バベルの塔の階段職人《ステイルメイカー》

ギンギツネ

平和な世界を壊すソレ

 世界は1つになっていた。


 統治国家を築いた人類は、身分の差もなく言語も壁もなく、差別すらもなかった。


 全人類は同じ言語で似た意識や思想を持ち、平和を掲げて一致団結出来るほどに幸せでいたのだ。


 もちろん、ケンカや諍いさかいなんてものはある。しかし、全人類の頭には一つの"目標"があり、そのためとなれば争いなんてものはすぐに消えてなくなった。


 殺し合いもなくいがみ合いさえなく、ただ全員が同じ目標を持って繁栄し、幸福を持ちながらそれに向かっていった。




 俺は建設業を任されている一人の元商人....って言ってもこの世界に商売なんてものは存在しない。


 それぞれが生きるために働き、出来た食べ物や衣服をそれぞれが分け合っているのだから商人なんてただの形だけの配給係に過ぎない。


 俺は物を渡した時に感謝されること、その笑顔が好きで配給係についていたんだが、ある時、建設業の方へ行かないかと誘われたのがきっかけでこっちに来た。


 建設業....っつっても建設するのは家とか教会とかの数十人単位でやる物じゃあない。


 俺の、もとい俺達が1万人とかの単位で建設しているのは....そう、"バベルの塔"である。




 難しい話じゃない。俺はそれを登るための階段を作るように任されている。


 砂山のように高く積むだけじゃない、それを登る必要があるんだ。


 俺達はこの"バベルの塔"でもって、神様に会いに行こうとしているだけ、ただそれだけなんだ。


 何かを願うこともない、今、こうやって全人類が一致団結して支え合うこの世界に望むことさえもない。


 欲望なんてものは無い。あるとしてもそれは"知識を得たい"という知力を持つ人間の本能、いや渇望でしかないさ。


 神様に会って、そうして「ずっとこの世界がこのままでありますように」と言うだけ。願うことも望むことがない俺達はせめてこういうことしか言うことがない。


 だから神様を確認する、そして会う。居なくても良い、そうだとしてもここまで目標を共にした仲間たちと別れることは無いからな。



 階段はレンガのように、土を焼いて足場となるように強度を高くした上で、下の段と被らないように螺旋階段を作る。


 それをバベルの塔の全体にしようというのだ、そうすれば全員が会いに行けて、全員がその渇望を満たし、そうしてまた幸せな生活を送る。



 階段を作ると言っても正確には積み上げるだけだ、階段となる足場を、レンガを倒れないよう、全体が支え合うように、確実にバランスを計算して積んでいく。


 それは、何も難しい話じゃない。ただこれは1番高いところに行かなければいけないリスクもあるし、1番高く先に行けるというメリットもある。


 俺はここに来る時に志願した、死亡事故が多いとはいえ、1番高く、1番早く行けるからなのだ、死ぬことより見たい方が勝るのは俺にとっては当たり前のようにどうでもよかった。




 この役目に勤務してから早くも5ヶ月経った。俺が来てから....いやその前から階段の職人は早く死んでいく。


 そりゃそうだ、毎日高いところに行ってるからこそ、死ぬことなんておかしくもない。転落はよく起きる。


 そうして俺よりも上の担当をしていた人間がどんどんと死んでいった。


 仲良くはあった、しかし悲しくもなかった。


 俺は、1番前に来ることを多分死んだ人間よりも渇望していたのだから。


 1番前で働く。それは何よりもの恐怖と、何よりもの期待を持っていた。


 この仕事が上手く行けばみんなが喜び、俺も頂点に早く達したい。


 その思いで必死に積み上げるのだ、上へ、遥か高いところへ、俺は神様に会うんだ、会ってやりたいんだ....。




 それから2年、必死に上に向かい続けて、ようやく雲を抜ける高さにまで到達した。


 途中、後ろで酸素の薄さや高さに恐怖して落ちた悲鳴が聞こえたがそんなものどうでもいい。


 真後ろのやつだって、死んだ。


 全員が、塔に登る俺以外の人間はどんどん死んでく。


 ただ俺だけは死なない、いや、死ぬつもりは無い。


 雲を、天を....抜けるんだ。


 雲に、触れる。すうっと抜けていけば、雲の厚さを抜けて丈夫になっている部分があった。


 俺はそこにゆっくりと乗り込み、雲の上の景色を見渡す。


 神は、神様はどこいったんだ?


「あーらら、人類ってのは早いね、君が今回の一番乗りかな」


 声が聞こえた。後ろから。


 俺はその声の正体がなんだろうとそっちへ振り向く。


 見てみると、人型のような、四足歩行の動物のような、蛇みたいな帯状の動物のようなモヤがそこに固まっていた。


「君は....他の人を落としてまで来たいだなんて....物好きなんだねぇ....君には資格があるのかもしれない。」


 そう言ってモヤははっきりとした形を持ち始める。その姿は俺と同じ...."俺自身"の姿になっていた。


「はぁ....やっとこの役目が終われるなんて光栄だなぁ、思えば前回の時には確か、人類に"感情"と"性格"を作って人間の分別を図ったんだっけかな、まぁ君達はそれでも来たんだけどサ」


 俺には話が理解できなかった、というか喋れなかった。


「うーん、次は何にすれば上手くバトンタッチ出来るのかな....あ、そうだ! 君達に"言語"と"種類"を与えればこんなことしなくなるのかな? そうだね、そうしようか! 」


 そう言って俺の姿をしたソイツは、モヤを集めて本のような物を作り出し、手元で何かを書き込むような仕草をしながら語る。


「君達みたいな知性のある生物を作り出すとき、最初は迷ってたようだね、その知性ってのは"生存本能を優先して働く"からサ。


 そうして君達は他者を利用しながら生存し、ここまで何回もたどり着いた。その度に神様は"罰則"と"入れ替え"を行って、より忠実に知性ある君達を見続けることにしたのサ....


 まぁ、他者を利用することは何らおかしくはない、肉食動物は他の生き物を食わないといけないだろう?


 草食動物だって結局は草を引きちぎって"殺している"からね、そこに感情が無いだけ草食動物の方がかなりずる賢く非道だね、君達はそれよりも酷い。


 生物のサイクルってのは結局、生と死がどちらもあるからこそ、成り立ってくれているんだ、死なないためにあがく生物なんて邪魔でしかないから、つまりは生存することが邪魔となる


 まぁ、君達を飼っているのは私のように見るのを楽しむだけだから意図的に殺すつもりはサラサラ無いんだけどサ。


 さて、長く話し込んだけど、君が次にやるのは"観察"だ、その権利が与えられる。


 まぁ、本当はこれって罰則に近いから、もっと強い"規制ルール"を掛けてあげたいんだけど....まぁ君も退屈だろうから」


 一旦、話し終わったかと思うと、今度は下を向いてから


「君みたいに効率的な神様に全能の力があれば、それこそ生物が存在する必要を否定してしまえるんだろうけど....まぁ楽しんでね、その身分をサ」


 そうして雲の上で軽くジャンプしたかと思うと、ソイツは下におっこちる。同時に、俺の意識が無くなっていく....。




 下に落ちたソイツは雷となり、嵐となり、災害となってバベルの塔を完全に破壊する。


 それどころか、地表をひっぺがし、やがては全てを海に飲み込ませていく。




「良いかい? 優れているものはソレに関しての責任を負わなきゃあいけないんだよ。


 それは義務でも何でもない、が、枷となる。


 優れている人間やその役割ってものは裏切っちゃいけないし、どんなことがあっても終わらせてはいけなくなってしまうんだ。


 仕事が出来る、そうしてできることが増える、期待をされる、じゃあ次は? そうだ、次には出来ることによって自分の自由な時間が押しつぶされる。


 何かができるってことは"それに縛られる"んだよ


 優れている人間は不自由になる、それは誰でも分かる。


 そうしてそのルールを作り、それ自身に縛られるのを真っ先にやったのは人類でもない


 神なのだから」

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バベルの塔の階段職人《ステイルメイカー》 ギンギツネ @7740_kuroneko

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