2番目

葉月りり

第1話

 11時45分。そろそろかな。

 ガチャッ。ドアの音。

 私は小走りで玄関に向かう。

「おかえりなさいっ!」

 靴を脱いだばかりの彼に飛びついて首に腕を回す。

「おそい〜」

 と言いながら、彼の耳の後ろで、くんっと息を吸う。

 これはグリーンシーズンズホテルのオリジナルボディソープの香り。

 ふ〜ん、今日は秘書課のミユキさんね。

「月末だもん、しょうがないだろ〜」

 冷たくなった頬を私の頬にくっつけてくる。

「きゃーつめたーい!先にお風呂に入って温まったほうがいいんじゃない?」

「うん、そうする。今日さ、夕方、コンビニおにぎり食っちゃったから、炭水化物抜きでよろしく!」

「大根と厚揚げの煮物にイワシのみりん干し、ブロッコリーのごまマヨネーズでどう?」

「いいね!さいこー!あとお湯割で」


 スーツとネクタイを私に預けて何も用意せずにバスルームに入っていく。

 やがて水音。やがて唸り声。やがて鼻歌。

 スーツとビジネスバッグを片付けて、タオルとパジャマを用意して、煮物に火を入れる。

 どんなに遅くなっても午前様にはならない。飲み会の時以外は必ずうちで少しでも夕飯を食べる。私の1日が無駄にならないように私に世話をかけてくれる。

 その上に・・・・

 ミユキさんのときはグリーンシーズンズ。営業アシのカナコちゃんのときはホテルグリーンゲイブルズ。スナック難破船のアキさんはホテルさざなみ。あとは・・・シラナイ。

 

 みなさん彼が既婚者だってことは知ってるはず。自分が2番目だってわかってるのに結構続いてるよね。2番目?、3番?、4番? 私の存在だけは知ってるけど、他の人のことを知らなければ、自分は少なくとも2番だと思ってるってことよね。

 1番以外は2番目も3番目も一緒だと思うけどな。唯一の2番目なんて・・・アリなのかな。


 彼がバスルームからうちの香りになって出てきた。湯気が出てるみたいに赤い顔して

「う〜あったまったあ〜 んー、やっぱりロックにするー」

「うん!うまい!由美子の煮物はホッとする味だな〜」

「でも1番はおふくろの味でしょ?」

「いや、オレんち、おやじが新し物好きで結構洋食が多くて、おふくろは煮物得意じゃなかったんだ。それに家を出てから10年、結婚して5年。オレにとっては由美子の煮物が1番落ち着く味」

 うれしいことを照れもせず満面の笑みで言ってくれる。この笑顔は私だけが見られるのかもしれない。

「今日ね、お義母さんから電話があったよ」

「ああ、またアレか」

「うん、りんご1箱おくってくれたって。で、やっぱり、そろそろ孫の顔をって。私もね、そろそろ考えないととは思うけど。そろそろね」

「そうだなーそうだよなー。そろそろなー。あ、でも、今夜は勘弁! 明日は寝坊できない、朝一会議」

「やーだー。あくまでそろそろよー。私も明日は美也とランチだもん! 久しぶりだもん。鎌倉のね古民家カフェだもん!」


 鏡ごしにベッドの上でもうとろとろしてる彼。

「いいよ、先に寝てて。私、今夜美容液パックして寝るから、寝顔見ないでね」

「美也ちゃんとランチで随分念入りだな」

「知らないの? 外見チェックは同性の方が厳しいのよ。プロポーションの変化、新しくできたシミ。競ってるわけじゃないけど、出来れば釣り合っていたいし」

「はーいろいろ大変だね。じゃ、マスクマンになってしまう前に、ん!」

 眠いのにわざわざ起きてきておやすみのキス。

 自分のベッドに潜り込んで、やがて寝息。


 お肌を整えて新しい服を着て、明日、私は私の1番に会いに行く。あの人にとって私が1番ではないことは知っている。では、2番目なのか? それは・・・シラナイ。



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2番目 葉月りり @tennenkobo

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