだから、それを言うのは公平ではないと思い直すも、次には売れるのだろうかと疑問が湧く。符など、お守り程度に持ち歩く程度のものだ。旅の最中は特にそうだろう。

「俺は店を見てる」

 狭い場所だ。はぐれることもない。イフレニィも用件を告げて離れようとすると、返事はバルジーから返ってきた。

「おもしろいもの見つけてきてねー」

 両手を上げて振りつつセラについていくバルジーに、溜息を吐きつつ片手をあげるだけで返しておいた。

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