セカンドナルシスト

小早敷 彰良

セカンドナルシスト

むかしむかし、科学が錬金術と呼ばれ、民間レベルでは魔法と呪いが主流だった頃。

一人の男が二体の死体を身体にくくりつけられて、白い狭い部屋に転がされていました。

男は叫びます。

「借金も家賃も今月分は払っただろう。ツケは待つって。酒場のジュリーが保証人だ。なんだってこんな目に合わなきゃならない?」

どんな時代でもこんな人物はいるものです。

彼は無精髭を生やし面長な顔を持つ、長身の男でした。

適当な色の取り合わせの無地の服に、ジャケットを無造作に羽織っています。

特徴としては、ジャケットの背中側は不自然に膨らんでいました。

「おい、誰かいないのか。これを外せ。特殊プレイを押し付けるなら、ただの悪趣味って言うんだぜ。」

彼の両腕は片腕ずつに一体、死体がくくりつけられていました。

片方は美男の死体、片方は美女の死体でした。

命を失ったそれらは、成人男性の力を持ってしても、十分な重りとして機能しています。

男が疲労によって静かになるまで、数分しかかかりませんでした。

叫び疲れた男は、死体のそれぞれの顔を覗き込みます。

「あらまァ。」

彼は素っ頓狂な声をあげました。

「酒場のジュリーに、花売りのジュリエッタじゃないの。なんでまぁ、こんなことに。」

彼は白い部屋の真ん中で、これで最後、と思いながら叫びます。

「誰か、状況を説明してくれよ。」


「私とあの御方が説明致します。」


答える声がありました。

男の反応は迅速でした。

即ち、重量を物ともせず、死体を軽々と振り回して、ジャケットの背中側の膨らみに両手をつっこんだのです。

その手を抜く前に、白い銀で出来た羽を生やした女、まるで天使の様な女が声を発します。

「止めてください。何の利益にもなりません。」

男が鼻で笑いました。

「止めて欲しいと言って良いのは、人の話に聞く耳を持つ奴だけだ。」

そして、勢いよく両手に持った銃から、弾丸をぶちかましました。

大きく繊細な二つの銃でした。魔法全盛期であるこの時代において、銃は娯楽品でしかありません。娯楽品というのは、手間をかけて、作ることの出来る素敵なものです。

その、彼の持つ二つの銃も、そういった類の一つたちでした。

そして、馬鹿みたいに大きな弾丸が、女の顔を貫いて、首から上を無くしました。

煙を上げて、銃が沈黙します。この銃たちは娯楽品であるがゆえに、こうした不便さがあります。

しかし男はそれに、全幅の信頼を寄せていました。彼の武勇伝は割愛しましょう。

どれほど信頼しているかというと、自分の一番大事で大好きなものを預ける程です。

「じゃあ、話を聞こうか。」

倒れ込んだ天使の胴体を前に、男が言いました。ガシャーン、と金属の音が響き渡ります。

「ええ、お答えします、あのお方が。」

平然と、天使が答えました。

男は数秒間、動きを止めました。

瞬きの間に、彼女は自身の失った頭部を再生し、立ち上がっていました。

「おうおう、強い女は大好きだぜ。慣れると可愛い面を見せてくる瞬間、堪らないよなァ?」

男は女を眺めながら、状況を考えて、

「まーた、たちの悪い魔法騒ぎか。」

と合点し、彼は頷きます。

事実、男は呪いをよくかけられており、この様な状況に慣れきっていました。

この、古い時代、魔法全盛の頃。こういった騒ぎは日常茶飯事、ではありません。

呪術も、武器も、同じ扱いです。余程腹を立てなければ、人に向けようとは思わないものです。

なので彼の言う、たちの悪い魔法、をしょっちゅうかけられるのは、偏に彼の日頃の行いのせいでした。


−我は天秤 祈念と引き換えに 報酬と対価を与えるもの−


「ッ、頭の中に響きやがる。俺ァ二日酔いなんだ。もっと静かに喋りやがれってんだ。」

文句を垂れる男の頭に、心なしか、さらに音量を大きくして、声は言います。

−選びなさい 最愛の人を 祈りなさい 最愛の幸せを−

男は少しだけ考え込みました。

「この二人が? 俺の大事な人?」

困惑する彼に、天使が呆れます。

「貴方の心の中を覗いて、今大事な二人を選んだのですよ? 間違っているはずありません。」

「ううーん。酒場のジュリーは借金の保証人だから大事だが、ジュリエッタ?」

心底わからないというように、首をひねる彼に、天使は絶句しました。

「あっ!そうだ、この間手に入れたネックレス。使い道もないし、やる約束をしていたんだった。」

「まさか、それだけですか?」

「ああ、それだけ。人との関係性ってのは細やかで良いんだよ。」

嘯く彼に、天の声が促します。

−最愛の人を選んでください 選べないのなら 貴方は永遠にこの部屋の中です−

「選んだら?」

−彼らの内 選ばれた方が貴方と共に 生きてあの扉をくぐる権利を得ます−

「なるほど、これは邪悪な魔法だな。最愛の人を選ばせて、どちらかは確実に殺す。悪魔の選択だな。」

男は気軽に頷きました。

天使が少し憤慨した様に、彼をなじります。

「彼らは貴方のせいで、蘇生の可能性があるとはいえ、死んでいるのですよ。少しは悲しんだりしないのですか。良心が痛むことはないのですか?」

「いや、悪いのは魔法をかけた、邪悪な魔法使いだ。そうだろ?」

男はぴしゃり、と言いました。

「良心はもちろん痛む。だから、もちろん、殺す。骨も残さん。ここまでの魔法だ、きっと長年の研究が下地だ。全て無に帰してやる。」

淡々と、話します。きっと今までもそうしてきたのだと、納得出来る声色でした。

「そんな魔法を持つ奴を挑発して、炙り出すために、こんなせいかくしてんだからな、俺ァ。」

そう、格好をつけて、両腕に死体をぶら下げたままの男が、言いました。

天使はぞっとします。

このくだらない男に、気まぐれに魔法を向けた者は何人いたのだろう、と。

けろり、とした顔の男は、大の字に寝転がって言います。

「じゃあ、あの御方? 最愛の人を決めたんだが、どうすれば良い?」

−その人の幸せを心から祈りなさい そうすれば元の世界に戻る扉が開きます−

その言葉をきっかけに、殺風景な部屋が、豪華な意匠の扉のある部屋に変わりました。

「わかった。」

軽く答えた彼は、目を瞑りました。

数秒も、かかりませんでした。

音もなく、彼の腕にくくりつけられた二体の死体が消え失せました。

扉が大きく開け放たれます。

それらを見て、天使が困惑して呟きました。

「どうして誰も現れないのに、扉が開くのですか?」

死体は消え、自由になった男が笑います。

「さあな、俺がナイスガイだからか。」

天使は混乱します。

こんなこと、彼女のプログラミングされた脳の論理回路にはありません。

彼女は、魔法で神を下ろす儀式を完遂させる、魔法と錬金術の合いの子、機械仕掛けの天使です。

そんな彼女が知らない結果を前にして、バグが生ずるのは当然のことです。

平静さを失う彼女とは対照的に、男は手首をさすりながら立ち上がりました。

「それで、俺はどうなる?」

−最愛の人が亡くなるまで 死が二人を分かつまで 貴方には永遠の命を授けましょう−

「生きていれば心変わりすることもあるだろう。最愛の人が今と変わったらどうなる?」

−その時は その最愛を失った心のまま 消えてもらいます−

「わかりやすく言ってくれよ。」

−最愛の人が なくなったとみなして 心変わりした瞬間に死んでもらいます そこの天使の手によって−

「わかった。」

男はあっさりと頷きました。

天使は何度目かわからないほどに、驚きました。

この男の、綺麗に言えば恋多き男である彼の、価値観からいうと、大騒ぎしても仕方ない条件に思えたからです。

数秒だけ、彼は祈る為に目を閉じてから、言いました。

「さっ、もういいだろう。」

−ええ−

天の声は言いました。

−では 貴方の行く末に幸運がありますように−

天使は大慌てで問います。


「ちょっと、貴方の最愛の人は誰なのですか?!」

「いやいるさ。ちゃんと、目の前にな。」


天使が返答する前に、男の姿は部屋からかき消えました。


※ ※ ※



「何でお前がいる?」

太陽が照らす森の中を、無精髭の男と、機械仕掛けの羽を持つ天使が歩いていました。

清々しい空気にそぐわない、心底嫌そうな顔を、天使は男に向けます。

「わかった。俺のせいだな、はっはっは。」

「わかっているなら言わないでください。」

道を塞ぐ蔦を彼女は、自らの羽で断ち切ります。

「理解していますが聞きますよ。貴方の最愛の人は?」

「もちろん、俺、だ。俺自身に決まっている。一番好きだ、愛しているのさ。」

天使はため息をつきます。

「儀式の完遂まで、私は貴方と共にあらねばならないのです。早く他人を好きになってください。」

「そんな、心変わりしたら死ぬんだろ? 酷い天使もいたものだ。良心の呵責はないのか。」

「そう言っているのです。貴方自身を愛しているということは、死が二人を分けられない。心変わり以外に死が貴方に訪れることがないのですから。」

木漏れ日が、男の持つ銃を照らします。

「人が誰しも他人が一番好きだと信じているだなんて、邪悪な魔法使いだがロマンチストだな。顔が見たいものだ。」

これから見れるんだがな、と、男は哄笑します。

「仇討ちにはきっちり行くのですね。」

「そりゃあ、ムカつくからな。人の命をなんだと思っているんだ。」

天使は枝を踏み砕きました。

「同感です。報いを受けさせましょう。我々に不死を与えたことを後悔させます。」

男はまじまじと、天使を見ました。

「なかなか良い女だな、お前。」

彼女の背中にむけて、続けて言いました。

「お前のこと、好きだぜ。俺の次、二番目に、な。」

一番好きになって死んでください、と天使は笑いました。

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セカンドナルシスト 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa

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