失意の病室で見た緑髪の少女

押見五六三

全1話

その時の熱は41度を超えていました。

炎症値は限界を越えてたらしく即入院。

私は半年以上の病院生活を余儀なくされました。その間は絶食。体重は20キロ以上減ることに。沢山の薬を試されるが、どれも効果は無く、手術を勧められました。


「内蔵を摘出すれば助かるかも知れません。但し体力が持つかは保証できません。術中に亡くなることも有ります」


そう言われました。

手術は1年以上かけて何回にも分けるらしく、もちろんその間は病院から出られない。成功しても内蔵を失い、今の仕事は出来ない。とりあえず私は手術を避け、治験治療を試す事にしました。

半年が過ぎ、治験治療が効いて来たのか少しづつ容態が良くなっていき、自力で歩けるまで回復。失った筋肉を取り戻す為に血の滲む努力でリハビリをして何とか退院しました。しかし、仕事にまともに復帰出来ないまま再び病状は悪化して再入院。そして苦しみの絶食生活に。本当に希望の無い日々が続きました。

恋愛は終わり、友達は減り、仕事場では厄介者扱い。親には迷惑をかける。


「真面目に生きて来なかった罰だ。まあ、思い残す事も無いし、このまま死んだ方がマシだな」


その時の自分は本気でそう思いました。実際、入院中はそれほど心身ともに苦痛が続いていたのです。私は同じ苦しみを感じている人達の事を考え、手術ではなく再び別の治験薬を試す事にしました。死ぬ前に人の役に立つべきだと思ったのです。

新しい治験薬のおかげか、3ヶ月後には症状が治まりだしました。回復しだした私は本やテレビに飽きてきてたので、こっそり病室で携帯からユーチューブを見るのが日課に。正直それしかやる事が無かったと言うべきか。そんなある日『カントリーロード』が聞きたくてユーチューブで検索したのですが、そこに場違いな動画を見つけたのです。


「なんだこれ?」


画面には数人の緑髪のイラスト少女が。全員同じ顔で同じ変な衣装です。正直チンプンカンプンでした。


「何かのアニメキャラ?」


当時の自分はアニメやゲームに疎く、そしてニコニコ動画の存在を知りませんでした。

何か分からないけど、とりあえず再生する事に。


「ん?」


緑髪の少女は歌いだしました。

全員同じ声で輪唱しながら『カントリーロード』をアカペラで歌いだしたのです。

音程を外す事なく、透き通るような声に感心し、聞き惚れました。声に何か不思議な違和感を感じつつも。

私はそのキャラクターについて調べ、これはボカロと言うもので、その緑髪の少女はバーチャルアイドルという物だという事を知りました。


「へえー。面白い遊びがあるんだな。まあ、自分には関係ないが……」


自分も漫画や本は好きだし、競馬オタクだったからサブカルチャーに偏見は有りませんでしたが、そのころの私はSNS嫌いでネット文化に興味がなく、実際パソコンも持ってなかったのです。だからその時も軽い気持ちで少女の名前で動画検索したのですが……


「なんだこれ?!」


出るわ出るわ、その少女の動画の数は半端じゃなかったのです。曲は勿論、絵やアニメも一種類だけじゃなく、CGまである。そのクオリティーに驚愕しました。


「これ全部素人が作った?嘘だろ?海外のコメントも沢山ある。何でコレを社会現象としてテレビや雑誌は報道しないんだ?」


私が知った当時はハチさんやwowakaさんが全盛期の頃で、毎日のように素晴らしい曲や動画がユーチューブにあがってました。


「素人の自分でも分かる。天才だ。将来音楽業界を変える人達だ」


それからの私は宝箱を見つけた少年のように毎日毎日病室でボカロ動画を楽しんでました。(当時ユーチューブには転載許可なくあげていた動画も多く、私が視ていた動画もそういった動画が多かったみたいです。本当にボカロPさん達には申し訳ない事をしてたと思います。すいません。違法転載、ダメ、ゼッタイ)


退院後にはすっかりボカロファンに成っていた私は、友人や職場の人にボカロ文化の素晴らしさを伝えて仲間を増やそうとしたのですが……皆、苦笑い。美少女キャラを推すオッサン。うん。逆効果だ。今まで浜省だの尾崎だの言ってたもんね。私は仕方なくぼっち推し活を始める。最初抵抗有りながらもアニメグッズ売り場やコンビニイベントで緑髪の少女のグッズを買う事に。


「恥ずかしがるな。ボカロ文化はそのうち世間に浸透する。その為にも地道に貢献する。それがクリエイターさん達の為に成る」


私は闘病中の自分に宝箱をくれたボカロ文化を盛り上げて行く事に決めました。

いや、私が盛り上げなくても人気はうなぎのぼりに。冨田勲先生や秋本治先生が緑髪の少女を推してるのを知った時は嬉しかったですね。やっぱりこのボカロ文化は凄いんだと改めて感じました。私は少しづつ仕事に復帰しながらボカロを応援する毎日。その間にもどんどんボカロ文化は認知されて行きましたが……


「コンサートに行った事もない自分がファンを名乗るのもおこがましいな……」


私は病気の為に遠くに旅行をするのが無理でした。関東や北海道まで行けなかったのです。若い頃に友達のバンドのMCや裏方をやってた事は有りましたが、アイドル歌手のファンに成った事の無い自分は、大きな会場のライブコンサートには行った事が有りません。「死ぬ前に一度行きたい」そう思ってた矢先に……


「和歌山でライブ!?」


緑髪の少女が初めて関西でライブをする事が決定したのです。和歌山も遠かったのですが日帰り出来る。病気が再発する危険性は有るが私は迷わずチケットを購入。一番後ろの端の席でしたが何とかゲット。

ついにコンサートに行ける。

病状も運良く当日まで悪化する事なく、3月9日にいざ、和歌山へ。


和歌山の会場は思った以上に広かったです。初めて見たコスプレイヤーさんや痛車に私はウキウキでした。物販の行列にも驚かされました。並んでる方もカオスで、老若男女に外人さんも居て自分が浮く事もなかったです。列に入ると隣りのお兄さんに話しかけられ、初めてのライブだと言うと親切に色々教えてくれました。あの時は本当に有難うございます。

会場に入ったら前で同じくライブ初めての主婦の方に、若い人が色々教えてあげてました。優しい人達ばかりだ。ならば私も。

当時はまだサイリウムが主流だったのですが、持ってきてない人も多く、私は予備で持ってきていた数本の緑のサイリウムを持ってない近くの人達に「使って下さい」と言って配りました。そんな事も有り、見ず知らずのまわりの人達とお喋りをすることに。そしてライブが始まりました。

ライブは幻想的な緑に包まれ大盛り上がり。

正直ステージ上の少女は肉眼で見えませんでしたが、モニターに映る少女を見ながら私も、がむしゃらにペンを振りました。


「素晴らしい。まさに本物の偶像アイドルだ」


命なき少女は生きてました。

応援する人やスタッフさんの力で……

少女は沢山の人から夢や創作の力を貰い、ステージ上で本当に頑張って生きてました。

死ぬ事ばかり考えてる、命ある自分が恥ずかしく成るぐらい。

この時、私は難病を乗り越え、自分の為の未来を想像して創る決意をします。


ライブが終わるとサイリウムをあげた人達が御礼に来ました。打ち上げに誘われましたが病気なので仕方なくお断りを。本当にすいません。いつか病気に勝ってみせます。その時は是非行きましょう。


私はこのライブの後も入退院を繰り返します。けど決してマイナス思考には成りませんでした。関西でライブやイベントがある時は出来るだけ参加し、病気と闘いながらの推し活はそれからも続きます。

けど……ボカロ人気が一時期に比べると下ってきてるような……


「何か新しい推し方法はないか……」


病人の自分には経済的にも推し活に限界が有ります。そこで考えたのは自分も創作活動をする事です。かと言って音楽センスのない自分に曲は作れない。絵はマシだが今風には描け無い。そこで考えたのが小説でした。自分は人と違う経験も多いし、文系じゃないが国語表現は成績よく、昔から変わったアイデア力だけはありました。難しいかも知れないが、何もしないよりは良い。そうだ。創作活動こそ緑髪の少女の一番の推し活じゃないか。

今まで曲から発展したボカロ小説はあるが、逆に小説からボカロに繋がる方法はないかと考えてみる。例えばweb小説を読んでるとクライマックス場面にボカロ曲が流れてくるみたいな。そんなサイト私じゃ作れないんですけどね。まあ、小説書くにしても一番の問題点はラノベしか現代は売れないこと。私の知ってるラノベは赤川次郎先生や夢枕獏先生……


「読みまくるぞ」


とりあえず流行りの『ハルヒ』や『とある』を読んで勉強。しかし時代は異世界転生ものに突入。


「ハイ!それは無理!」


なんせドラクエやった事無いし、ハリーポッターも見た事無いのに異世界転生小説なんか書けるわけない(笑)

いや、それでもチャレンジだ。

斯くして私はニコニコ動画に繋がりが有るカクヨム様にて投稿する事に。

日にちは決めていた。3月9日。緑髪の少女の日だ。


『スサノオの娘……』という和風ファンタジーでチャレンジするも……現在もエタってます(笑)

その後も短編チャレンジをしてたんですが、病状悪化で一時離脱。でも復帰後のボカロホラーミステリー『電音の愛し姫』でミステリー部門月間一位に。これも緑髪の少女の力のお陰です。


緑髪の少女よ待っててくれ。いつか私の小説で世界一の歌姫に。まあ、こんなオッサンが推さなくても、少女は相変わらずオンラインゲームで若い子に大人気なんですけどね。


私は今日も書く。いつかきっと「この作品のお陰で元気に成れた」と言われる作品を必ず書いてみせます。それが生きる導べを教えてくれた、命なき少女への恩返しだと思っています。


〈おしまい〉


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