吸血鬼少女と獣耳少女の秘密の花園

阿賀沢 隼尾

吸血鬼少女と獣耳少女の秘密の花園

「本当に入っていいのにゃ?」

 ボクは黒髪の美少女に恐る恐る尋ねた。

「安心するが良い。アリスは今日友人の所に泊まると言っていた。だから、今夜は2人きりでゆっくりしようではないか」

 本当にゃのかな。

 そう思いながらも、ボクは彼女の部屋に入る。


 白い壁、右端の窓際には木で作られた机が置いてあった。

 無論、椅子も一緒だ。

 机の手前にはベッドが壁に沿って配置されていた。


 でも、彼女——エリザベート・カミュの部屋はそこでは無い。

 敷居を跨いだ隣の部屋だ。


 作りは同じだが、机やベッドの配置は反対だった。

「ほら、さっさと入り給え」

「う、うん」

 見慣れた光景。


 ボクとカミュちゃんだけの秘密の時間が今、始まろうとしていた。

「今紅茶を入れるから」

「う、うん」


 心臓の鼓動が少しずつ、少しずつ大きくなっていく。

 でも、嫌じゃないにゃ——

 この気持ち。

 寧ろ、心地良い。

 ずっと、感じていたいと思うにゃ。


 ちらり、とカミュちゃんを見る。

 背中まである、月の光のように艶やかな銀髪。

 紺色の制服と首のリボンに良く合っている。


 ボクは、彼女のポットからコップに移す仕草がとても好きなのにゃ。

 いや、全てが好きと言ってもいいのかもしれないにゃ。


 彼女の横顔から見える長い睫毛も。

 耳に掛かった髪をかきあげる時の仕草にもドキッとさせられるにゃ。

 そのルビーの様な、吸血鬼独特の透明で真紅の瞳も、少し長い指の爪も綺麗だと思うにゃ。


 彼女の全てが月のように妖しく煌めいていて、惹かれてしまう。

「どうしたのだ? 」

「い、いや、なんでもないにゃ」

 ボクの視線に気付いたのか、カミュちゃんは私に声を掛けてきた。


 でも、まさか「あなたに見蕩れていました」だなんて言えないしにゃ。

「本当はどうなのだ?」

「う、うにゃあ!!」

 いきなり、彼女の顔が目の前に現れたからつい声を出してしまった。


「ふふ、そんなに驚かなくても良いものを」

「な、何言ってるのにゃ! いきなり人の顔が目の前に現れたら誰だって驚くのにゃ!」

「ふ、ふふふ」

「な、なんなのにゃ。その薄気味悪い笑い声は」

 小さい口を押さえてカミュちゃんが笑い続けるものにゃから、むっとしてしまって——


 もう、そんなことを言うんならボクは無視してやるんだからにゃ。

「エリカ、エリカ」

 ふんだ。

 ボクは知らないんだからにゃ!


 でも、胸の奥が針に刺されたかのようにチクチクしてしまうのは何故なんだろうにゃ。

 痛い。


「全く、君という人は仕方がないな」

 彼女はそう言うと、後ろから両手を回してきて、ボクの耳に少し歯を立てた。


 もにゅ。

 もにゅもにゅもにゅ。

「ひああぁぁぁぁ」


 柔らかくも生暖かい感触がボクの桜色の毛の生えた耳を刺激する。

「ふふ、獣耳族、特に、猫耳族は耳が弱いのだったなあぁ。妾を無視するとどうなるか、その体に教えてあげようではないか」

「ちょっ、にゃめっ」

 耳に彼女の舌が絡まる。


「ふっ……うぅ。うぅぅ」

「そう言えば、猫耳族はここも弱いのだったなぁ」

 そう言いつつ、尻尾に手を伸ばしてきた。

「だ、だめにゃ。そこは・・・・ふっ、ん」

 カミュちゃんの手は滑らかで、小さくて、如何にも女の子と思わせるような触り心地の良い手だった。


 魅惑的で官能的な声が耳元で囁く。

「ほら、ここが気持ちいいのだろう」

「んっ、あうっ、は、はいっ」

 それにボクは逆らうことが出来なくて。


 ボク達はそこから次のステップに進む。


 ボクはカミュちゃんの方を向いて、彼女と唇と唇を重ね合わせた。


 彼女の口からは甘い花の匂いがしてきた。

「んっ、んん」

 いつまでも彼女とこうして唇を重ね合わせていたいにゃ。


 嫌なはずなのに、嫌じゃない。

 いや、ボクは実際嫌ではないのにゃ。

 寧ろ、彼女とこんな恥ずかしいことをする事が嬉しいのにゃ。


 2人だけのこの関係が続く事を、彼女と秘密の関係である事がとても良い。

 禁断と分かっていても、続けてしまう。

 いや、禁断な関係だからこそなのだ。


 この秘密を知っているのはボクと貴方の2人だけ。

 これが、ボクとカミュちゃんのこの異様な関係にさせているのにゃ。


 これは麻薬——依存してしまう。

 いや、お互いに依存しなければならない関係に堕ちてしまっているのだ。

 後は互いに堕ちていくだけ。


「ぷはっ」

 唇を離すと、透明な糸がボクとカミュちゃんとの唇の間を引く。


「次は、血を吸わせてくれないか」

「うん。良いよ」

 ボクは彼女の要求を呑んで、制服を脱ぎ始めた。


 首にしてあるリボンを外してボタンを1つ1つ外していく。


 プチッ、プチッ——


 2人だけの静寂な空間の中でボクがボタンを外す音だけが部屋の中で聞こえる。

 上着を脱ぐ。


 すると、白い長袖が露わになる。

 腰のラインや胸の形まで体の細かな線が、カミュという1人の美少女の前に晒された。


「あ、あまり見ないでにゃ」

 恥ずかしくて、思わず胸を隠す。


 トクン、トクン、トクン——


 心臓の鼓動ががさっきより一層速く、大きくなる。

 は、恥ずかしいにゃ。

 でも、この人と一緒の空間に時間に生きたい。

 この人と一緒に体を共有したい。


 そんな邪な気持ちが羞恥心よりも大きいのだ。

 長袖のボタンを外して、体を露出させる。

 細い腕と柔肌が長袖の間から現れた。

「ほら、いいにゃんよ」

「それじゃ、遠慮なく……」


「っ……」

 針を突き通すような痛みがボクの首筋に走る。

 血が、ボクの血液がこの銀髪少女の口へと移動する。


 なんというか、不思議な感覚なのにゃん。

 輸血する時や献血をする時の感覚に似ている。


 この行為は彼女の——エリザベート・カミュの愛情表現なのだ。

 本国、ユキノポリスでは『吸血鬼献血条例』なるものが存在する。

 吸血鬼の種族は国に申請をだして、魔物から採れた血液をポリに詰めた『吸血鬼パット』を配給しているのだ。


 だから、本来ならカミュのように人の血を吸う必要はないのだが……


「ねぇ、『吸血鬼パット』があるのになんでそれを飲まないの?」

「そんなの決まっているだろう。エリカの血が美味しいからだ」

 このセリフだけ聞いたら、狂人みたいにゃ。


 彼女によると、吸血鬼の吸血行動には3種類に分けられるそうだ。

 食事用、眷属用。

 この2つは理解出来る。


 驚いたのはもう1つ——

 愛情用だ。

「吸血鬼の吸血行動というのは、本能的で仲間意識等の情緒的な要素で構成されているのだよ。食用の吸血は生き残るために。眷属用の吸血は『この人と一緒にいたい。共に生きたい。私の血をこの人に感じて貰いたい』という生殖本能、又は、自分と同じ気持ちを感じて欲しいという想いなどが主なのだよ。愛情用——これは妾が勝手にそう呼んでいるだけなのだが、この種の吸血行為は、人間で言うところの性欲や官能的等の感情と同等だろうと妾は考えている」


 彼女は言葉を続ける。

「吸血鬼に性行為は必要ないからな。知っているか。吸血鬼になると無性になるのだ。なぜだか分かるか?」

 ボクは首を左右に振る。

「必要が無いからだ。だから、性器も存在しない。性別が無いからな。妾が女のように見えるのは、人間だった頃から少しも変わっていないからだ。これが吸血鬼の定めなのだよ」


 言い終えると、銀髪美少女はボクの首筋から歯を抜いた。

 なんとも言えない、ムズムズするような空気が二人の間に流れる。


 今、カミュちゃんはどんな表情をしているんだろうにゃ。

 少し、見てみたい気がした。

 でも、この空気の中、振り返って彼女の顔を見るのは抵抗がある。


 でも……

 私達は友達なんだから。

 落ち込んでいる友達を励ますのは友達の役割にゃよね。

 握り拳に力を入れて、後ろを振り返る。

「あの、カミュちゃん」

 すると、頬に冷たくて細いものが当たった。


「へへへ」

 カミュちゃんが小悪魔のような笑顔をしていた。

「びっくりした?」

「も、もう! 何するのにゃ!」

 そう言って、ボクは頬を膨らませて見せた。


「いや、エリカが妾が一生、半永久的にこの姿のままだということを考えて同情してくれているのかなと思ってな」

「う……」

「ふ。お前は可愛いな。妾は好きだぞ」

 華奢きゃしゃで初雪のような手がボクの頬に触れる。


 心無しか、彼女の顔がほんのりと朱色に染まっている気がした。


 カミュちゃんってやっぱり睫毛長いんだにゃ。

 目も少しとろんとして扇情的だ。

 彼女のSな性格が顔に出ている。

 顔はお人形さんみたいに整っているし、瞳も宝石みたいにキラキラで、鮮血のように鮮やかな朱色で——


 って、ボクは何を考えているのにゃ!?

 そう思うと、顔が沸騰するくらいに熱くなった。

「エリカ、顔が真っ赤だぞ」

「だ、だって——」

 反射的に目を逸らしてしまった。


 なんでボク、目を逸らしちゃうのにゃ。

 確かに、ボクとカミュちゃんのこの関係は誰にも秘密だけど、誰にも言えない秘密だけど。

 ボクはカミュちゃんの事を友達以上の関係と思っているけど、それはもしかして……

「ほんと、はずがしがり屋さんだな。君は」

 首にカミュちゃんの冷たい腕が包み込む。


「え、ちょっと——」

 言い終える前に、彼女の唇がボクの唇に覆い被さる。

「んっ……んんっ」

 離そうとしても、カミュちゃんの力が強すぎて抜けないのにゃ。


 でも、気持ちいいのにゃ。

 世界にボクとカミュちゃんの2人だけがいるみたいにゃ。


 桃色と淡い光の世界にたった2人きり——。

「ん……あう……」


 頭も。

 心も。

 魂も。


 何もかもが溶けて、全てがぐちゃぐちゃに溶けてしまいそう。

 それはまるで、角砂糖の様に甘いキスだった。


 そうやって、ボクとカミュちゃんは1つなるのにゃ。


 世界でたった——唯一の存在に。

 誰にも邪魔されない。

 邪魔させない。


 彼女はボクのものに、ボクは彼女のものになるのにゃ。


 でも、ボクには好きな人がいるにゃ。

 人間のアリスちゃんなのにゃん。

 しかし、普段の様子を見ていると、アリスちゃんはボクの事を『友達』としか見てくれていないらしいにゃ。

 ずっと、5年間片想いでいるのにゃ。


 背中まである花のように鮮やかな金色の髪。

 絹のように滑らかで華麗な黄金の髪。

 陶器の様な乳白色にゅうはくいろの肌。

 天色あまいろのリスのようにぱっちりとした瞳。

 彼女に近付きたいにゃ。


 でも、女の子が女の子を好きになるなんて可笑しいにゃよね。

 同性で恋愛だなんて——

 そんなの普通じゃないのにゃ。


 だから、ボクは彼女に想いを告げることが出来ない。

 どんなに彼女の事を想っていたとしてもこの気持ちを伝えることは出来ないのにゃ。


 だって、もしこの想いをアリスちゃんに伝えてしまったら、秘密の恋になってしまうからにゃ。

 誰にも知られてはいけない禁断の恋。

 そんな危険な目にアリスちゃんに遭わせる事はボクには無理だからにゃ。

 だから、この恋は儚く、夢のような恋なのにゃ。


 それに、仮にアリスちゃんと付き合ったら、カミュちゃんになんて言えば良いのにゃ?

 いや、別にカミュちゃんと付き合っている訳では無いけれど、それでも、友達以上恋人未満な関係な訳だし。


 それに、恋人がいるのに夜な夜なこんな事をしていると、まるで浮気しているみたいにゃないかにゃ!

 でもでも——


 とこんなふうにボクが心の中で葛藤していると、

「エリスちゃん。今、アリスちゃんのこと考えていたな」

 まるで、ボクの心を見透かしたかのような事を言った。

「べ、別にそんなこと……」


「あるだろう。妾は知っているのだ。エリスちゃんがアリスちゃんの事が好きだということも。妾とアリスちゃんとの間のことで、エリスちゃんが葛藤しているという事も」

「な、なんでそれを……!?」

 誰にも言っていないはずにゃのに!!


「妾はエリスちゃんの事ならお見通しなのだよ」

「もう、そうやってまた誤魔化してにゃ」

「良いだろう。別に」

 そう言って、彼女は唇を重ねて来た。

「んっ……はんっ」


 数秒間キスをした後、カミュちゃんから唇を離して、

「この関係も誰にも知られたくないだろう。でも、大丈夫だ。君が付き合っても妾との関係は崩れない」

「な、なんでなのにゃん?」


「それはだな——」

 一拍置いて、

「アリスちゃんも妾と同じ関係になるからだ。2人から3人になっただけだ。むしろ、カミュちゃんにとってはその方が良いのではないか? 1人だけだが、妾との関係を秘密にしなくてもすむし、恋の成熟も実る。それに、アリスちゃんは君に気がある。これは確かだ」

「う、嘘にゃ」


「本当だ。妾の観察眼を舐めるなよ。この妾がそれは保証しよう」

「む、ううう。そ、そこまて言うなら仕方がないけどにゃ」

 だからと言って、直ぐに告白。


 と言う感じにはならないけどにゃ。

 そんなの恥ずかしすぎて無理なのにゃん!

 まだ、そこまでの勇気はないのにゃ。


 ボク達はその後もキスをした。

 しまくった。


 ミミズクが鳴く長い夜に、ボクとカミュちゃんは互いに肌の温もりを感じあって、情熱的なキスをして過ごした。

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