2番目

PeaXe

君は俺の『  』

 廊下に貼り出された、高校夏休み前の期末テストの順位表を見て、茜は大きく息を吐き出した。

 茜の成績は、決して悪くは無い。

 むしろ、良い。


 ただ、どの教科においても、奇跡的なまでに2位に甘んじてしまうだけで。


 総合順位でも僅差で2位なのだ。

 いつも。


「また、2位か。ふふ、あはは」

「あっ、茜が壊れかけた! 誰かヘルプ!」

「だ、大丈夫だよ。大事にしないで」

「えー、だって。保育園の頃から2位ばっかじゃん」


 茜の隣にいた親友の言葉が、ぐさりと心に刺さる。

 事実なので、否定のしようが無い。


 とはいえ、もう少しオブラートに包んでほしかった、と嘆く。

 何せ、周囲の目が痛い。

 柔らかくて生温いからこそ、余計に痛い。


「わざとだよね」

「失礼な! これでも誰よりも親切なしーちゃんで通っているというのに!」

「自称じゃん」

「えへ」


 しーちゃんは茜の物言いに憤慨しておきながら、かなりアッサリと引き下がった。

 これはいつものやり取りである。


「それにしても、茜を押さえていつも1位になる人、凄いよね。接戦じゃん?」

「そうだね。たしか、隣のクラスの」

「旭だよね。会った事無いけど、見た事あるよ。男の子だったかな」


 茜は見た事が無いので、ガリ勉な男の子を想像する。

 メガネと猫背と、何故か常に教科書を持っているイメージが浮かぶ。


「はぁ。いっその事、次は手を抜こうかな? そうすれば、少なくとも万年2位だけは無くなるしね」

「え、もったいない! 万年赤点すれすれの生徒に対する嫌がらせか?!」


 しーちゃんは茜の肩を掴み、思いきり前後に揺らす。

 軽い眩暈に身体をフラフラさせ、茜は踏ん張りが利かずに後ろへ倒れてしまう。


 すると、ぽすん、と誰かにぶつかった。


「あ、ごめんなさい」

「いや。そっちこそ、大丈夫?」

「うん、大丈夫」


 それは見た事の無い青年だった。

 茜よりずっと背が高く、綺麗な顔をした、いかにも優等生といった雰囲気。

 中性的とも取れる顔立ちながら、身体つきはしっかりとした男性。


 ただ、あまり日焼けはしていないので、スポーツをやっていても屋内競技だろう。


「ごめんごめん、茜。それと……あー!」

「わっ、何、どうしたの?」

「アンタ、旭!」

「え、この人が?」


 一度見たことがあると言うしーちゃんが、旭を指差して叫んだ。

 総合順位以外でも、かなりの確率で茜の上に名前が上がっていた青年だ。

 茜の中で、ガリ勉のイメージが覆った。


「へぇ、君が茜か。いつも惜しい所に来るからさ、負けないようにするの、結構大変なんだぞ?」

「あー、まぁ、えぇ」

「ん、どうした?」

「いやー……」


 万年2位の茜に、万年1位とも言える青年からの賛辞。

 それを、素直に喜べない自分がいた。

だからこそ、茜は口ごもる。


 そんな茜を見かねて、何故かニヤニヤちながら、しーちゃんが口を開いた。


「旭がいなければ、万年2位を脱出できるのにー」

「ちょ、しーちゃん?!」

「万年2位って、へぇ、ある意味凄いな」

「でしょ? 保育園のかけっこから高校のテスト順位、小テストの順位も2位よ!」

「……ある意味凄いな」


 2回目の「凄いな」は、心なしか奇異な物を見るような視線に変わっている。

 そう、勉強だけならまだしも、実技においても万年2位なのだ。

 ここまで来ると、誰かがわざとそうしていると考えざるを得ない。たとえば教師とか、両親とか、神様とか。


「あ、そうだ。今度肝試し大会をするんだけど、来ないか?」

「えっ」

「あ、心配しなくても男女混合。そっちのクラスの人もいるだろうし。というか後で通達が来ると思う」

「通達? というか、高校生で肝試し?」

「夏休みに、学校で主催するってさ。高校生なのに、肝試しを」


 詳しい内容は、後程配られるらしいプリントを見てくれとのことだった。


 誘った旭の表情は、とても爽やかだった。





 *◆*





 男女ペアで、合宿所の周りにある森の集会コースを一周。

 中間地点にある祠に置いてある、リボンと旗を一揃い持ち帰ってくること。

 それが、肝試しのルールだった。


 くじは男女で分かれており、箱とくじは、教師が用意した物を使う。

 そして茜が引いた番号は―― やはりというべきか、2番だった。


 街頭の少ない森だが、順路を間違えないよう一定距離ごとに提灯を木にぶらさげる仕様になったらしい。

 加えて一本道だ。迷う事は無いだろう。


 しーちゃんは集まった結構な大人数に目を光らせる。


「……半分以上は多分……」

「? しーちゃん?」

「んにゃ、こっちの話だよ。というか茜ってばちょっと気合入れた?」

「あ、うん。先生が、夜でもかわいい恰好をしてきてって、言ったから」

「くふふ、いーじゃん、先生も分かっておりますなぁ」


 実に怪しげな笑みを浮かべるしーちゃんに茜は首を傾げるばかりだ。

 幼馴染には失礼だが、時々彼女の考えている事がわからなくなる。

 時々姿を消しては苦い表情で帰ってきたり、かと思えばニヤニヤしたりと忙しい。


「で、肝心の旭とはどうなのさ」

「どうとは」

「いい感じ?」

「うん? うーん、そうだね。面白い勉強法を考案した辺りのお話は、面白かったな」


 そう告げると、しーちゃんの表情が固まってしまう。

 ついでに、周囲で何人かがずっこけてしまった。


「……ふ、ふふふ。ふふふふふ」

「え、しーちゃん?」


 しーちゃんの目が、死んだ。

 だが、次の瞬間、彼女は周囲へ言葉を投げかける。


「……諸君。分かっているかね」

「ええ、分かっているわ」

「もっちろーん」

「全力を尽くさせてもらう」

「え、誰」


 茜の知らない人が、唐突に笑い出したしーちゃんに賛同していた。

 彼女達の共通点は見当たらない。何せ武闘派、清純派、ギャル系など雰囲気だけで正反対の者がいる上、先輩後輩の間柄であろう、別学年の女子も混ざっていたのだ。

 更に女性教員も混ざり、一部の男子がそわそわし始める。


 しかし茜が怯えると同時に、彼女達はバラバラになって、傍にいた者達と話し始めた。

 まるで、何も無かったかのように。





 *◆*





 茜が引いた番号は―― やはりと言うべきか、2番だった。


「えっと、2番の男子は誰だろう」

「え、茜さんが2番?」

「旭君も? わ、凄い偶然だね。知り合いでペアになれてよかったー」


 赤音はホッとした様子で、にこっと微笑んでみせる。


 教師の怪しい動きに旭は目を光らせるものの、茜の笑顔に、2番のくじをぎゅっと握り締めた。

 彼の後ろでは、茜には聞こえない声でヤジを飛ばす少年少女が……。


 そして、すぐに2番が呼ばれる。


「2番って、すぐだな」

「あ、そうだね。行こう!」


 茜と旭は、慌てて出発する。

 ライト1つを手に進み、何度か生徒扮するおばけに脅かされながら、何とか石造りの祠へと辿り着いた。


 祠には大量のリボンと旗が置かれ、そこだけパーティー感が満載である。


 リボンと旗の色は様々だ。

 茜は赤いリボン。旭は青い旗を手にして、順路を再び進む。


「じゃあ、万年1位じゃないんだ」

「当然だろ? 小学生の頃は1位どころか、ビリばっかりだったし。中学も中くらい」

「じゃ、何で高校では1位なの?」

「入りたい大学が、結構成績上位じゃないと入れないから」

「あ、なるほど」


 比較的おばけは平気な2人は、おばけによる脅かしにも怯まず進んでいく。

 話題はずっと、1位だとか2位だとか。

 順位や順番に関するものだ。

 茜の気を引ける話題を、それしか思いつけなかったからである。


「いいよね、1番。取った事無いけど」

「万年2位か2番、だっけ」

「うん。家で一番かわいがられているのは、多分妹だし」

「妹いるんだ」

「お姉ちゃんもいるよ? まぁ、家族は面白がって私を2番目に愛している所があるけどねー……」


 あはは、と笑う茜は、どこか諦めていて、どこか寂しげだ。


 そんな苦しそうな笑顔を見て、旭は立ち止まる。


「……少なくとも、俺の中で、茜は万年2位じゃない」

「小さい頃から一緒じゃないからね。底辺じゃないだろうけど、さすがにそこでは2番手じゃないよねー」

「そうじゃ、なくて」

「うん?」


 急に立ち止まった旭へ、茜は振り返る。

 彼はとても、とても真剣な眼差しで、茜を見つめていた。

 睨んでいるようにも見える。


 気に障る事でも言ってしまっただろうか。茜は慌てかけるが、その前に、旭の口が開かれた。


「あ、会ったばかりで、こんな事を言われても、困る……と思う。けど、言わせて、ほしい。良いか?」

「? 何?」


 旭の口調が、変わった。

 急にしどろもどろといった風になり、何度も深呼吸をする。

 そして、キッと茜を見つめる。


「―― 俺の中の1番は、茜だよ」


「うん?」


 言われて。

 茜は、首を傾げる。

 言葉の意味を、理解できなかったのだ。


 徐々に噛み砕き、頭の中に送り込む。


 そして。


「……はい?」


 理解した瞬間、

 顔が、一気に熱を持った。


「は、ひゃ、えっ?」

「次の人が来る前に、急いで帰るぞ」

「あ、え、うん、え? えー?!」

「い、1番って、あの、そういう事?」

「それ以外に、何かあるのか?」


 同じく顔を真っ赤にしながら、旭が茜の手を握り、道を突き進む。


 戻ってきた2人にヤジを飛ばす者は多かった。何せ、この肝試しを計画した教師が厚めに集めた、彼等の応援団員ばかりだったのだから。


 これは、ずっと2番だった女の子が、誰かの1番になるお話。


 旭の中で、茜は『1番』だった。

 万年『2番』の茜が、ようやく『1番』になった瞬間のお話――


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2番目 PeaXe @peaxe-wing

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