【KAC2】幽かな季の鞘の僕

しな

白銀の如月

「ふぅー終わったぁー」


 ―― 午後の授業の終了を知らせるチャイムが鳴り、思わず声を漏らす。

 ここ最近は春の陽気も本気を出してきたようで、柔らかな日差しで俺を深い眠りへと導こうとしてくる。

 今日の午後は、そんな睡魔との戦いで精一杯で授業が耳に入ってこなかった。


 帰りの支度を済ませ帰ろうとすると、後ろから声をかけられた。


「なぁなぁ、睦月むつき、今日帰りカラオケ行こーぜ」


 振り返り、「今日は用事あるんで」と友人からの誘いを断ると、「どうせあそこ行くんだろ?」と、全てお見通しかのように言った。


 校門を出ると、少し早足に目的地に向かう。

 学校から程近い商店街を抜け、そこから更に少し行ったところにそれはある。

 ――そう、美術館だ。


 中に入ると平日だからか中は人があまりおらず、いていた。

 絵画のコーナーを抜け、目的のコーナーに辿り着く。


 ガラスのショーケース越しでもそれそのものに殺気が宿っていように感じた。

 それらは皆同様に、照明の光を受け刀身を輝かせていた。


 俺は、小さな頃から刀や骨董品が好きで、こういった展示会には、よく足を運んでいた。


 一通り見終わり美術館を出ると、辺りにはすっかり夜の帳が下りていた。

 来た道を戻り商店街まで戻ってくるが、見慣れない店を見て足を止めた。


【骨董屋】それだけが書かれた看板を掲げ、ひっそりと佇んでいた。

 骨董品には興味があるので少し立ち寄ってみようと店内へ入る。


 店内は薄暗く、歩く度に床板がギシギシと音を立て、時代を感じさせる。

 棚には所狭しと骨董品が並んでいた。

 品物を見ている内に店の奥へとたどり着いた。

 奥にはレジのカウンターがあるものの店主の姿は無かった。


 すると、奥から店主らしき老爺ろうやが出てきた。


「こんな辺鄙へんぴな骨董屋の最後の客がよもや学生とは……」


「この店無くなるんですか?」


 この店の雰囲気はいかにも骨董屋という感じで中々気に入ったのだが、無くなるのは勿体ないなと考えていると、老爺が店の奥から何やら、長細く布にくるまった何かを持ってきた。


「アンタにこれをあげよう。きっと災から守ってくれる」


 そう言うと老爺は巻いてある布を開いた。


 ――刀だ。


 先刻美術館で見た、刀そのものから殺気を放つような。

 その隣に一枚のお札が置いてあった。


「そのお札は何ですか?」


「名付け親となる権利……と言ったところかの」


 何を言っているかさっぱり理解できなかったが、取り敢えず刀を受け取りお礼を言い、家に帰る。

 家には刀を飾るとこなどないので、自室の机の上に寝かせて置いておくことにした。


 翌日学校が終わると足早に、商店街へと向かう。

 骨董屋の老爺と少し話がしたかったのだ。


「……ない? なんで……」


 骨董屋など、どこにも見当たらなかった。

 まるで、そこには最初から何も無かったかのように消えていた。


 もっとあの老爺と話しておけば良かった。そんなことを考え時間を潰していると、外から大きな物音が聞こえた。

 家を飛び出し音のした方へ向かう。

 家からそう遠くない場所だったらしく、数分でたどり着く。


 現場を見た瞬間物音の発生源を悟ると共にに、恐怖で体が凍りついた。

 そこにいたのは、4,5メートル程の巨大なカエルだった。


 正確にはカエルとは似て非なるものだった。

 水墨画のような見た目に大きさ。どこからどう見ても自分達の知るカエルではたなかった。


 急にカエルの瞳が黒から赤へと色を変えた。

 色が変わったかと思うと急に暴れだした。

 逃げたいが、足がすくんで動かなかった。


 すると、急にカエルは真っ二つに割れ、墨のような黒い液体を流しながら倒れた。

 カエルの死体の傍には二メートル程の甲冑を装着した侍がいた。


「なんでいんの?」



 家に帰ると甲冑の巨漢が自室に座っていた。

 彼もカエルと同じように、墨のような色の肉体を持っていた。しかし、カエルとは違い目は蒼く光っており、背中には二つの人魂かのようなものが、漂っていた。


「あんた誰? アイツは何だったんだ?」


「あれは、幽鬼ゆうき。人の思いの塊。そして、我は、日本に伝わる霊刀の中でも原初の12本の2の霊刀であり、幽鬼を斬るために生まれた存在」


 その甲冑の男はどうやら、主が必要らしく、主がいないとこの世に留まれないようだった。

 男はオレが骨董屋から貰い受けた刀に宿る魂が具現化したものだと言う。


 そういえばと思い、自室の机の上にあるお札を持って男の元へ行く。

 男はソワソワしたような感じで周りを見つ渡していた。


「それは、所有者の印」


 彼もこのお札を知ってるようだった。

 彼の名前をつけようと思ったのだが、彼のことは特に何も知らなかった。

 そこで、彼に聞いてみた。


「えっとー……とにかく名前ってあるのかな?」


 すると男は低く少し掠れた声で答えた。


「名前か……そんなもの忘れてしまった」


「忘れてしまったなら俺がつけてやるよ。

 2の刀だから……旧暦の2月とかけて如月きさらぎだ!!」


 そう言い札をかざした。


 こうして、俺と如月の暮らしが始まった。


 学校に行く時には三十センチほどに小さくなってもらい、カバンの中に入れておく。

 勿論普通にご飯も食べるので弁当を少し分ける。


 ある日の昼下がり。


 またいつもと同じように睡魔と戦っていると、 校庭に何かが落下したような音がした。

 急いで外を見ると、十メートルはあろうかというぬえの幽鬼がいた。

 周りの生徒は写真を撮るものもいれば、恐怖でその場に座り込む人もいた。


 突如耳に頭の中に、「憎い」「殺す」と言った声がこだまする 。どうやら、あの幽鬼は人間の怒りの感情が具現化したものらしい。


 如月と出会ってから何体か幽鬼を撃退していたお陰か、焦ることなくとにかく撃退しようと思い、カバンから如月を取り出そうとするが、ここで如月を出してしまえばどうなるか分からない。

 生徒を襲ってしまうかもしれない。なので、バレないように、刀を窓から校庭に投げる。


 落下する途中で三十センチ程の刀は二メートルもの巨漢に姿を変えた。

 勢いよく着地し、幽鬼を視認すると刀を中段に構え突進する。

 鵺も如月に気付いたようで短い咆哮の後、鋭い爪で如月を引き裂こうと斜めに振り下ろす。


 如月はそれを鵺の腹に滑り込むようにして躱し、腹を連続で斬りつける。

 鵺の腹からは墨を彷彿とさせるような黒い液体が血のように滴っていた。

 これを数回繰り返した。


 流石に大きいだけあって躱しながら斬りつけるヒットアンドアウェイ戦法では、致命傷は与えられなかった。

 それに加え、どんどん如月の動きにキレが落ちてきた。

 それを狙いすましたかのように鵺の尻尾である蛇が、遂に如月の動きを捉えた。

 如月を咥えた尾の蛇は、そのまま伸び続け校舎の壁に激突した。もうもうと土煙が立ちこめる中、如月のシルエットが現れる。

 なんとか無事だったようで安心する。


 如月は腰を落とし、刀を下段に構えた。

 すると、今まで飾りだと思っていた周りを漂う青白い人魂ひとだまが、刀身に吸い込まれるように入っていく。

 すると、如月の刀は青白い炎を纏った――狐火だ。恐らく人魂を使うことで狐火を使えるようになるらしい。


 もう一つの人魂は、如月の背中に吸い込まれるように入っていった。

 すると、如月の甲冑の継ぎ目から狐火が出現した。

 如月の双眸にも狐火の炎が揺らいでいた。


 如月は、再度貯めるように刀を持つ手に力を込め、地面を踏み抜かんとばかりに蹴り、何メートルもの距離を一瞬で詰める。

 獅子にも似た咆哮の後、刀を斜めに切り上げる。

 すると、纏っていた狐火は十メートル程の巨大な灼熱の刀身へと姿を変え鵺をいとも容易く真っ二つに斬り裂いた。

 鵺は、奇怪な叫び声にも似た断末魔をあげ墨にも似た黒い液体を飛び散らせながら爆発四散した。


 瞬間、学校が揺れる程の大歓声が起こった。

 学校を救った当の如月は、既に俺のカバンの中で戦いの傷を癒している。


 ――そして、この学校を救った英雄として如月は、未来永劫語り継がれるであろう。



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