「二番煎じ」
スーパーちょぼ:インフィニタス♾
『二番煎じ』
二番目と言えば……?
「そりゃあ、世話物でしょう」
川沿いの商店街で古民家カフェを営む店主は意気揚々と答えた。
店主は向かいの骨董屋の小さなフクロウが大好きで、丸窓のそばで日向ぼっこしているフクロウを眺めるとついつい頬がゆるむのだった。
「あぁ、可愛い……」
「もぅ、ちゃんと聞いてくださいよマスター」
春野さくらは思わず頬を膨らますと、まるで店主の視線を遮るように、カウンターに身を乗り出して手をヒラヒラと振った。
「いや、だってあんまり可愛いから……」
「可愛いのはよく知ってますって。それで、世話物って?」
「え、さくらちゃん世話物に興味あるの? 見た目によらず結構渋いね」
「あ、いま人を見た目で判断しましたね。いいじゃないですか、巻き髪とミニスカートとつけ爪は私のポリシーなんですよぉ。スマホだって、拳サイズのキティちゃん人形を付けてるおかげで何度命拾いしたことか。未だに画面に傷一つないですから。それに興味あるもなにも……今度仕事で"二番目"についてプレゼンしなきゃいけないんです。で、世話物って?」
「なんだか骨董屋も大変だね……。世話物ってのはあれだよ、歌舞伎とか浄瑠璃とかの演目の一つのジャンルというかね。『曽根崎心中』とか『東海道四谷怪談』とか聞いたことない? いわゆる江戸時代の庶民の日常を描いた系みたいな。義理・人情・色恋。そういった人間味溢れるものってやっぱりいつも常識やら法律やら正義やらと隣り合わせというかね。そういう
「でも世話物がなんで二番目なんですか?」
せっかく頑張って説明したのに……! 店主はこほんと咳払いすると気を取り直して先を続けた。
「それは一日の興行のうち最初の演目が時代物、二番目の演目が世話物だったからだよ。二番目だから二番目物とか二番目狂言とかね。ついでに言えば時代物ってのは江戸時代よりずっと昔だったりあるいは公家や武家社会を描いたり、庶民の日常とはちょっとかけ離れててさ。だから世話物ってのは江戸時代の人にとっては現代劇みたいなもので口調も現代風で馴染みやす――」
「つまり月9ドラマみたいなものですよね」
たった一行でまとめるなんて……! 店主は心なしか疲れた様子で静かに答えた。
「まぁ、そんなとこかな……」
「うーん、そっかぁ、でもプレゼンするにはちょっと古くないですか? 題名つけるにももうちょっと今風にしないと。『曽根崎心中ラプソディー』とか『フクロウは東海道四谷怪談を見た』とか? うーん、やっぱりちょっと微妙かなぁ。だったらいっそそのままの方が清々しいですよ。あ、別にマスターがダサいって訳じゃないですよ、全然。そういうんじゃあないんです。ただちょっとその、今の若者向けにプレゼンするにはちょっと掴みが弱いというか。もうちょっと間口を広げたいんですよ。いまの流行りはもっとこう長いタイトルでクドいくらい全面に主張しないと読者がつきませんから――」
「読者……?」
「あ、いえ……こっちの話です。それでたとえば、もっと流行りに寄せた感じのはどうでしょう。たとえばそうだなぁ……『江戸時代にタイムリープしたら茶屋の娘に惚れられたんたが』とか『異世界転生したつもりが江戸時代でしかも全然日本語通じないでござる!』とか? ……うーん、まったく私の作風じゃないです。てか私何やってんだろ――」
聞かれたから答えたのに……! 度重なる心理攻撃についに心が折れたのか、店主は温かい飲み物でも淹れようとお湯を沸かし始めた。
「そういうものに影響を受けたその流れを汲んだ作品だって表明するにはとてもいいと思いますよ。何だって歴史がありますから。その作品に感銘を受けて人生変わった人だっているでしょう? でもやっぱり私の作風とはちょっと違うので、このテーマは却下ですね――」
店内にヒューヒューと湯気立ち上る音が響くころ、春野さくらは相変わらず独り言を呟いていた。
「あ、でも、江戸時代の人にとっての現代劇が世話物ってことなら、別に小難しいことでなくたって、小説投稿サイトにも現代の世話物が沢~山ありますよ。最近始めたばっかりですけど。この同じ時代に生きる人たちの色々な喜怒哀楽が詰まってるって、何だかすごくないですか? 別に一番じゃなくたっていいんです。地位や権力の強弱とその人の人間性はぜんぜん関係ないでしょう? 私はどっちかと言えば普通の人の人生から生まれた、その人だからこそ書ける作品や魅力にとても強く心惹かれるんです。あ、というか私もおもいっきりその普通の人だった。ははは」
普通か特別か、結局気にしてるのは自分自身ではないのかと思いながら、春野さくらは巻き髪を手でくるくるとした。
そのままスマホについた拳サイズのキティちゃんをもてあそんでいると、店主がおもむろに湯気立ち上るティーカップを差し出した。
「え、何ですか?」
「さぁ、何でしょう」
カウンターの上の一見洋風なティーカップの中に午後の日差しが差し込んで、赤い光がキラキラと光った。
「…………紅茶??」
「ブブー、ほうじ茶。あんまり喋って喉乾いたんじゃないかと思って」
「……美味しい」
「それは良かった」
春野さくらが顔をあげると店主はまた例のごとく微笑んでいた。
「あ、また窓の外見てたんでしょう、頬がゆるんでますよ。もう、ちゃんと聞いてくださいよ――」
「ちゃんと、聞いてたよ」
「……え……?」
ふいに店主に見つめ返されて思わずキティちゃんを落としたものの、春野さくらのスマホには傷一つつかなかった。
強めの春風がカフェの扉をカタカタ鳴らしながら川沿いの商店街を走り抜けて、いつもより少し遅めの春の訪れを告げる。
「あ、春一番かな。もぅそんな季節かぁ。俺もなんか新しいこと始めよっかなぁ~」
「なんかすごい適当ですねマスター」
「たとえば小説投稿サイトとか」
「あ、興味あります? せっかくならアカウント交換しましょうよ、周りに全然いないんですよぉ。それよりマスター、新しい店の名前決まりました? もうそろそろ新装開店でしょう、大丈夫ですか?」
「うん、さっき決めた」
「え、何にしたんですか?」
「それは――」
「それは……?」
「ちょっと秘密」
「えーっ」
「すぐわかるって。でもまぁせっかくなら小説にでもしてみようかな」
「あ、そしたらちゃんと教えてくださいね、タイトル」
「了解っすー。じゃ、そんな手筈で。ところでさくらちゃん、あのさ、さっきのほうじ茶、好き?」
骨董屋の窓際で小さなフクロウが嘴をカタカタと鳴らした。まるで丸窓の向こうに見える女性の笑顔につられたかのように。まるで、新しい春の訪れが嬉しくてしかたないとでも言うように――。
「二番煎じ」 スーパーちょぼ:インフィニタス♾ @cyobo1011
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