「セカンダリボックスの中に彼女が出来ました」

呑竜

第1話

 セカンダリボックスの中に、彼女が出来ました。


 ちなみに人間ではなく妖精です。

 異世界フロランシアの花の妖精で、名前はミイフィ。

 手の平サイズの大きさで、チューリップみたいにスカート部分の膨らんだ赤いドレスを着ています。

 髪の毛は虹色。肩までの長さで、頭頂部分でぴょんと飛び跳ねているアホ毛がキュート。


 え、何言ってんだって思いました?

 現実と妄想をごっちゃにすんなよと。

 ええ、ええ。僕もそう思います。


 だけどホントなんですよ。

 ミイフィはフロランシアにいたんです。

 そして僕の操作キャラの、セカンダリボックスの中に入ってた。


 セカンダリボックスってのはつまり、普段から持ち歩けないものを入れておくイメージ的倉庫のことです。

 緊急時に取り出す必要のないものだけを入れておく場所で、だから重要度としては低い。

 ミイフィがそこに入ってるってのは……つまりそういうことです。

 普段から活躍するキャラじゃないし、メインで連れ歩くには力不足だから入れておいたと。


 正直、最初は忘れかけてたんです。

 冒険の初期に仲間になって、それっきり。


 正直、ひどい扱いをしたなとは思います。

 もっと声をかけてやるべきだったのかなって。


 でも僕の日常はそれなりに忙しくて、フロランシアに割く時間だって捻出するのは難しくて、必然的に合理的なプレーに徹さざるを得なかった。

 ミイフィのことを忘れてしまうのは、だからまあ必然的なことではあったわけです。


 だけどですね、ミイフィは強かった。

 セカンダリボックスの奥に放り込まれてもなお諦めなかった。


 RPGをよくやる人ならわかると思うんですけど、アイテムボックスの整理って大変なんですよ。

 どうやってソートするか、使う頻度の高いアイテムをどこに置いておくか。

 考えるだけでも平気で一時間は食ってしまう。

 そこにミイフィは目をつけたわけです。


 ある日ボスキャラとの戦闘中にですね、手持ちのアイテムを使い切ってしまった。

 そうなるとセカンダリボックスから取り出して使うしかないんですけど、なかなか難しいんですよ。

 画面いっぱいにセカンダリボックスが表示されてね、そこから選んで使う間も、ボスキャラの攻撃は止まらない。

 正直ホントに、死を覚悟しましたよ。


 だけどその時、奇跡が起こったんですね。

 僕が必要としてた回復アイテムが、綺麗にわかりやすく配置されてたんですよ。

 ご丁寧にマーカーで矢印まで引かれてね。

 そんな機能ないはずだと不審には思ったんですけど、なんせボスキャラは目の前でしょ。

 慌てて回復アイテムを引っ掴んで戦闘に戻って、なんとか勝つことが出来ました。


 戦闘終了後、改めてセカンダリボックスを覗くとですね。

 そこにミイフィがいたわけです。

 縦10横20に配置されたアイテムアイコンのど真ん中でね、ウインクしてるわけです。


 ええ……?

 ですよね。

 わけがわからんって、慌ててカーソルを合わせました。

 するとですね、通常時ならアイテムの効果説明が書かれるはずのウインドウに、台詞が表示されてるわけですよ。


「あるじ様、戦闘勝てた? やったね!」って。


 もうぽかーんですね。

 そんな現象聞いたことないんで。


 一種のバグだとは思うんですけどね、とくに対処はしませんでした。

 だって、チートか何かと思われて垢バンされたら嫌じゃないですか。

 僕けっこう、フロランシアには時間かけてたんで。


 とにかくまあ、そんなわけでミイフィはフロランシアライフに根付いていきました。

 って言ってもセカンダリボックス内だけですけどね。

 うっかり表に出して、おかしなことを言ってるところを見つかったら大変ですから。

 僕らの関係はあくまでセカンダリボックスの内と外だけでした。


 んでミイフィなんですけどね。

 ものすごい懐いてくるわけですよ。

 セカンダリボックス覗くたびにメッセージウインドウが滝みたいに流れるんです。


「あるじ様お帰り、元気だった? ミイフィはねえ……」


 ホント、ひっきりなし。

 僕の調子を聞いて、日常の様子を聞いて。

 セカンダリボックス内の日常を話してきて。


 え、セカンダリボックス内に変化なんてないだろうって?

 日常もくそもないだろうって?

 あるんですよこれが。


 ねえ、たとえばですよ。

 冒険の途中でアイテムを手に入れたとして、それは普通は手持ちにいきますよね。

 だけど冒険が長引けば手持ちには入れられず、セカンダリボックスに行かざるを得ない。

 冒険が長引けば長引くほど、セカンダリボックスへ行く量は増えて行く。


 中ではけっこう、争いが激しいらしいんですよ。

 なるべく僕の目につく位置に行きたいって、ひしめき合ってるみたいです。

 何って、アイテムたちがですよ。


 でもそうなると、収集がつかないじゃないですか。

 整理するのが嫌になった僕が、最悪覗いてくれなくなることもあり得る。


 そこを仲介したのがミイフィなんです。

 笛を吹いて、旗を振ってね、言う事聞かないアイテムにはみんな揃って抗議しに行ってね。

 結果、僕のセカンダリボックスはものすごく綺麗に整頓されました。 

 その状況その状況に応じて、必要となるものが一番先に来るようになった。


 ミイフィはまあ、ドヤ顔ですよね。


「あるじ様の恋人として、完璧な働きをしたと思いますってね」


 ってね。

 まあ可愛かったんでね、言わせておきました。

 実際、便利でしたからね。

 あそこまで気の利くセカンダリボックスは無いですよ。

 ほとんど手持ちのアイテム感覚ですもん。


 あとあれですね、大きな声では言えないけど、ミイフィはアイテムを増やすことが出来たんですよ。

 消費アイテムをね、ちょこっとずつ増やしていくことが出来ました。

 ある時気が付くと、各種ポーションが99の上限いっぱいでね。

 クラウン……ってのはフロランシアのゲーム内通貨なんですけど、これもいっぱいでね。

 さすがに怖くて使えませんでしたけど……。


 ……いやあホント、フロランシアの冒険は楽しかったですね。

 サービスさえ終了しなけりゃ、今も続けてたと思います。


 ええ、サービスは去年終了したんですよ。

 プレイヤー人口が減って、課金する人もいなくなって、運営もしょうがなかったんだと思います。


 え、ずいぶんさっぱりした顔してるなって?

 ミイフィと会えなくなって、悲しくないのかって?


 そりゃあ最初は悲しかったですよ。

 飯も喉を通らなかった。

 一度も一緒に冒険しなかったけど、会話した数は一番でしたからね。

 僕にとってはフロランシアイコールミイフィでしたから。


 でもね……ほら、これ見てくださいよ。

 ちょっとモ〇スターボールに似てますけど、これフロランシアの公式アイテムなんです。

 ベルトに通して持ち運ぶのが基本でね、名前はズバリ「セカンダリボックス」。


 ほら、言ったじゃないですか。


 ──ミイフィはフロランシアにいたんです。

 ──そして僕の操作キャラの、セカンダリボックスの中に入ってた。


 ってね。

 そのままですよ。

 ミイフィは昔はフロランシアにいて、今はこっちにいるんです。

 そして僕の操作キャラじゃなく、セカンダリボックスの中に入ってる。


 あれ、なんでそんな深刻な顔してるんです?

 ははあ、僕をおかしな奴だと思ってるんでしょう。

 妄想と現実の違いのわからないヤバい奴だって。


 ああー……でも、これ以上は言わないほうがいいのかな。

 だってねえ、ミイフィはフロランシアの中にいた時と同じ能力が使えるわけですから。


「増やせるのはゲーム内通貨だけじゃないんですよ」


 って、この間もドヤ顔してました。

 まあ、さすがに止めましたけどね。

 向こうではチートで済んでも、こちらではお縄ですから。






「……以上が、川上竜彦容疑者との全ての会話記録です」


 ICレコーダーの再生スイッチを切ると、警視庁捜査一課の鬼刑事たちは一様にため息をついた。


「記録をしていたのは月間ゲームマニアックの編集者、酒井功一です。大型ネットワークRPG『フロランシア』の最後を見届けたプレイヤーに取材している中で、偶然接触していたと主張していますが、本人の銀行口座には怪しげな資金の入金があり……」


 かつて刑務官を務めていた川上竜彦容疑者の行為に思いを馳せた。

 彼の罪状は、ひとりを覗いた囚人と、刑務官すべての殺害……。

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「セカンダリボックスの中に彼女が出来ました」 呑竜 @donryu96

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