自動販売機の前で

ドルファイ76

第1話 コーラを見つめる男


バスケ部での部活が終わり

八代流夜は、自動販売機の前に立っていた。


体育館の側にあるピロティには

真夏の刺すような日差しを防ぐには

十分な日陰がある。


高台建てられた学校には

乾いた風が時折吹くため

日陰にいるととても心地よい。


今日の部活もハードだった。

ただ流夜はがむしゃらに運動したい気分だったので

むしろ都合が良かった。


流夜は、ひとつ息を吐きだした。


「ふう・・・今日も疲れたな」


言葉とは裏腹に気分は爽快である。

なぜなら運動している間は、何も考えなくて済む。

ただ頭を真っ白にして、バスケに集中していた。


スクエアパスを行っている時も

ダッシュをしている時も

試合形式でミニゲームをしている時も

流夜の頭の中は、意識的に何も考えない様にしていた。


そのかいもあって普段より沢山得点できたし

いいトレーニングになったと自覚している。


目の前にある自動販売機を見つめる。


「どれにしようかな?」


指でいくつかボタンをなぞりながら真剣に考える。


流夜は、いつも運動の後には炭酸水を体に入れる事を習慣にしていた。

炭酸水を飲んだ後の爽快感がたまらなく心地良いのだ。

このために運動をしているとも言える。


暫く思案をしてから

流夜は、期待を胸に勢いよくコーラのボタンを押した。


ピーッ


ゴロゴロ・・・ガコッ。


自動販売機から飲み物が落ちてくる。


早速取り口に手を伸ばし、取り出してみて唖然とする。


「コーンポタージュが出てきた・・・」


嘘だろ・・・


缶を持つ手はじんわりと冷たい。


夏にコーンポタージュ!!!!!!


コーンポタージュの缶を軽く手の上で回し遊びながら、

もう一度自動販売機を正面からしっかり見つめた。


自動販売機のケース中にコーンポタージュは、コーラの横に配置されていた。

メーカーの人が入れ間違ったのかもしれない。


流夜は、よくある事だと思いながらも

内心はコーラを飲みたい自分を抑えきれないでいた。


そのためもう一本買おうかと真剣に悩み腕組みをしていると、

誰かが声を掛けてきた。


「オッス!」

吹奏楽部の石川美玲が、元気よく流夜に挨拶してくる。


「・・・おお」

流夜は、咄嗟に体が固まりながらも、なんとか応答することができた。


微妙な空気が二人の間に流れている・・・


それもそのはず、流夜は昨日

美玲に告白して振られたからだ。


流夜は、自分を前向きになろうと励ましながらも

どこか昨日のことを気にし続けている気持ちに矛盾を感じていた。


その気持ちを意識しないようにしながらも、

持っているコーンポタージュを強く握る。


流夜は、平静を装いながら口を開いた。

「この自販機、コーラを押してもコーンポタージュが出てくるぞ。気をつけろ。」


「えっ?そうなん?」

美玲は目を丸めて自動販売機を見つめた。


「ほらっ」

流夜は出できたコーンポタージュを見せた。


「ホントだ・・・」


コーンポタージュを見つめて美玲は、微笑しながら言った。


「俺はコーラが飲みたかったんだよ。」


「ああ、いつも飲んでるもんね。コーラ・・・」


思ったより普通に話せて流夜は安堵していた。

同時に何気ない会話が心地良くて、どこか寂しい気もする。


「もう一本買うから、コーンポタージュ飲む?」


「え、いいの?」


「いいよ、俺はコーラ飲むから」


「ありがとう。」


美玲は冷たいコーンポタージュを受け取った。

「結構冷えてるじゃん」


驚く美玲を横目に

流夜は、自動販売機にお金を投入した。


そしてコーラのボタンを強く押した。


ピーッ


ゴロゴロ・・・ガコッ。


「なんでもう一回コーラを押すの?」

美玲は尋ねる。


「何本も入れ間違えてないかなと思って」


「よっと」

流夜は、自動販売機から飲み物を取り出そうとした。


冷たい感触が手に伝わる。


ゆっくりと取口から取り出すと、缶はコーンポタージュだった。


「え、うそ!?コーンポタージュだ!!!」


「いやいや!?ないでしょこれ・・」


流夜は、何故かコーンポタージュを一度顔の前で見せてから

美玲の持っているコーンポタージュと比べる。


「やっぱり、同じコーンポタージュ。

 色も一緒だし、大きさも同じだね・・・」

流夜は、何故か形状の説明をしていた。


「フフっ、何それ、わざわざ分かってる事を説明しないでくれる・・・?」

「ははっ」


「コーンポタージュで乾杯!」

流夜は、カコッとコーンポタージュを軽く当てた。

「もう、やめて・・・ふふふ」

美玲のツボに入ったらしい。


「ほんと、もう・・・」

笑いながら美玲は、少し泣いているようにも見えた。

流夜も笑いながらも心の底では冷静だった。


お互い分かっていたのだろう。

どちらも完全には前の関係には戻る事はできない事を・・・

美玲もそれを知っていて、それでも笑ってくれたことを。


踏み出したのは自分に他ならない。

ただ、それでも良かったのだと今は思えてくる。


流夜は、コーンポタージュを一気に飲み干すと

もう一度強く缶を握るしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自動販売機の前で ドルファイ76 @dorudoru76

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ