酔っ払って子犬を拾ったら、イケメンの人間に変身した話

奏 ゆた

第1話

 どうしよう。これはどういう状況なのだろうか。私はシーツを掴み、手繰り寄せた。

 隣には知らない青年が気持ち良さそうに眠っている。何故か服を着ていない。柔らかそうな金髪に、長い睫毛が揺れている。

 そして驚く事に、頭に耳が生えているのだ。私は自分の昨晩の行動を思い出した。

 昨日は会社の飲み会で、帰りが遅くなった。気分も良かったので、普段通らない近道を選んで通った。街灯は少なく、夜道は暗い。人気も少ないので普段は使う事のない道。そこを歩いていると、小さな鳴き声が聞こえた。私は鳴き声の正体を探るべく、声の方向へと近づいた。


「お前、一人なの?」


 段ボールの中で毛布にくるまれた小さな子犬が一匹、弱々しく鳴いていた。私は子犬を怖がらせないよう、ゆっくりとその小さな身体を撫でる。子犬は気持ちいいのかクーン、と小さく鳴いた。


「うちに来るかい?」


 私の住むマンションはペット可だ。このまま連れ帰っても何ら問題はない。私は段ボールを持ち上げて、子犬と一緒に帰路へと着いた。

 すぐにシャワーを浴びせて体を洗ってやり、ドライヤーをかけ、ミルクを与えた。子犬はミルクを見ると、勢いよくこちらに突進してきた。何時間もあそこにいたのだろう、凄い食欲だ。


「ふふ、焦らなくてもいいからゆっくり飲みなよ」


 名前、どうしようかなー。そんな事を考えながら頭を撫でていると、ミルクを飲み終わった子犬は眠そうにウトウトし出し、そのまま寝息を立て始める。私は子犬を抱えてベッドへ向かい、そのまま一緒に眠りについたのだった。


「えぇと、そう、子犬! あの子はどこに……」

「んん……」


 隣で眠っていた青年がもぞもぞと動いた。ドキリとして私はその場に固まる。ゆっくりと青年の瞳が開かれる。私と目が合うと、ニッコリと微笑まれた。


「おはようお姉さん!」

「え、あ、お、おはよう……?」

「あれ、僕の言葉解るの? すごーい!」

「きっキャーー!?」


 思い切り抱き着かれた。しかも、裸のままで。すっぽんぽんなのだ。なにも着けていない。これはさすがの私でも参る。


「ちょ、ちょっと待って! あなたは誰!? その耳は何なの!?」

「へ……?」


 青年は自分の耳を触った後に、じっと手の平を見つめた。そうして、彼もまた驚きの声を上げる。二人してパニックになっている図は、なんともまぬけだろうな、と冷静に心に中で突っ込んでしまう。そんな場合じゃない。


「あれ、僕、昨日まで犬だったのに! 何で!? 何で人間になってるのー⁉」

「えぇぇ、昨日の子犬が君なの!? あれ、これ夢かな……」


 現実逃避するために私は布団を被り直した。こんなの現実じゃない。きっと夢だ。そうだ、悪い夢だ。それにしても、私、男に飢えているにしても、子犬が成年に変身する夢を見るなんて相当ヤバいんじゃないだろうか。自分で自分が怖い。


「お姉さん起きてー!」


 うるうるとした瞳で青年――もとい、子犬――がこちらを見つめる。その表情は卑怯だ。

 仕方なしに私は起き上がる。夢じゃない。もう訳が分からないが、青年をそのままにしても置けないので、比較的大き目の服を青年に手渡した。後でコンビニに行って男性物の下着を買おう。そんな事を考えながら、とりあえず顔を洗うために洗面所へと向かう。

 着替え終えた彼は、私の後をテクテクと着いて来る。これが子犬ならかわいいのだが、大の大人の姿でそれをされるとなかなかにシュールである。


「あー、とにかく、名前がないと不便よね。……じゃあ、今日からあなたはキン」

「僕の名前! キン! わーい!」


 嬉しそうにニコニコするキン。しかし、その由来は安直すぎるので言わないでおこう。髪の色で決めたなんて、とてもじゃないが言えない。

 この純粋無垢な元子犬のキンと私の生活はこうして幕を開けた。私たちのラブコメが始まるのは、まだ少し、先のお話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

酔っ払って子犬を拾ったら、イケメンの人間に変身した話 奏 ゆた @yuta_k73043

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ