そうめんは二番目
十月吉
そうめんは二番目
「そうめんってさ、二番目って感じだよね」
唐突に、彼女はそう言った。ぼくは今晩のぶり大根用のめんつゆボトルを握ったまま、彼女を二度見した。
「みんなさ、ラーメンが好きとか、うどんが好きとか、そばが好きとか、パスタが好きとかあるけど、そうめんっていつも二番目くらいの『好き』じゃない?」
言われてみればたしかに、ラーメンマニアだとか退職後にそば打ちだとか、香川はうどん県だとかはよく聞くけれど、そうめんでそんな話は聞かない。
そうめんが嫌いというのもあまりない反面、突き抜けて好かれること少ない、麺類カーストで決して上位にはいない、そうめんというのはそんなイメージだ。
そうめんマニアなる人に聞かれたらこっぴどく怒られるかも知れないが、ぼくら凡庸な市民からのイメージはあくまでそうだ。
「ラーメン屋はそこらじゅうにあってもそうめん屋はない。うどん屋はあってもそうめん屋はない。そば屋はあってもそうめん屋はない。パスタ屋はあってもそうめん屋はない。──ほらね、そうめんはいつも二番手に甘んじてるんだよ」
いや、それはおかしい。その理屈で言うと、そうめんはラーメン屋とうどん屋とそば屋とパスタ屋の下なのだから、少なくとも五番手のはずだ。
「ラーメンの下であり、うどんの下であり、そばの下であり、パスタの下……いつも二番目だなんて、こんな悲しい存在がある?」
彼女は迫真の悲愴な表情で天を仰いだ。
知性あふるる彼女の計算ではあくまでそうめんは二番目らしかった。
「どうして一番になれないんだろうね、そうめんは。美味しいのに。でもほら、一昨年くらいにちょっと流行ったよね、そうめん。SNSでさ。だからもしかしたら来るかもよ、空前絶後、人類史初のそうめん屋ブーム。脱・二番目!」
どうだろうか。そうめんは冷たい食べ物だ。専門店を作るなら冬場の商売をどうするか考える必要がある。寒い時期はにゅうめんをメインに提供するのだろうか。
ラーメン屋は暑い時期でも冷房をガンガン効かせて熱い食べ物を提供するのだから、そうめん屋も寒い時期は暖房をガンガン焚いて冷たいそうめんを食べる、とかもアリなのかも知れない。
コタツでアイスみたいなやつだ。考えてみると悪くない気もする。コタツでそうめん。中々贅沢ではないだろうか?
しかし現在の日本では、寒い時期に暖かい部屋で冷たい外食を楽しむという習慣はメジャーではない。将来的には解らないが、今はまだ、そうめん屋が日本全土に立ち並ぶには厳しい時代に思える。
「そっか……じゃあそうめんはやっぱり二番目のままなんだね」
彼女は残念そうに言った。
「でも、そうめんのそういうとこ、わたしは嫌いじゃないんだよね」
どうして? とぼくは聞き返した。
「二番目ってさ、親しみやすい気がしない? 頑張ってるけどいつも突き抜け切れなくて、でも商品棚なくなっちゃうほどでもない。そういう半端さがさ、わたしたちフツーの人間みたいで」
なるほど。ラーメンのように情熱を持たれるわけでもなく、うどんのように広く愛されるわけでもなく、そばのように歴史オーラがあるわけでもなく、パスタのようにオシャレでもなく。
でもいつもどこかにひっそりある。それは何となくぼくらみたいな凡庸さだ。
「じゃあ、今晩はそうめんにする?」
「え、それはないなー、今晩はぶり大根!」
彼女はにこやかに、ぼくの手からめんつゆボトルを取り、買い物カゴに突っ込んだ。
おお、神よ。そうめんは麺カースト以外でも負けてしまうのか。
「そうめんはまた今度ね、もう少しあったかくなったら!」
彼女はぶりとめんつゆボトルの入ったカゴを持って意気揚々とレジに向かう。
つまり、やはりそうめんとはそういう存在なのだろう。いつまでも二番目。
いつか、そうめんに革命が起き、そうめん屋が道に並び、そうめんが世界を支配するまで──そうめんは二番目として、ひっそりと棚に在り続けるのだろう。
そうめんは二番目 十月吉 @10dkt
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