重複する欲

猫護

第1話 第一人者

 「これで遂に完成だ」


 そう言うと男は一人、蝋燭の灯る薄暗い部屋で笑みを零した。


 人類が月に研究所を作ってから30年が経とうとしていた。その間人類の進歩は目を見張る速さで進み栄華を極めていた。だが、そんな絶頂の時代に男は一人居場所をなくしていた。


 男は幼いころから将来を有望視されるほどの才覚の持ち主であり、研究職に就いてからも周囲の期待を裏切ることはなった。ただ一人彼自身を除いての話であるが。


 期待に触発されたのか、はたまた元来そのような性格を有していたのか、彼は第一人者になることを渇望するようになっていた。しかし、得る発明・研究は既に他の誰かが達成したものばかりであり何をしようとも結果は誰かの二番煎じ、叡智の絶頂にある現代において新たな発明をすることは困難を極め、彼は現状に満足できないでいた。


 そうして不満が身体を蝕み始め、溺れるような毎日を過ごすようになり、研究職を辞めるのにそう時間はかからなかった。


 初めの頃はこれで悪夢のような欲望から解放されると考えていた。だが、既に欲望は身体に染みついており、職を辞したところで内側から流れ出るそれを止めることなど出来るものだはなかった。


 科学の一線から身を引いて少し経った頃、彼は地下室に籠るようになり外へ顔を出すことも少なくなっていった。そんな生活を心配してかかつての同僚や友人が訪ねてくることもあったが、彼のある話を境に次第にその足も途絶えていった。


 それでも彼は作業を止めようとは考えなかった。彼は考えた。最早人類の進歩は行きつくとこまで来たのだと、それは科学の分野では「第一人者」の夢を得られないことを意味しているのだと。だから、彼は現代では既に廃れた分野、超自然的現象の立証を持ってして人類未踏の地に名を残すこそうと考えたのである。


 突拍子もない発想にも思えるこの行為であったが、彼にはあてがあった。研究者として身を置いていた時代に、世間一般では公表されていない物質に触れる機会があったのである。


 月に文明の痕跡が認められたのは研究所が出来てすぐのことであった。また、そこで発見された未知の物質を解明するために彼は一度研究に参加していたことがあった。しかし、ある日を境にその研究は中止となり彼も物質の解明には至れなかった。そうしてその両の発見は秘匿事項とされた。


 だが、当時既に「第一人者」の欲望に取りつかれていた彼は、我慢ならずにその物質の一部を持ち出してしまっていたのである。それが今では彼の最後の希望となっていた。


 研究所の設備をただの個人宅で再現することは困難を極めた。ゆえに彼はオカルトな側面を合わせた装置を完成させた。傍からみればこの魔法陣を模したものを装置とは考えられないだろう。それはまるで悪魔崇拝者がかつて祀っていた祭壇のようでもあり、しかし、彼はそれにすがるしかなかったのである。


 「これで完成なんだ」


 言い聞かせるようにそう呟くと、陣の中心に置いた「物質」に自分の血を垂らす。すると、辺りを照らしていた蝋燭の火が消え、魔法陣が光り出し、「物質」が震え出したかと思うと、分裂増殖を始め遂にその姿を現したのである。


 彼はその瞬間歓喜した。これで遂に「第一人者」として人類史に名を刻めるのだと。


 歓喜に浸る彼をよそにその生物はゆっくりと口を開いた。


 「おめでとう。君は私を復活させた二人目の人間だ」

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重複する欲 猫護 @nekomamori

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