這い寄るのは宵と負け Ⅱ


 私は玄関から入ってすぐの台所近くのテーブルに座って、由仁と対峙していた。同じ間取りだろうに、物珍しそうに部屋を見渡す彼女を見つめる。


「とりあえず、今日は泊まってって。今後のことは、由仁がなんて言うかで考える」

「理由は話したしょ」


 私達は部屋に戻ってきたばかりだ。由仁は隣の椅子にリュックを下ろして、あっけらかんとしている。調子が狂うけど、私達の纏う空気のアンバランスさには段々と慣れてきた。


「……まぁ。でもそれって、そうしなきゃいけない理由はないってことでしょ」

「意味分かんない。そんなのあるわけないしょや」


 彼女は見るからに呆れていた。ここは私の家だというのに、どうにも居心地が悪い。まるで物分かりが悪いのは私の方だとでも言うような態度だ。横柄というのもちょっと違う。勝手気ままであるがまま。私は由仁と話すのが得意じゃないと思った。だけど、多分そんなに嫌いでもない。とにかく不思議な感じだ。


「だって。なんで私なの」

「……あぁそういうことか」


 そう言って何度か頷いて見せると、私の疑問を理解したらしい由仁は続ける。


「まぁ、千歳が不思議に思うのも無理ないよね。あたしら、会ってまだ二回目だし」

「うん。栗山さん達も、私達がほとんど初対面だなんて知ったら、きっと驚くよ」


 視線が交錯する。喧嘩をするつもりなんてないのに、なんだか空気が穏やかじゃない。すると、由仁はテーブルの木目に目を落として語り出した。


「あたし、今年二十一なんだけどさ、フリーター? みたいなことやってんの。事故当時ここにいたのだって、とりあえず実家帰ろーみたいな軽いノリで」

「そうだったんだ」


 由仁も私と同じように、ここでずっと暮らしていくつもりなんて無かった人だった。それを知ると、少しだけ親近感が湧いた。

 分かってる、私の受験失敗だって、由仁が仕事に飽きて戻ってきたタイミングが悪かったのだって、どっちも自業自得だって。そういうところも含めての親近感。


「千歳は? いくつ?」

「私は由仁の一個下だよ」

「そっか。したっけあたしの方がお姉さんってことになるじゃん。住まわせてよ」

「意味分かんない。いやだよ」


 ジャイアンか。やっと真面目な話が聞けると思ったのに、私は肩透かしを食らったような気分でがっかりしていた。由仁はテーブルに両ひじを突いて手を組んで、ケラケラと笑っている。


「そんなはっきり言うー?」

「そういう理由で住まわせるのはイヤ」


 私はさらにキツく言った。多くは語らなかったけど、私が何を言いたいのか、由仁にも伝わったようだ。小さなため息が聞こえてきたかと思うと、彼女は打って変わって真面目な表情をしていた。


「ここってさ、あたしらくらいの年頃の人って全然いないじゃん」

「まぁね」


 彼女の言うことは何も間違っていない。健全な人生を歩む者達は勉学や労働に勤しんでいる。高校を卒業してすぐくらいの年齢で団地にいる人はほとんどいなかった。そして残った若者の多くはこの山で働いている人ときた。つまり、彼らのほとんどは、爆発に巻き込まれて既に死んでいる。


「初めて千歳を見たとき、奇跡だと思ったんだよ」

「いや、大げさだし」

「そんなことないよ。こんなところで同年代の女の子に会えるなんて、思ってなかったから」


 大げさだなんて言ったけど、私もあのとき、同じことを考えた。それが少し嬉しかった。

 理由はそれくらいだよ。ホントに。そう言って言葉を結ぶ由仁が嘘をついているようには見えない。だけど、本心を話してくれた感じもしなかった。


「……そっか」

「っていうかそれ、もう明日考えてよ。今日は楽しい話しようよ。ね?」


 おねだりするようなその顔を見て、由仁の父も大変なんだろうなって思った。こんな可愛い顔でそんなこと言われたら、絶対に聞いちゃうでしょ。ホント、相変わらず勝手だ。だけど、その提案は正しいと思った。

 父の部屋と母の部屋は場所だけ案内すると、由仁も勝手に中に立ち入るようなことはせず、分かったと呟くに留まった。最後に私の部屋を案内して、中へと招く。

 特等席である座椅子は譲らなかった。ちゃぶ台を挟んだところに座布団を置いて由仁を座らせて、そこで私はあることを思い出した。


「明日、物資捜索の当番だ」

「そうなんだ。あたしも行っていい?」

「由仁の号棟の当番は?」

「明日はないし、あたしにはもう関係ないよ。千歳の家の子だし。ね、三國と作業するの嫌なんでしょ?」

「まぁ……」


 三國。彼の名前が出るだけで、体が強張った。嫌だなぁという言葉が自然と口を突いて出る。由仁は身を乗り出してテーブルに手を付くと、私の肩にそっと触れた。


「……千歳、マジで気を付けなよ」

「気を付けてるじゃん」

「ううん。ここが無法地帯になったら、あんた真っ先に」

「無法地帯……?」


 不穏な言葉に、空気が凍る。そんな想定はあまりしたくない。ここが隔絶された空間だからこそ、それは起こり得ることだ。あまりにリアルで悲惨な想像は、誰だってしたくないだろう。

 私の心中を察してか、由仁は笑った。気を遣わせてしまったみたいで心苦しい。ただの例え話に過敏になって、馬鹿みたいだ。


「あー、ごめん。忘れて。今日さ、同じ布団で寝ていい?」

「え? いや……まぁ、いいけど」


 客人用の布団は母の部屋の押入れにあったと思うけど、出すのは億劫だ。それに狭い部屋が余計に狭くなる。私自身は由仁と一緒に寝るくらい、別にどうってことないし、むしろ彼女の方から申し出てくれて助かったなんて考えていた。


「お姉さんが腕枕したげるよ」

「いらない。っていうかお姉さんったって、たった一つでしょ」

「成人と未成年は全然違うしょ!」

「まぁ……」


 時計を見ると、そろそろ炊き出しの時間だった。私は由仁を立たせると、部屋を出た。本当はこの真っ黒い格好もどうにかさせたかったんだけど、私の服のストックの殆どが作業着であることを知ると、彼女は「着ると思う?」と鼻で笑った。

 思ってないけど、そんなに嫌かな、作業着。


 広場を目指して階段を降りていく。美味しそうな匂いに手繰り寄せられるように歩調が早まって、一階に着くと同時に炊き出しが豚汁だと確信した。振り返ると、由仁は不安そうにそわそわしていた。

 彼女の心配事については心当たりがある。だけど、きっと大丈夫だ。他の号棟の子を炊き出しに誘ったことはないけど、あのおばさん達なら快く受け入れてくれるはず。


 列に並んでいる間、由仁は注目をほしいままにしていた。

 貰ってきたばかりの大きくて深い容器を手に持って佇むカラスは異様だ。もう暗くなってきているというのに、頑なにサングラスを外そうとしない。訳を訊くと「カラスは夜になっても黒いままだよ」なんて馬鹿げた返答が返ってきて少し笑った。由仁の冗談は、私をこのまま一緒に好奇の目に晒されてもいいか、という気にさせた。


「おばんです、森岡さん」

「あらら、千歳ちゃんと、由仁ちゃんでしょ!」

「どうもー」

「えっ、森岡さん、知り合いなの?」


 一人一人に豚汁をよそっていた森岡さんは、私達の番になると仰天した。そしてその様子に今度は私が驚く。由仁だけは間延びしたいつもの口調でひらひらと手を振って笑っていた。


「由仁ちゃん、なして……」


 言いかけた森岡さんだったけど、何かを思い出したように黙ると、たくさん食べなと言って、由仁の持っていた皿に、明らかに多めに豚汁をよそう。しかも具だくさんだ。こうしてやりたくなるような事情が、由仁にはあるらしい。

 それを察すると、安易に触れてはいけない気がして、配給の列からそっと外れた。部屋、戻ろっか。そう話しかけると、カラスが嬉しそうに鳴いた。


「私のお母さんと森岡さん、事故が起こる前の寄り合いで仲良くなったんだよね」


 由仁が語ったのは、豚汁を平らげて部屋でくつろいでいるときだった。知りたいだろうと気を遣わせてしまったのかもしれない。確かに知りたかったけど、無理に話させたかった訳じゃない。私の考えすぎかもしれないと思うと、遠慮する言葉すら簡単に言えなかった。


「別に、特別なことは何もないよ。ただの知り合い」

「そっか」


 彼女は私の小さな疑問を解くと、やっと部屋着に着替える気になったようだ。図々しくも私に部屋着を催促するから、本当に適当に見繕って手渡すと、「作業着渡されたらどうしようかと思ったけど、良かった」と言って笑った。

 私だってさすがにこれで寝たりしない。この頃気に入っていた配給の短パンとTシャツに着替えて、寝支度を整える。歯ブラシを手に取って、由仁の分もいるな、なんて考えてから頭を振った。まだここに住まわせると決めたわけじゃないんだから。

 棚にあった父用だった新品のそれを渡すと、由仁がニヤニヤと私を見てきた。「勘違いしないで」と言って、誤摩化すように歯磨き粉を出してみたけど、ちょっと多めに出しすぎたかも。


 私よりも早く布団に入った由仁は実に楽しそうだった。千歳の匂いがするとはしゃいで、毛布に顔を埋めている。私は顔が熱くなるのを感じながら、慌てて由仁からそれを剥ぎ取った。


「何すんのさー」

「匂いとか、恥ずかしいからやめて」

「だって本当だし。好きだけど。千歳の匂い」

「……うっさいなぁ」


 言葉に詰まった私に、由仁は笑顔で手招きをした。難しいことはまた明日考える。そう決めたのは私達だ。紐を引っ張って電気を消して、布団まで歩いていく。


「腕枕したげるよ」

「それ、本気で言ってたの?」

「ほんとはお金取るんだから、光栄に思った方がいいよ」

「へぇ、いくら取るの?」

「百万円」

「バカでしょ」


 そう言って、私は由仁の腕の上に頭を乗せた。人と寝るのは久々だ。最後にそうしたのはいつだったろうか。浪人になって、周囲に置いていかれるような感じがして、団地の外の友達ともあんまり会わなくなって。

 多分、最後に人と寝たのは高校の卒業旅行で函館に行ったときまで遡る。私を入れて五人で行ったけど、私以外は進学したり就職したり、元々ここの団地の子たちではなかったし、多分、二度と会うことはないんだろう。

 そんなことを考えながら眠りに就いた。私も由仁の匂い、好きかも。茶化されるだろうから絶対言わないけど。薄らぐ意識の中で、そう思った気がする。



 翌朝、甘ったるい匂いがする何かに抱きついて、顔をもぞもぞと埋めながら意識が覚醒した。ふかふかと柔らかい感触を顔面で堪能した直後、異変に気付く。抱き枕なんて持ってないじゃん、私。

 顔を離してその匂いの発生源が由仁であることに驚いて、少し遅れて昨日のことを思い出した。彼女の体を軽く揺すって強引に目を覚まさせると、まだ寝てたいとかなんで起こしたのとか、どうしようもない抗議の声が部屋に響く。っていうか、私、目が覚めたとき、由仁のどこに顔を埋めてた? ……よし、考えないようにしよう。


 着替えを持ってきていなかったらしく、由仁は一つの衣類に対してこれほど悪態をつけるのかと感心してしまうほどに作業着に文句を付けてから袖を通した。他にも服はあるけど、彼女に作業着を着せたのはちょっとした悪戯だ。昨日は散々振り回されたから、これくらいは許されると思う。

 自分の支度が一段落つくと、由仁の方を見る。彼女が着ると、ただの作業着が妙に可愛く見えた。思わず可愛いと呟くと、由仁はむっとして、馬鹿にしてる? と口を尖らせる。そういうつもりはないんだけど、まぁファッションにうるさい彼女からしたら、そう感じるのも無理はない。


「ごめんって。本当に可愛いから。なんていうんだろ、可愛い子がそういう格好してると、アンバランスさにくらっとくるっていうか」

「……千歳、そっち?」

「違うよ!」


 怒りを解こうと必死になったのがいけなかったようで、妙な誤解を呼んでしまった。下手なフォローなんてしなければよかったと後悔しながら、慌てて訂正する。

 いつもなら「違う」って、普通に言えたのに。今朝は由仁の胸に顔を埋めていい夢を見た直後だったからか、なんだかすごく気まずかった。


 今日は物資捜索の当番だ。一階に降りると、整列の前に二号棟の寄り合いに顔を出す。少し前まではここに顔を出すのが日課だったのに、最近は色々なことがあって疎かになっていた。私がここを訪れたのには理由がある。


「おはよっ」

「あら、千歳ちゃん。そっちの子は?」

「由仁っていうの、友達」

「そっかいそっかい、よろしくね」

「あぁ、はい、どうも」


 私は早川さんと由仁を引き合わせた。ここには、これをしに来たと言っても過言ではない。要するに私と由仁が一緒にいるところを見た事がある、という人を増やしておきたかったのだ。これから一緒に暮らすどうかは、まだ保留だけど。一緒に居ることは増えるだろうし。

 早川さんは元食堂の女将で、食事当番を専門に担当している。色んな人に会う機会があって、よく喋る彼女のような人に知られておくのが、そういった印象付けには最も手っ取り早いのだ。

 私は辺りを見渡して、いつも飲んだくれてたおじさんの姿を探した。名前は知らないけど、決まった場所に座っていたあの人の定位置を、今更間違えるわけがない。私は顔を上げて早川さんに言った。あそこに居たおじさんは、と。


「……あぁ、あの人かい。あの人だったっけ、こないだ亡くなったよ」

「そう、なんだ」


 何故だか、酷くショックだった。死にそうだと言われながらも、ずっとあそこにいたおじさん。名前は知らないけど、いつも機嫌が良さそうに酒瓶を傾けてた。

 死ぬんじゃないかと言われている人が生き長らえている状況は、少しだけ私の気持ちを軽くしていたのだ。少しだけ? いや違う。それをたった今、思い知っている。


「……したっけ、私らこれから当番なんで」

「ちょっと、千歳? 大丈夫? なしたの?」

「したっけね。今日も美味しいの作って待ってっからね」


 何かを察した早川さんは、そう言って私達を送り出してくれた。それに愛想笑いで返すのが、今の私にできる精いっぱいだった。


 私の胸の中は絶望感で満ちていた。少しずつ、この団地が壊れていくのを感じていた。外側から少しずつ、じわじわと。私だってもう子供じゃない。分かっているつもりだった。自分だけが特別でここから逃げることができる、なんて夢物語が実現しないことを。客観的に考えれば、私達全員のデッドエンド。それしか有り得ないんだって。だけど……。


「千歳、ショックなのは分かるけどさ」

「……うん」

「あたしがいるしょ」

「……一緒に暮らすのは、まだ保留だからね」

「ちぇー」


 私と由仁は雑談を交わして目的地へと歩いていく。由仁が話し掛けてくれたおかげで、ほんの少しだけ楽になれた気がする。

 物資捜索の当番の集合場所は、二号棟の出入り口の前と決まっている。ここでも由仁は浮くかと思っていたけど、彼女以外にも見慣れない顔がいくつか並んでいた。どこから来たのだろうと考えていると、三國さんがやってきて、集合していた面々の顔を見渡した。


「俺は物資捜索なんかの当番の責任者の三國だ。事情は聞いてる。お前ら、移住は済んだ口か?」


 発せられた言葉はなんだか穏やかじゃない。私ははっとして隣を見た。由仁は神妙な面持ちで、静かに三國さんを見つめている。


「……どういうこと?」

「まぁ、うーん」


 言いにくそうに視線を逸らした彼女の代わりに、事情を知らない私みたいな人間に説明するように、三國さんは少し声を張り上げる。


「三号棟は実質解散だ。そのまま部屋に残るも良し。正常に機能してる一、二号棟に交わるも良し。どっかが潰れたら、どっかがかぶる。代表の間では元々そういう取り決めだったからな。その時が来たってこった」


 実質解散。その言葉は私の心を大きく揺さぶった。そして、同じように動揺した誰かが三國さんに問う。


「三号棟の代表はどうしてるんですか?」

「死んだよ。ちなみに今回死んだ奴は三代目の代表らしい。解散したから、もう新しい代表を見繕うこともしないそうだ」


 私の知らないところで、大変な何かが起こっている。三國さんは続けてなんか言ってたけど、あんまり耳には入ってこなかった。


「俺らは力を合わせて頑張ろう。わざわざ協力しに来てくれてるんだ。みんなも、受け入れて欲しい」


 気が付くと、私は由仁を睨みつけていた。言いたいことが、たくさんある。いや、彼女は私に言わなければいけないことがあったはずだ。年下なんだから言うことを聞けとか、寂しかったとか、そういうことを言う前に。


「なしてこんな大事なこと言わなかったの?」

「こんなの聞かされたっけ、うんって言わざるを得ないって思うだろうなぁって思ったから、かな」

「私を説得したいんだったっけ正しいしょ」


 糾弾されてもなお、由仁は淡々としていた。いつかバレると思ってたけど、遂にその時が来ちゃったか。そう言いたげな横顔は、憎らしい程に愛くるしい。


「……あたしは、やむを得ない状況だと千歳が知る前に、首を縦に振ってほしかっただけだよ。ごめんね」


 由仁なりのこだわりがあったらしい。それを察した私は何も言えなかった。というか、なんと言って良いのか、分からなかった。馬鹿げているのは確かなんだけど、ここまで頑なに貫こうとしていたそれを、馬鹿と一蹴していいのかが分からなかった。

 だって、私に断られていれば、由仁はたった一人で生きることになっていたかもしれないのだ。生死がかかっていると言っても大袈裟ではない状況で譲らなかったものを、安易に貶す気にはなれなかった。


「あっ。もちろん駄目なら駄目で大丈夫だし。家はあるからそこで暮せばいいし」


 いま、声がワントーン明るくなった。なんとなく、無理をしているんだなって、気付いてしまった。実質解散、つまりは完全な無法地帯になったと言っていいはずだ。そんなところ、私だったら帰りたくない。今更になって、由仁が「二号棟が無法地帯になったら」なんて想定を口にした理由を知る。

 由仁は誤解している。私は真実を知りたかっただけだ。「できれば由仁の口から知りたかった。なんだか騙されて試されたみたいで、気分が悪い」。そういう話をしたかった。


 周囲が適当にペアを作っていく中、私達はその場から動けずにいた。足音が近づいてくる。誰かは想像がついていた。視線を向けると、そこにはやっぱり三國さんがいた。今はいつも以上に顔を見たくない。とっとと消えて欲しい。


「二人は今日もペアか、はは。仲がいいな。今の話を聞いたところだと、一緒に暮らすことになったのか? 俺も混ぜてくれよ」

「……」

「だめだめ、おっさん禁止ー」

「冗談だ。まぁ、何かあったっけ俺に言ってくれ」


 適当にあしらわれると、それが分かっていたとでも言うように彼は背を向ける。十分に離れるのを見届けたあと、由仁は吐き捨てるように言った。


「……駄目だわ、千歳の話聞いてから、あいつキモくて」

「まぁ……実際キモいしね……。最近、なんか妙に積極的で、ちょっとね」


 凝りもせず綺麗な女性に声を掛ける三國さんの後ろ姿を睨み付けながら、私達は視線も合わせないまま会話を続ける。


「……千歳。あたし、千歳と暮らしたい」

「それはいいけど、ちゃんと言って欲しかった」

「ごめん。って……え!?」


 由仁は大きな声を上げてこちらを見る。一緒に暮らすのは構わないと言われたのが意外だったらしい。視線がかち合う。由仁は意外そうな表情のまま固まっていた。

 一呼吸置いてから、私は彼女に宣言する。


「誤解されてるみたいだから言っとくけど、私は別に一人が好きな訳じゃないし、素直に寂しいって言ってきた子を見捨てるようなことだってしたくない」

「ごめん……」

「なんか、腹の探り合いしてたみたいだね」

「会って二回目なのに、あたしが無茶言ったせいだよ。どう考えても変だったよね。千歳が警戒するのは、当然だったと思う」


 その変というものに昨日の服装が含まれているのかは若干疑問だったけど、まぁ多分含まれてないし、それはもういい。もう決めた。由仁を、家に置くことにする。

 きっと天国にいるお父さんもお母さんも、反対はしないだろう。してても関係ないけど。


「仲良くできるかな、私達」

「さぁ。でも、一人ぼっちだったっけ、喧嘩もできないしょ」

「確かに」


 由仁はたまに、とてもまともで、ごく当たり前のことを言う。

 忘れてしまっていたような何かを思い出させるように告げてくれる。


 これからたくさんの時間を一緒に過ごして、喧嘩した分だけ仲直りできたらいいな。

 問題は、私達にとやらが、残されてるかどうかだけど。


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