あの日、石畳の、階段で。

久保香織

あの日々を。

今でも時々、夢に見る。

夢に見る度、あなたを想う。

君は、幸せかい?

あなたは、どんな大人になったのかしらね


「いつか、会えたら。。。」





ズズズー、ザザザー、と陸上部の柚木がトンボで土をならす。どうやらまた押し付けられたようだ。ひとりでグランド整備をしている。柚木待ちをして、それとは見えないように集団ではしゃいでいたが、ひとり、ひとり、と塾や家庭教師の時間で帰っていった。

そう、つまり今このグラウンドの中にいるのは柚木と俺だけだった。グラウンドと校舎を繋ぐ階段、それも石畳だ。その中央付近に腰かけて柚木のグラウンド整備が終わるのを待つ。

何度か手伝うと言って、数あるトンボを手に取ろうとすると、柚木は嫌がった。

「これは、グラウンド整備は、安全に走らせてくれてありがとう、の意味を込めてするの。だから私がする」

そういう、責任とも感謝ともいえる心を忘れない柚木が俺は好きだった。芯がぶれないのだ。


黄色い銀杏の葉が舞台を整えてくれる。

そよ風が心地よく石畳の上に葉を落とす。黄色一色の石畳。

柚木がグランド整備を終えたようだ。こちらもこの季節を待ってタイミングと時間とがやっと整った。


さてさて、これからどうなるのかねぇ。

ゆっくりと瞳を閉じてゆっくり開ける。柚木が部室に向かって行った。



やられた、まただ。

部室の鍵をかけられたまま持って帰られた。制服もスマホも何もかも部室においてきたのに、、、。

と、彼女たちは思うだろう。

バカみたい、私は呟いてグランドにある石灰室に向かうために、先に校舎に近い男子サッカー部に寄った。

トントントントン、トトトントン。

リズミカルにならしてドアを躊躇なく開ける。男子サッカー部の部室は鍵をかけない。ロッカーの鍵を取り出すと一番手前のロッカーを開ける。女子の制服と鞄が入っている。私はそれを持って男子サッカー部の部室を出た。


荷物を持ってグラウンドへの近道の階段、石畳に銀杏並木が綺麗だ。その中央に男子サッカー部の部室を許可した男子が座っていた。


「津守、さんきゅ」

横に座って私は言った。男子サッカー部のキャプテンだ。ちなみに生徒会長でもある。

「柚木、お前陸上部の部室においてあるままだろ、全部」

にやり、と私は笑って「んなわけ、ないでしょー」と言った。

そう最初から陸上部の部室においてあるのはフェイクだ。で、通学帰宅の時だけ制服に着替えるのだ、予備の。やられるのはわかっていたから最初から津守に頼んでいたのだ、そう、入部したときから。

体操服で授業を受け、教科書は隣の人のを借りる授業。困るときは保健室の先生とも手を組んでいる。業務を手伝う変わりに秘密を。


「お前なぁ、おかしいと思ってたんだよ、閉め出されたって言ってたのに成績も何もかも優秀なのが!」

呆れ顔で津守が言う。

クックックックッと、私は女子らしくなく笑う。

やっぱりこいつはいいやつだ。


気持ちいー。


声が出ていたかはわからないけど。


西陽が木陰と光のコントラストを作る。芸術だ。

津守がそっと学ランを私の肩にかけて抱き締めるとそっとささやいた。


ただ、私は、わたしは、首を、降らざるを、得なかった。得なかった。


そして、私は、スッと学ランを津守の肩に戻して、「さんきゅ!」と笑って言って石灰室に走っていった。振り返らずに。


巻き込むわけには、いかないから。

それほど私は、津守が好きだったから。


もう、男子サッカー部は使えないな、そう少しだけ鍵のかかる石灰室で泣いた。


それから数日して津守は学校を辞めた。ざわつく校内も時間が静かにさせて私はノルマをこなすように、何処か遠くへ。遠くの大学へ行けるよう学園生活を終えた。

青春を、終わらせた。

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あの日、石畳の、階段で。 久保香織 @kaori-s

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