2番目

あんどこいぢ

2番目

 たとえ麗しいコーラスであっても、それが目覚ましのアラームであることに変わりはなかった。

「船長、起きてください! 船長!」

「国際宇宙標準時六時〇分です!」

 同時にこっちはお世辞にも麗しいとはいえない匂いの三角波が、ぶわっと押し寄せてくる。味噌とコーヒー。ポン酢にバター。沢庵、マヨネーズ、胡麻、オレンジなど、様々な食材たちの匂いのバトル・ロワイアルだ。

「船長! お食事もこちらにお持ちしました! のちほどリビングでとも思ったのですが、ミナが抜け駆け致しますので──」

「いいえ! いつも抜け駆けするのはリナです! それにベッドで召し上がられるのに和食とは気が利きません! 船長、どうか、私のサラダ・アンド・トーストをお召し上がりください!」

 船長と呼ばれるこの男は毛布の中で丸まっていたところを仰向けにされ、両肩をそれぞれ別の女性たちに、ゆさゆさ揺らされている。女性たちは片手に料理の盆を持ち、しかも器用にそれぞれの料理を溢すことなく、上記ゆさゆさを繰り返している。

「船長」は少々小太りな男だ。両の肩を激しく揺らされ、両頬をぷるぷるさせている。その男の、起き抜けの腫れぼったい瞼が開いた。

「リナァ、ミナァ、食事は当番制で代わりばんこに作れっていったはずだぁ……」

「ミナの料理は高カロリー、高脂質気味です。それに船長の母国料理の繊細な匙加減が、まだまだ今一つ──」

「それは朝食のときだけです! 確かに朝食担当のときは当面のエナジー補給を考え、さらに消化吸収の面からもパン、パスタなどを選択する場合が多く、とはいえお食事の提供を私のほうに一任してくだされば、夕食のときは──」

「何いってんの! ミナ! あんた、和食のデータ収集もディープラーニングも、全然進んでないでしょうっ? 船長の繊細な消化器官は、標準搭載の料理レシピじゃ、すぐ食傷してしまうのよ!」

 二人ともこの男に、どうしても自分の料理を食べてもらいたいようなのだ。一見モテモテ男である。ダイチ・エトウ。国際宇宙機構外惑星探査局所属。部長相当。宇宙探査船スペース・ジロー号船長。肩書きもいかにも上等そうなのだが……。実はこの時代、宇宙船の船長などは閑職中の閑職だった。さらに彼が担当している木星より遠ぽうの探査任務などは、「体のいい島流しだ」などともいわれている。ようやく上体を起こしたダイチの脳裏に、母校の就職課で宇宙船乗組員の資料を求めた際の窓口のようすが、ふっと蘇ってくる。

「いや君、やっとやる気になったんだね! 良かった良かった! 偉い偉い! 未だ内定ゼロなんだもん、心配してたんだ! 宇宙関係はあっちの部屋に係官の方がいらっしゃるから、さあさあ、早く早く──」

 その前後に面接のスケジュールがなかったので、また髪が伸び始めていた。それなのにいきなり、機構の係官に会わなければならないとは……。服装もジャンパーにデニムだった。とはいえ西暦期二〇世紀後期のヒッピー学生ではないのだから、そんな姿でキャンパスに現れること自体、そもそもおかしいのだ。

 機構のために用意されたその部屋は、絨毯も厚く、応接セットも豪勢で、機能的には面接ブースのはずなのに、まるで学長室のような雰囲気だった。秘書型hADにお茶をだされた。が、当のダイチの装いは先述の通り……。革張りの椅子にちょこんと収まる。現れた係官も絶世のクールビューティーだった。彼女は右耳のデバイスを操作しながら、

「江藤大地さん? 経済学部経済学科。卒論の提出がまだのようですが……」

「はぁ。二年生終わった時点で単位がちょっと足りてなくて……。でもこのガッコウ、甘いですから、卒論ゼミがなぜか選択必修でして……」

「ええ、了解してます。卒論提出のご希望がないのでしたら、今からでも研修の予定、組ませてもらって構わないでしょうか?」

 着席した係官は、堅そうな雰囲気の割りに意外に短いスカートを穿いていた。パンストの太腿の奥が気になる。どぎまぎしながら、ダイチは、

「ええでも、ご覧の通り……。僕って相当、ダメ学生ですよ……」

 彼のデータは彼女の脳内のインプラントに、直接表示されているはずだ。係官は即座に応えた。今度は右耳のデバイス操作はなかった。

「大丈夫です。現場での作業は基本的に、hADが行いますから。あなたはその作業を、監督するだけでいいんです」

「はぁ。ヒューマノイド・アシスタント・デバイス、ですよね? 男たちはスマホの待ち受けと変わらないなんていいわけしてっけど、現実世界に物質的に存在してるわけだし、でも確かに、サイバー世界と人間とのインターフェースでもあるわけなんだけど……。僕が監督することになんのは、宇宙船のAIのデバイスってことになるんですか?」

 実はそこでは、女性相手には少々気不味い話題に踏み込んでしまっていたのだ。ダイチとしては半ば無意識のうちに、そういうことにも注意を払っているんですよとアピールしたかったわけだが、ちょっとややこしい話になっちゃうかな? とも思った。実際宇宙船の乗組員たちを、セクソイド目当てのヘンタイ扱いするジョークは多い。ところがその係官は、ざっくばらんな感じで応じた。

「背に腹は替えられないんですよ、フェミニストも含めたリベラル派の人たちも。すでに宇宙からの資源なしで、回るような経済じゃありませんし……。航路に侵入する塵埃の除去。あるいはそれらの未然の探知。ビーコン類の整備交換。宇宙は仕事でいっぱいです。にも関わらず人手が全然集まらなくて……」

「いっそ全てを、それらhADに任せちゃうってのは?」

「それじゃ地球がhADでいっぱいの太陽系の中の、人間牧場になっちゃう、なんて思う人が多いんです」

「いやでも、あの機能まで……。公的な機関である宇宙機構の管轄下で……」

「ですがその……。宇宙は広い上、景色の変化などもどちらかといえば単調ですし……。でもそのための宇宙船乗組員の精神的、肉体的ケアは、今お話ししてるhADを介する手段以外にも……」

 係官の口調にトーンダウンが感じられたが、むしろそれは、ダイチが降りるといいだすことを気にしてのことのようだった。結果、彼はついつい調子に乗ってしまった。

「要するに、退屈なんすよね? 宇宙って。そんじゃいっそhAD二体積んてもらって、そんで彼女たちに恋の大騒ぎでも演じてもらおっかなっ」

 係官が即座に、それ面白いです! と応じた。ダイチは彼女の真意を測りかね、途切れ勝ちに語を接いだ。

「いやでもそれじゃ、ハーレムだし……。そんな男、やっぱ多いでしょ? あ、いや、僕はその、そうゆうんじゃなくて……」

「確かにハーレム希望者は一学年に一人はいます。本当に一〇体、二〇体と希望する学生さんも……。でもそれじゃコレクションなんです。モノなんです。その結果意外とすぐに飽きてしまって、勤務のほうも長続きしないといいますか、中には任期途中に違約金払ってでもギブアップ、なんて方も多くて……。勿論コストも嵩みますしね。三角関係はやっぱいいです。物語性があります。意外と盲点だったな。是非是非、ご希望に添わせてください。モデルケースになるかも──」

 ドラマでは定番のそんな設定が、試されていないなどということがあるのだろうか?

(僕はあの係官に乗せられてしまっただけなのかもしれない)

 と思うこともあるダイチだった。だがとにかくこの船には、通常はいないはずの二番目のhADがいる。

(でも一体どっちのほうが、二番目の彼女なんだろうな? やっぱ僕はあの係官のような、知性派のクールビューティーがタイプだから、そうなるとリナのほうが、本命の彼女ってことになるんだろうか? ミナはまぁぽっちゃり型の元気キャラだが、ガッコウの図書館のカウンターにでも座らせりゃ、意外ときりっと見えるかもしれない。それにしても二人とも、それなりに僕の好みに合わせてもらってるんだなぁ)

 あれからダイチは母校よりも、宇宙機構の出先機関が入っている隣りの大学の学生課のビルに、せっせと通うようになった。そちらで通される部屋もやはり豪勢だったが、手前の小さなテーブルにモニター型の端末が載っていたりなどした。

 ダイチには専属のカウンセラーがついた。物腰柔らかな四十絡みの男だった。ロボット心理学者もプロジェクトに入ってきた。女史女史した初老の女性だったが、彼は知的な女性に弱く、年齢、容姿の面でもストライクゾーンが広い。最初のクールビューティーがプロジェクトリーダーだったので、すでに彼は、宇宙ハーレムへのエントランスに入った気分だった。問題は? たとえばこんな会話があった。

「hADがヒト・クローン基体のものに? 大丈夫なんですか? 単なるヒューマノイド・インターフェースより、倫理上の問題が色々あるんじゃ……」

「その点はリベラル派の文化主義、言語主義が、かえって煙幕になるんですよ。確かに事実上の機能としては、人工子宮もクローン生成タンクも似たようなもんなんですが、それが病院にあれば子宮、工場にあればタンクですよ」

 リナ、ミナ。二体のhADの諍いが、自然に収まるようすはなかった。

(まっ、トーストのほうは一〇時のおやつにでもすっか……)

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