二番目の序列

弐刀堕楽

二番目の序列

 人間、まったく目立たないのは良くないが、しかし目立ちすぎるのも良くはない。だから二番目を目指すくらいがちょうどいいんだ――昔、親父から聞いた最期の遺言だ。

 貧乏な家庭だったから親父が俺に残したものはこれっきり。だから俺はこの教えを大切に守った。二番目の男を目指して、これまで犯罪組織のなかでのし上がって生きてきた。悪いことはすべてやった。若い女を騙して娼館に売り飛ばし、ギャンブル依存症を借金漬けにしてタコ部屋へと送り込んだ。

 手を替え品を替え、金をかき集めて上納した。すべては組織のNO.2ナンバーツーになるためだ。そのために大勢の人間を犠牲にした。俺は正真正銘のクズ野郎だった。

 だがこんな俺にでも、ひとつだけ誇れることがあった。俺は決して『子供』を食い物にするような真似だけはしなかったんだ。今日という日までは……。


「そのガキを売り飛ばしてこい」


 耳を疑ったね。ボスからこの言葉を聞いたとき、たぶん俺の顔は青ざめていたと思う。普段はポーカーフェイスが売りの俺だが、このときばかりはとんでもないブタを引いたと思ったね。

 取引は深夜0時。場所は都内某所の廃墟ビルに見せかけた、組織所有のオークション会場だ。その場所まで、この年端もいかない娘を護衛して送り届けるのが俺の役目らしい。

 車に乗せる前も乗せた後も、娘は一言も口をきかなかった。ただ黙って俺についてきた。歳は十代前半くらい。年齢の割には、やけに大人しい感じの少女だった。

 十分くらい車を走らせた頃だろうか。突然、助手席に座っていた少女が口を開いた。


「二番目くらいがちょうどいい」

「なんだって?」

「あなたのお父さんがそう言ったの。死ぬ間際に残した遺言がそれ」


 おいおい、冗談だろう? 俺は驚きで言葉もでなかった。まさかと思うが、この娘は人の心が読めるのか?


「心というより頭の中身が読めるの。記憶はもちろん、あなたがいま考えてることもわかる。いまのあなたの気持ちは――驚いて声も出ないって感じね」

「マジかよ」


 とんでもないガキだな。なるほど、ボスがわざわざ俺につまらん子守をさせたわけがようやくわかった。つまりこの娘には超能力があると……。そうなると確かにこいつは高く売れる。


「わたしそれほど高くは売れないと思うけど」

「おい、運転中にあんまり人の心を読むなよ」俺は少女をにらみつけた。「だが、なぜそう思うんだ? 君の能力はとんでもなく価値があるものだぜ。正直ボスがなんで君を手放すのか、俺にはわからんくらいだ」

「だってわたし……」少女が少し言いよどんだ。「いままでこの能力のこと誰にも話したことないもの」

「だとすると、なぜ俺に話した?」

「あなたが良い人そうに見えたから」

「チッ……」


 胸糞悪いぜ。ガキが。お前さんはこれから変態の金持ち相手に売られちまうんだぞ。そして俺はその手引きをしている男だ。そんな人間が良い人なわけないだろうが。

 それからは俺も少女もいっさい口をきかず、車は黙々と俺たちを運び続けた。夜のとばりが下り、少女がウトウトと居眠りを始めた頃、例の廃墟が見えてきた。あれがオークション会場だ。

 見張りの指示にしたがって建物内へと入っていく。屋内の駐車場に車を止めると、助手席の少女はもう目を覚ましていた。


「行くぞ」


 彼女は車を降りた後も従順だった。俺は護衛の任も忘れてどんどん先へ進んでいく。少女は小走りで後からついてきた。

 正直、俺は良い人と呼ばれたことに腹を立てていた。なぜ頭にくるのかはわかっていた。いまの俺は自分を裏切ってる。昨日までの俺は同じ犯罪者であってもどこか矜持きょうじがあった。だが今日の俺は最後の誇りを捨ててしまった、ただの極悪人だ。しかし、いまさらボスの命令には逆らえない。

 駐車場からエレベーターに乗って地下に降りると、オークション会場の入口が見えた。入口には大勢の客が待機していた。どいつもこいつも仮面をかぶっている。まるで中世の貴族気取りだった。金持ちのゲス野郎どもめ。


「どうした?」


 急に少女が足を止めたので俺は声をかけた。顔色が青ざめている。くちびるが震えて目が泳いでいる。だが、どことなく前方にいる客の姿から目をそらしていた。


「おい、大丈夫か?」

「聞こえるの。あの人たちが何を望んでいるのか、これから何をされるのか……。わたし、怖い……」

「わかった。とりあえず別の場所へいこう」


 俺はエレベーターの方へと戻り、わきにあったトイレへと少女を引っ張っていった。正直いって俺の心はぐらつき始めていた。これは本当に正しいことなのか?


「ごめんなさい。さあ行きましょう」


 トイレから出てきた彼女は別人のように毅然きぜんとしていた。それを見て俺の心も決まった。俺はなんて情けない大人なんだろう。だが、まだ間に合う。まだ引き返せるはずだ。


「来い」

「どこへ行くの?」

「いいから早く」


 俺はトイレの横にあった非常口のドアを開けて少女をなかに引っ張り込んだ。もう後には戻れないし、戻る気もなかった。俺はガキを売り飛ばしてまで出世なんかしたくはないからな。

 非常階段を上り、駐車場へと戻る。見張りの男が一人、不審な目で俺を見ているが知ったことか――俺の車はどこだ?


「おい、とまれ!」


 俺は少女の手を引きながら走り出した。

 俺の車はどこだ? 車は?――見つけた。


 銃声が駐車場のなかでこだまする。見張りの男たちが撃ち始めた。だが、まだ距離がある。この距離なら走っていれば当たらない。よっぽど運が悪くなけりゃ大丈夫だ。

 銃弾を避けながら走りに走って、ようやく俺たちは車の前にたどり着いた。だが、そのとき少女が叫んだ。


「下がって!」


 閃光、そして爆発音――。


 一瞬、全身がこなごなにちぎれたのかと錯覚したくらいの衝撃だった。だがこなごなになったのは俺のほうじゃなかった。

 なんと目の前で俺の車が炎上していた。そうか。やつらは俺たちを撃っていたんじゃない。俺の車を狙って発砲していたんだ。ああ、終わった……。

 いつの間にか俺たちは大勢の見張りに囲まれていた。そういえば以前に似たような話を聞いたことがある。組織の商品に惚れて駆け落ちしようとしたバカがいたとか。いまの俺もそんな風に見えているのだろうか。だとしたら結末は最悪だろうな。


「男は殺せ。女は下に戻せ」


 見張りが言った。やはり俺は殺される。

 と、そのとき少女が決然とした声で言い返した。


「いいえ。誰もどこにも行かせない。全員ここで死ぬの」

「なんだって?」


 俺は思わず聞き返した。少女は何も言わない。彼女は静かに笑っている。そして少女は指揮者のように両手を勢いよく振り上げて、振り下ろした。それと同時に、見張りの男たちが全員床の上に叩きつけられた。かれらは悲鳴をあげているが少女は手をゆるめない。

 右へ左へと両手を振り動かし、やがて辺りの支柱や自動車が血と肉塊にまみれる頃には悲鳴は止んでいた。かつて人間だった物体はいまは見る影もなかった。


「驚いて声も出ないって感じね」


 少女は俺を見ていった。俺はその言葉を聞いてもまだ自分が見たものが信じられなかった。

 確かにこの少女は超能力者らしいが、べつに心が読めるだけとは言ってなかった。つまりこいつは物も動かせるし、人を殺すのも躊躇ちゅうちょしない――端的に言って、彼女はバケモノなんだ。


「バケモノは失礼な呼び方だと思うけどね」

「俺を騙したのか?」

「ちょっとからかっただけよ。わたしのおびえている姿を見て正義感をむき出しにするところは結構キュンときちゃった」

「それだけのためにこんなひどいことを。こんなに大勢を殺して……」

「自分だって今まで色々とひどいことをやってきたわけでしょ?」

「しかしここまでのことは……。というか、なんで君はこんなにすごい力があるのに組織に捕まっていたんだ?」

「わたしね、人を殺すのが大好きなの。でも普段は自由に力を使えない。下手したら警察に捕まっちゃうでしょ。だから、たまにこうやって犯罪組織に潜り込んで遊んでるの。だって犯罪者はいくら殺しても誰も文句を言わないものね」


 そういって彼女はまた笑った。とびっきりの笑顔だった。その顔は純粋に悪意なく喜びを表現していた。


「ねえ、それよりあなた二番目を目指しているんでしょう? 組織のNO.2ナンバーツーを」

「あ、ああ……。一番より二番がいいって教わったからな」

「それならわたしについてきなさいよ。わたしの力は世界を支配する力。わたしはいずれこの世界で一番の存在になると思うの。だから犯罪組織の二番手なんて小さな目標はやめて、わたしのもとで働きなさい」

「つまり、君についていって世界で二番目にえらい存在になれってことか?」

「そういうこと」


 これは一見、魅力的な提案に思えた。しかしこの少女が支配する世界で、上から二番目の存在になるということが果たしてどういう意味を持つのか。それを想像するだけで俺は恐ろしくなった。


「俺にはできないよ」

「なぜ?」

「俺は普通の人間なんだ。君みたいなバケモノにはなれない。俺は君についていっても二番目にはなれないと思う」

「そう……。とても残念ね」


 そう言うと彼女は、床に転がっていた拳銃を拾い上げて引き金を引いた。計四回。胸に四つの穴が空く。俺はひざから崩れ落ちた。なるほど口封じか。


「次に生まれ変わったときには三番目くらいになれるといいね」


 そういって彼女はエレベーターの中へと消えていった。階下から銃声と悲鳴が聞こえてくる。きっと大好きな人殺しを思う存分楽しんでいるのだろう。

 薄れゆく意識の中で俺は思った――それにしてもあのクソ親父め。いい加減なこと抜かしやがって。何が「二番目がちょうどいい」だ。二番目なんてとんでもない。三番目だって無理だろう。俺のような凡人には高望みが過ぎるってもんだ。

 そうだな。もし次に生まれ変わるようなことがあれば、そのときには下から二番目くらいを目指そう。それならもう少し長生きできるはずだ。なぜなら人間、目立たないのが一番いいのだから。

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