ロリポップス

六月ミウ

第1話

あれは、私が十才の時の出来事で御座います。





私は生まれてすぐに戦争で両親を亡くしてから東京の親戚の家にお世話になっておりましたが、その親戚も四つのときに戦争で死に、それ以来は小さな孤児院で暮らしておりました。

非常に小さな貧しい孤児院でしたので、着るものも食べるものも満足に与えられませんでしたが、誰かが誕生日のときはウサギ肉のステーキ(といっても小さくて硬いもの)が振舞われ、女の子でしたらお洋服などのおめかし道具、男の子でしたら遊び道具なんかを、院長先生がなんとか調達してくださるのでした。

院長先生はとてもお人柄が良く、近所の大人からの信頼も厚かったようで、私たち孤児院の子供たちは文房具や教科書を無償でいただくことができたり、近所に劇場を構える少女歌劇団の公演を立ち見ですがチケットなしで観ることが出来たりしたものです。


その近所に劇場のある少女歌劇団は名を「ロリポップス」といいました。

私と同年代か少し年上の劇団員たちは華やかな衣装に身を纏い、美しい声で歌い、華麗に踊り、夢のような物語を演じるのでございます。

あの頃のロリポップスは、孤児院の中だけでなく一般家庭、はてはお金持ちのお嬢様迄すべての女の子の憧れでありました。

勿論私も例外なく彼女たちに憧れ、うろ覚えの劇中歌をお風呂場で歌ったり、誕生日には当時トップスターだったとうまちゃんのお衣裳によく似た赤色のワンピースをねだったりしたものです。

中にはロリポップスの一員になろうと、支配人さんに会いに行ったりお手紙を出す女の子も少なくなかったと聞きます。でも私は劇団員になろうと思ったことはありませんでした。ロリポップスの真似っ子をするだけで楽しくて、それで十分だったのです。


しかし、神様というのは気まぐれなものです。

私が十才になったその日、なんとロリポップスの支配人さんから、私に宛ててお手紙が届いたのです。

封筒の中身はお手紙と小さな銀色の鍵で、お手紙には「先日孤児院の皆で観劇した際に私が目に留まり、ぜひ劇団員になって欲しいと思った」「もしオーケーなら、劇場の裏にある支配人室を訪ねてきて欲しい」といったことが書いてありました。

正直、私はピンと来なくて「行かなくてもいいかな」とすら思いました。

しかし、お友達や先生方、そして院長先生までもが皆口を揃えて「行ってみてはどうか」と言うので、私はロリポップスの劇場へと足を運ぶことになったのです。

劇場は街の外れにあり、孤児院からは少し離れていましたが、当時の私はバスに乗るお金もなかったので歩いて向かうことに致しました。

道中に飾られた広告ポスターは皆ロリポップスの一員である女の子たちで、年頃の娘向けの洋品店には彼女たちの劇中衣装を模した服が並んでいました。


私はくらりと目眩がしました。きっとこれは夢に違いない。こんな華やかな世界に、貧乏孤児院の貧乏娘が立ち入っていい訳が無い。しかし、優しく喜んでくれた孤児院の皆の顔を思い出すと、劇場に向かう足を止めることはできませんでした。


そうこうしているうちに劇場が見えてきました。洋風の洒落た建物を中心に、広い広い庭が広がる敷地です。

するとその時、劇場の建物の裏から1匹の白いウサギが飛び出してきました。首に赤いリボンが巻かれていたものですから、きっとこれは誰かが飼っているウサギに違いないと思いました。私はウサギをつかまえると抱っこして裏口へと向かいました。


劇場の裏はこれまた綺麗なお庭になっていて、ぽつりと小さな小屋が建っておりました。きっとあれが支配人室に違いありません。私は握りしめていた銀色の鍵で小屋のドアを開きました。


「やあ、みなとちゃん。」

声は上から降ってきました。

思わず見上げると、小屋の中は吹き抜けになった二階建ての大きな建物になっていました。あの小さな小屋のどこにこんな広々とした空間が収まっていたのでしょう。

どうやら声の主は、背の高い黒髪の男の人のようです。

男の人は階段を降りると私の前に立って一礼しました。

「みなとちゃん、はじめまして。来てくれてありがとう。ロリポップスの一員になってくれるんだね?」

そう言われ、私はすぐに返事をすることはできませんでした。

「私なんかが、務まるかしら」

思わずぽつりと零すと、男の人は目を見開いたかと思うと私の両肩に手を置きました。

「なんか、だって?とんでもない!君は大スターになれるよ!」

男の人の瞳を見つめていると、私はなんだか本当にロリポップスのトップスターになれそうな気がしてきたのです。

「ね、僕を信じて。」

男の人は、ポケットから透明な袋に入った赤い飴を私に手渡しました。

当時飴玉は高級品で、例え孤児でなかったとしても口にできるのはほんのひと握りの人たちだけでした。

「本物の、お砂糖がたっぷり入った飴玉だよ。食べてから決めてくれたっていい。僕は本気だ。」

君のために用意したんだ。

そこまで言われると断るのも悪い気がして、私はついに首を縦に振ってしまいました。


抱いていたウサギはいつの間にか消えていました。



<続く>

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