傲慢領主は奴隷メイドちゃんとイチャつきたい!

大塚零

領主様は奴隷ちゃんと手を繋ぎたい。

 先日、親父が隠居してヴェイタス家の当主となった俺、レオニード・ヴェイタスは一つ“問題”を抱えていた。


 いや、正確に言えばわざわざ問題という程ではない。この完璧な俺からしてみれば本当にどうでもいいような些細な事であり、現状でなんとか無理やりひねり出してようやく意識できるレベルの事柄である。深刻な“問題”なのでは決してない。


 そう、あくまでこれを解決しなければちょっと寝付きが悪くなる、わずかにでもそういう気分にもなりたくない、という程度の話である。深く考えてはいけないぞ、俺。


 俺は現状を正しく認識すると、ひとつ深呼吸する。


 今の俺は暖かな暖炉の前で柔らかなソファーに腰掛けて、一見するとリラックスしている状態に見えるだろう。

 だが、本当にその些細な“問題”から全然――いや、あまりリラックス出来ないでいるのだ。


 その“問題”とは――何か。


 俺は隣りに座っているその“問題”そのものをちらりと横目で見る。

 すると“問題”は気付かなくてもいいのに俺の視線に気付き、柔らかな表情を俺に向けてくる。

 かあっと顔が熱くなるような気がする。落ち着け、それは暖炉の火のせいだ!


「どうかしましたか? レオニード様」


 そう、“問題”とは今、俺に向かって微笑んでいる一人の可愛い少女――いや、メイド。そう、俺にとっては小汚い奴隷である。


 名はメアリ。五回前の雪の季節に家で引き取った奴隷。


 当時は本当に薄汚れた貧相な奴隷だったが、今は我がヴェリタス家のメイド服に身を包み成長し、女性らしさが生まれているその姿はとても可愛らしく似合って――いや、似合ってない。可愛いとか微塵たりとも思ってない!!


「す、すみませんっ! 火が強かったですか……?」

「い、いや、全然。そんなことはないぞ……というかなんでそんなことをいい出したんだ?」


 ぴたり、とメアリは俺の頬に彼女自身の手を添えた。メアリの手は少し冷たい。

 メアリは俺よりも体が小さく、女性の中では小柄な方だ。だからそのようすれば俺とメアリとの体の距離は当然近くなってしまう。

 そしてメアリの瞳は俺をまっすぐに見つめており、俺の喉は渇いて――って、そうじゃない!!


 ば!? な、何やってるんだこ、こいつは!? こ、この俺はお前の主で軽々しく触れていいのではないぞ!?


 メアリからどうこうする様子はないと見た俺は慌てて、メアリから顔を背けた。

 決して、気恥ずかしいとかそういうわけではない!!


「……あの、お顔が赤くなっていましたので。……大丈夫ですか? レオニード様。もしかしたら体調など」

「き、気のせいだ! 火の加減でそう見えるだけだ! 気にするな!」

「そうですかぁ……良かった」


 メアリは俺が本当に元気なようであることが分かったようで、声は安堵の色があった。


 ……“問題”とはつまりこういうことだ。


 親父が隠居を決めるとそのまま両親が別荘へ移り住んだから、このメアリと二人きりになって緊張とかしているわけじゃない。なにを話せばいいのかわからなくなっていることなどありえない!


 ただ、なんだ。ほんのすこし、緊張したり自分自身がよくわからなくなったりするのが問題なのだ。


 この名家たるヴェイタス家当主であるレオニード様が自分の奴隷を前にそのようなことがあってはならない。

 そう、そういうことである。変に考えてはいけないぞ、俺!

 だから、もし人前でそうなってしまったらあまりにみっともないので少しでも慣れなければならない。いや、この俺はそうはならないけれど万が一ということもあるからな。


「あー……そ、そうだ、さっきから何をしているんだ? ……あ、えっと。メ、メアリ?」

「何をですか? ……ああ」


 メアリは膝に置いてあった毛糸玉と編み棒に視線を移し、軽く触れる。

 パチンッと暖炉の火が爆ぜる音。柔らかで温かい光がメアリの顔を照らす。

 そのメアリの横顔を、どこか幸せそうなを俺は見つめてしまっていた。


「レオニード様の手袋を編んでます。今年は随分と寒くなりそうですから」

「そ、そうか。メアリはなんだ? き、きが……」

「き?」


 メアリはきょとんとした顔で首をすこし傾げている。

 気が利くな。と言おうとしたのだが、なぜがうまく出てこない。

 いや、奴隷相手でもこういう時は褒めるのって普通だとは思うのだが妙に気恥ずかしい。くそ、本当に俺はどうしたというのだ!


「い、いや。なんでも……そうじゃなくてだな。……うん、メ、メアリは気が利くな」


 途中で言い淀んだせいか、やたらともったいぶった言い回しになってしまった。

 言った後で言わなければよかった、などと後悔の念にかられ――


「そ、そうですか……えへへ、ありがとうございます。レオニード様、わたしとてもうれしいですっ」

「…………べ、別にそこまで喜ぶことじゃないだろう」

「ふふっ。いえ、そんなことないです? とってもうれしいですよ」


 相変わらず俺はメアリの顔を直視できないがその弾んだ声から嬉しそうな笑顔を浮かべているのが分かる。なにがそんなに嬉しいのだろうか。


「その、レオニード様。……もしよろしければ手を貸してはいただけないでしょうか?」

「手を? 別に構わないが……」

「では……失礼します」

「……一体何をォッ!?」


 突然、俺の手から冷たく、そして柔らかい感触が伝わってきたために驚いてしまった。

 顔を背けていたせいでメアリが俺の手を握ることに気づけなかったのだ。

 もし気付いていたならば驚いたり、情けない声など出さなかっただろう。

 このヴェイタス家当主たるレオニード・ヴェイタスが奴隷に手を、手を握られたくらいであんな声を出したというのが知られてしまったら末代までの恥もいいところだ。


 しかし、メアリはなぜ急に俺の手を握って? い、いやまさか、もしかしてそういうことか?


「その、手袋の採寸のつもりでしたが……いや、でしたか?」


 メアリは俺の反応がいけないことだと思ったのか、少し申し訳無さそうだった。

 その様子からするとどうやら俺の頭の中を駆け抜けた気の迷いは肩透かしである。

 いや、全然がっかりなどしていない。俺は全くメアリに対してそういうのはないのだから……! いや、本当に微塵も、どうでもいいからな!


「い、いや!? そんなことはないぞ! ただ、なんだ、ちょっぴり急に手を握られ……ではなく! メアリの手が冷たかったからびっくりしただけだ! 全然問題ない! 大丈夫だ、どんどん採寸しろ!」

「……ふふっ、はい分かりました」


 じっくりとメアリの手が俺の手をなぞっていく。

 メアリは集中しているようでゆっくりと俺の手を確認していった。

 パチパチと暖炉の火が爆ぜる音、その光で照らされるメアリの真剣な顔。そして手から伝わる柔らかい感触が、短くはなく、そしてそう長くもない時間を満たしていった。


 それに対し、俺はと言えばメアリが集中しているせいで、手から伝わる柔らかい感触をメアリに話しかけたり、なにかで紛らわすことが出来ず、ただ耐える事しか出来なかった。

 何に耐えていたのかと問われれば、俺にもよく分からない何かとしか言えないだろう。とにかく耐えていたのだ――色々と。


「……はい、分かりました。どうもありがとうございます、レオニード様」


 そして俺の手からメアリの柔らかい手が離れようとする。

 それは名残惜しく、俺はまだ触れていたいと――くそ、違う。そうじゃない!

 そう、メアリの手が冷たく感じて寒いと思ったからだ。奴隷の体調に気を配るのは主人の務めとして当然のことだろう。


 とはいえ、とはいえだ。俺からわざわざ切り出すのは奴隷のメアリに対して示しがつかないのではないだろうか。

 などと俺が考えていると、ぎゅっと柔らかい感触が俺の手を包んだ。


 な、なにが起こった……!?


「その……もう少し、こうしてもいいですか……?」

「……あ、あぁ。別に構わないぞ。俺の世話をするお前が病気にでもなったら迷惑だからな!」

「……はい、お言葉に甘えさせていただきますっ」


 俺が抱える“問題”は全く解決の糸口は見えない。

 まだまだ俺がこの“問題”に戸惑うことはあるだろう。


 けれど目の前にあるメアリの嬉しそうな顔、手から伝わるメアリの柔らかさは――そう、嫌いではない。


 ……あくまで嫌いではないだけだから!

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