現状二番目な俺たち
仲咲香里
現状二番目な俺たち
俺は心の奥の奥の、そのまた奥から湧き上がる失望と幻滅をみなぎらせて隣を見た。
まさか、この局面でその選択はあり得ないだろ?
俺たちに与えられた時間は三十秒。
シーンと静まり返るだだっ広い空間に、無情にも人工的なカウントダウンだけがこだまする。
コイツとの長い付き合いも、この時間が尽きたら終わりだな。俺はずっと、何でも分かり合える唯一無二の親友だと思ってたのに。
友情なんて、共に過ごした時間がどれだけ色濃く長かろうと、壊れる時は呆気ないもんだなー。
……なんて、感傷に浸ってる場合じゃねー!
まだだ。まだ時間はある!
後……二十秒か。う、うん。とりあえず、隣のコイツの顔見てたって答えは出て来ねー。
考えろ! 俺の持つ全ての知識を絞り出せ! 記憶を、呼び覚ますんだっ!
とか、思ってる時間がもったいないわっ。
えーと、えーと。焦るな、俺。もしかしたらコイツも勝算あっての愚行かもしれないし。
選択肢は三つ。確率三分の一。
一番か? いや、二番かも。でも、三番だった気もするーっ。
……やべ、手汗で滑ってボタン押しそう。
って、だーかーらぁっ! 余計な思考よ、今すぐ俺の頭から消え去れ!
「残り時間、十秒です」天から降るおそらく綺麗なお姉さんの落ち着いた声に我に返った俺は、もう一度ちらりと右隣を見る。
見慣れた親友の青ざめた顔。
まさか……、お前も分からないんじゃ?
そうか? そうなのかっ?
はああっ? マジかよっ!
くそーっ、俺も全っ然、思い出せねーっ! 折角ここまでたどり着いたっていうのにっ!
それも全部コイツのせいだと思うと余計に腹が立つ。でも今更、この状況は変えられない。
……かくなる上は、断腸の思いで奥の手を使うしかないようだ。
「五、四……」と後の無くなった俺は、そっと親友の手を握り、視線を交わし合った。
ごめんな、手汗すごくて……。
それも含め無言で頷く俺に、泣きそうな顔で親友が頷き返す。それが何を意味するのか、お前には分かるはずだ。最後にそれぐらいは応えて欲しい。
そう!
今こそ、択一問題の裏ワザ『答えがわからなければ後ろから二番目を選べ』の威力を試す時だってな!
「さあ、答えをっ!」
「に、二番の二周年っ!」
気合いたっぷりの大声で促す司会者に、親友が負けじと声を張った。
よしっ! さすが俺の親友!
どうだっ! 裏ワザ的にこれが正解だろっ?
胸の前で両手を組み、ただひたすらに最後の審判を待つ俺たちは、真っ赤なラメ入りジャケットに黒の蝶ネクタイという出で立ちの司会者をじっと見つめた。最大限に緊張の高まった局内に、心臓があばれ太鼓のように乱れ打つ音が充満してく。
無表情の司会者。無駄に尺使いやがって。
……ちょっと腹立つ。
たっぷり十秒は経過したかと思われた頃、不意にブーッと冷たい電子音が鳴り、俺たちは夢と希望を完膚なきまでに打ち砕かれた。俺と親友が同時に膝から崩れ落ちると、スタジオ内に悲鳴とも嘲笑とも取れる観客やゲストタレントの声が響き渡る。
「あぁぁぁ、おしいーっ! この問題、正しい答えは三番の三周年でしたーっ。いやー、この位、むしろサービス問題だと思ったんだけどねぇ? 残念だったね、君たちぃ!」
司会者のふざけた格好と言い方が鼻に付く。
でも、現実は。
終わった……。
本当に終わったんだ。
俺はボーっと頭上に掲げられた看板に目を移した。
第二回高校生限定マニアック王選手権。決勝戦。
十二年と飛んで二日。
今日の日の為に雨の日も風の日も、お盆も正月も、定期試験前も受験日前日も、親友と一緒にマニアックな雑学を追求した。
時に笑い、時に泣き。
病める時も、健やかなる時も「ナイス、マニアック!」を合言葉にやっと掴みかけた道だったのに。
気付くと視界に入っていた親友に、今度はふつふつと怒りが込み上げる。微動だにせず、同じように上を見つめ続けている親友。
対して周りは忙しく片付けを始める中、俺はどうしようもなくこの怒りをぶつけずにはいられなくなった。
「……お前、何であそこであの問題選んだんだよ! 俺は右から二番目選べっつっただろっ?」
「は、はあっ? だから選んだじゃん、ちゃんと、右から二番目をさぁ!」
「何言ってんだよ! お前が選んだの左から二番目だろっ。よく見ろよっ」
「ええっ? ぼ、僕もうテンパってて、右と左が分かんなくなっちゃったから聞いたんじゃん、お前に。右ってどっち? って」
「ああ。だから俺、ご飯食べる時お箸持つ方だってちゃんと教えたじゃん! それなのにお前は……っ」
「じゃあ、僕、合ってるよねぇっ?」
何だこの不毛な言い争い? 腹立つわー。
確かに俺は、あの時……。
約二分程前。
並みいるライバルたちを蹴落とし到達した、高校生マニアック雑学王になれる最終問題。ルーレットで選ばれたのは、ジャンル『カクヨム』。
カクヨム?
頭が真っ白になった。
何だっけ? えーと、えーと、ええ……っと。
あー、ほらっ、アレだよ、アレ。あの、最近ちらほら話題になってたような気もしないこともないー………………そうっ、web小説の!
よっしゃ、思い出した! セーフ、セーフッ!
さらに、五つの問題の中から回答者が一つ答えたい問題を選べるシステムに、俺たちは時間いっぱい使って一問一問を咀嚼するように確認していく。どうせこんなマニアック過ぎる問題は出ないだろうと言いつつも、一週間前に目を通しただけのサイト。
数十秒の後、司会者の「さあ、最後の問題。選ぶのはどれっ?」という熱い質問に、同じタイミングで俺と親友の目が合った。
「なぁ、やっぱり……」
「あぁ、右から、二番目だろ」
親友の問いに俺は笑いそうになるのを必死に堪えながら答える。親友の自信に満ちた目。
さあ、これが俺たちの栄光への第一歩!
「……あ、あのさ、確認なんだけど、右ってどっちだったっけ?」
「ははっ。分かるけど落ち着け、落ち着け。右はご飯の時お箸持つ方だって幼稚園の頃ダイスケが先生に言われてたのコッソリ聞いて、俺たちも覚えたじゃん」
「だ、だよね? ごめん、僕、ちょっとテンパっちゃって」
すげー、分かる! さすが親友!
よし、仕切り直して。
これが俺たちの、輝く歴史の始まりだ!
レッドカーペットで俺と親友がフラッシュを浴びる姿が目に浮かぶなぁ。
なんて完全に陶酔してた俺の横で、コイツは高らかに宣言したんだ。
「二番目の『Web小説サイトカクヨムは、今年三月でオープン何周年でしょう』にします!」
と。
……はっ?
今、何つった?
再び頭が真っ白になった。
違うだろ! そこは右から二番目の『カクヨムのフクロウ様のキャラクター、仮称を何というでしょう?』に決まってんだろっ?
くっそ、マニアックな方に焦点当て過ぎて何周年かなんてノーマークだった! もう頭は『トリ』のことでいっぱいなんだよ! ああっ、トリって二人一緒に叫びたかったのにー!
……これのどこに俺の落ち度がある?
いや、待て。
はっ、そうだ!
コイツ、左利きだったんだ……っ!
なんてこった!
俺の方こそテンパって、そんな当たり前のことすら忘れてたなんて!
「あ……、わりー、俺……」
「そんなに僕ばっか責めないでよ! もう、いいよ! 今日からオマエなんて、僕の親友二番目に降格してやるから! 親友一番はダイスケだからな!」
「なっ、嘘、マジでっ? ……い、いーよ、別に。お、俺だって、一番はダイスケでお前は心の友二番目に格下げしてやる!」
「何さっ?」「何だよっ?」なんて、それこそ不毛なやり取りを小一時間程続けた後、親友がポツリと言った。
「……でもさ、来年また一緒にチャレンジ、してくれる? あ、あーっ、でも、大学受験もあるし無理にとは言わないけど……っ。そ、それに、二番目の相棒としてで良ければだけどっ。ほら、こんなこと付き合ってくれるの、何だかんだオマエしかいないし……」
不覚にもキュンとした。
いや、決して俺は恋愛的な意味じゃなく。
「俺こそ……雑学友だち二番目としてで良ければ、一緒にチャレンジして欲しい」
すでに追い出されたテレビ局を背に、俺たちは並んで歩き出す。
優勝賞金百万円は逃したけど、今日の夕陽だけは、人生で一番、目に沁みる。
現状二番目な俺たち 仲咲香里 @naka_saki
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