今はまだ、2位の女

小峰綾子

今はまだ、2位の女

「はい。今月の1位は・・・・今回もレイラ!」

レイラは向こうの席で周りの子たちから賞賛の言葉を浴びつつ、飛び跳ねて喜んでいる。ちらりとこちらを見やり、にこりと微笑む。憎たらしい。またか。もう何か月も。


月に1度、売り上げ5位までが発表される恒例のイベントだ。私は、今月も2位。ここで働き始めて2年、地道な努力を重ね、じわじわと順位を上げてついに2位まで上り詰めた。しかし、2位から1位への壁は厚く、レイラを抜くことがどうしてもできないのだ。もちろん、レイラの方がお客さんをのせるのが上手で、メイクもネイルも派手で、目立つ。そういうところは適わない。しかしそれなら別の部分で私もカバーできる自信はある、ただ一つ、自分ではどうにもできない弱点がある。私はお酒が飲めないのだ。


「でも、俺は断然、みゆちゃん推しだけどね。」

最近私についてくれるようになったお客さん、ITベンチャー企業の取締役、37歳の猪倉さんがいう。

「みゆちゃんは、レイラちゃんには無いものを持ってるよ」

「ありがとうございます。それって、具体的にはどういうところですかね」

飲み物を継ぎながら上目遣いを意識して聞いてみた。

「うーん、なんというか、包容力?自分のダメなところでも受け入れてくれそうなところかな。」

隣のテーブルで、ビールを豪快に飲み干すレイラ。そう、お客さんを喜ばせるために彼女は驚くほど飲むのだ。それでいて顔色一つ変わらないのだから見ていて気持ちが良いのだろう。確かに、華やかでノリの良いレイラはちやほやされたりかわいがられたりする才能がある。でも話をただ聞くという点では私の方が勝っている自負はある。しかし、ここはカウンセリングルームではなく、キャバクラ。お客さんにいかにたくさんお金を使ってもらうかが勝負の場所なのだ。

「そっか。じゃあ、みゆちゃんが1位になれるように俺も応援するよ。今日はいいシャンパンを1本入れよっかな」

「え?ほんとに。ありがとうございます~」

「俺は飲まないから、みんなで開けちゃって」

「シャンパン入りました~!!」

テーブルにいる他の女の子たちやお客さん達が喜んでいる。猪倉さんは、お金はそれなりに持っているのか、いいお酒を注文してくれることが多い。しかし、頼んだお酒を本人は飲まない。盛り上がるみんなを少し離れたポジションで見守りながら話をつづける。

「猪倉さんは、飲もうと思えば飲めるんですか?」

「うん。好きなことは好き。でも最近は飲まない。」

「好きなんですね。じゃあせっかくなので1杯ぐらいどうです?」

「ありがとう。じゃあそのうち。今日は止めておくよ」

お酒の話になるといつも猪倉さんは話をはぐらかす。何か聞かれたくない事情でもあるのだろうか。


次のオフの日、部屋の掃除や洗濯をした後、冷蔵庫に入っているありあわせの食材で自炊する。野菜サラダ、ゴボウの煮物とみそ汁、あと焼き鮭。オンの日がどうしても外食になるので、家にいる日は食事に気を使っている。


20歳になってすぐに、自分は酒が飲めない体質なのだと気づいた。友達らが楽しそうに酔っぱらっていく中、私の方はカクテル1杯飲んだ程度でひどい頭痛が始まり、話すのも嫌になり、とにかく眠い、うちに帰りたい、という状態になってしまう。この仕事をするようになってからも、毎日少しづつ飲めば慣れるのではないか、と思いチャレンジしてみたが駄目だった。もうお酒が入ると仕事どころではなくなる。バックヤードで吐いたり、お客さんの横で寝てしまったりすることもあり、そのたびに店長に「飲めないなら飲むな」とどやされるのだった。結局、強い弱いは体質なのだ。飲めないなら仕方がない。いかに飲まずにお客さんを引き付けるかを考えるしかない、と悟った。


その日、連絡先を交換しているお客さんの中から何人かを選んでメッセージを送った。

「明日、お店入りの前に時間があるのですが、よろしければお食事かお茶でも。ご馳走しますよ」

いわゆる同伴出勤というやつだ。自分からお客さんが離れて行かないようにするにはオフの日も気を抜けない。小さな努力がいつか身を結ぶことも知っている。


「ぜひ、ご一緒させてください」

一番で返信をくれた猪倉さんと約束をした。何度か彼を誘ったことはあるがのってきてくれたのは初めてだった。


しかし次の日の昼ごろ向こうからキャンセルの連絡が入った。

「急な仕事が入ってしまったので今日ご一緒できなくなってしまいました。大変申し訳ない。また後日お誘いいただけますか?」


仕方がないことだが若干イラっとしつつベットから起き上がる。あのあと2人から返信があった。どちらも誘いにのってくれたのだが、猪倉さんと約束した後だったので断りを入れたのだ。今から改めて誘ったとして来てくれる確率は低い。舌打ちしながら着替えを選び、シャワーに向かった。


急に暇になってしまったので時間を持て余し、結局いつもより早めに店に入ったのだが、何か店の中にいつもと違う異様な雰囲気が漂っているのを肌で感じた。


スーツの男性がバックヤードで店長と話をしている。控室に入り、着替え中だったアルバイトのさくらに「おはよ」と声をかける。さくらはこちらが聞くより早く言葉を浴びせてきた。

「みゆさん!知ってますかぁ?レイラさんのこと」

舌ったらずの甘い声でさくらは言う。

「レイラ?何かあったの?」

やはり、何かあったようだ。

「なんか、男の人とトラブったみたいで。一緒に入ったホテルで暴力振るわれて、男の人は警察に連れていかれてみたいなんですよぉ」

思わぬ答えが返ってきたので驚いた。

「それでレイラのことを警察が聞きに来てるの?」

「それだけじゃなくて、察するに、相手の男、うちの店のお客だったっぽいんですよ」

絶句する。常連客であれば私も知っている人である可能性が高い。一体誰が。そして何が起きたのだろう・・・。


レイラは一時的なショックで話ができなかった上に首を絞められていたので病院で診察を受けたが、大きなケガもなく無事だそうだ。加害者の男はなんと、猪倉さんだった。あの日私と会うことを断った彼は、レイラと食事をしたあと一緒にホテルに入り、そこで平手でレイラを殴打する、首を絞めるなどの暴行をした。加害者が私についていた客だということと事件直前まで連絡を取っていたと分かると、私も警察に事情を聴かれる羽目になった。


レイラはその後一週間ほど自宅療養といって店を休んでいたが、明日からは復帰すると店長から聞いた。


それを聞いた足で私はレイラのマンションを訪ねた。


エントランスに立つ私を見てレイラは相当警戒はしていたものの、家に上がることを拒否はしなかった。


「はい、これ。お見舞い」

レイラの前にタバコを1カートン置く。

「なんか、あんたが優しいと気味悪いわね」

「人の客奪おうとした子に優しくしてやる義理もないけどね。自業自得」

お互いに毒を吐いているが、ほぼ同期で同い年の私たちは、出会う場所が違えば親友になっていたかもしれない。しかし、私たちはお客を取り合い争う世界に身を置いてしまっている。私の客に勝手に連絡を取り、食事をし、ホテルに入る。本当なら何かやり返さねば気が済まない。しかし、充分報いは受けたであろうレイラを今更責める気にもなれなかった。

「悪いけど、謝らないから。店の客とどうしようと、それが私のやり方だから」

レイラは言う。

「いいよ。まあ、一歩間違ったら私が同じ目に合ってたかもしれないし。結果オーライってことで」

「結果オーライじゃないわよ。あの時は本当に、殺されるかと思ったんだから」

首を絞められ、意識が遠のきかけたところでレイラは猪倉の腹をけり上げ、下着姿のまま表に飛び出し、通行人に助けを求めたのだった。


「あの人、店でお酒飲んでなかったでしょ。飲めないんじゃないの、飲むと歯止めが利かなくなるの分かってたから自粛してたんだ。あの日私が勧めたから、お酒、久々に飲んだんだろうね」

どうりで、いくら勧めても一滴も酒に口をつけなかったわけだ。

「警察から聞いたんだけど、その酒癖の悪さと暴力が原因で前の奥さんと離婚してたって。あんた知ってた?」

「・・・知らなかった。バツイチってのは知ってたけど、はっきり離婚の理由は教えてくれなかったから」

レイラが入れてくれたコーヒーを飲む。レイラは、タバコに火をつけていた。

「今月はあんたが1位でしょうね。一週間も休んじゃったから」

「あんた、体売るみたいなことやめなさいよ」

レイラは目を伏せている。

「そんな小狡い手法使わないで、正攻法で1位を守りなさいよ。そうでないと、張り合う気も失せるから」

「分かってる。あの日だって、寝るつもりなんかなかったよ。酒を飲んだ後のあいつの目、やばくて、断ったら何するかわかんないな、と思って。もうあんなことは勘弁。」

恐ろしい目に遭いながらも、一週間で持ち直し、また店に復帰しようとしている。さすが、1位の女はしたたかだ。

「じゃあ、いくわね」

私は立ち上がる。

「なによ。もっとゆっくりしてけばいいのに」

「そうも言ってられないの。これから客と待ち合わせ」


レイラに見送られマンションを後にした。猪倉がいなくなってしまった今、新たな上客をつけなければ。そのためには、トーク力を磨く、メイクやネイルも・・・そんなことを考えながら、私は夜の街に溶け込んでいく。今はまだ、2位の女。いつか1位を勝ち取る日を、思い描きながら。




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