日常の始まり

俺が払うべき対価は

踏み倒したつもりだったが

どうやら、そうは上手くいかなかったらしい

「新年早々学校行くとかどんなイジメだよ」


留年ギリギリの

出席日数だった学生が何日か休んだ

そんな学生に課せられた罰である

冬休みの追加課題

それを学校まで取りに行った帰りだった


…担任、ちょっと距離置いてたなぁ

いくら誤診でしたなんて

診断書持っていったとはいえ


エボラ熱なんて致死性感染症だと

言われていた奴に近づきたくはないだろう


実は、恋の病でしたなんて言えるほど

親しい間柄でも無いし…


まぁそんな嘘のおかげで

無慈悲に留年させられなかっただけ

マシとも言えて


あの日の夜

家に帰ってきた俺への反応は、散々だった


家族みんなマスク付けてたし

何なら姉貴に至っては

除染用の防護服着てたからね?


学校どころか、家ですら居場所失うとか

とんだ嘘をついてくれたと思う


ーーそんな事を考えながら




俺は、ふと道の脇に目を向けてしまう


そこには、異常な葬儀看板は無く

住宅展示の案内が電柱に括り付けられていて


――まぁ、こんなもんだよな


そう都合よく、お話は始まらない

俺はイヤホンを付けて音楽を流す


そうしてしばらく歩いていると

急に肩を叩かれ、俺はとっさに振り返る


…そこには、笑みを浮かべた姉貴がいた

「ちょっと買い物付き合って?」


……大ヒット彗星落っこちてくる

アニメ映画の主題歌聞いてたから

もしかして、なんて思っちゃったじゃないか


…そんなふうにはならないけどさ


俺が、真面目な顔で

「君の名は?」

なんて聞いたら、それこそ笑えなくて

記憶喪失なんて劇的な事件、求めてないから


「…別に良いけど」


特に、やることもない正月で

どうせ、初売りの荷物持ちだろうけど


俺は、無意識に手をつなごうとして

姉貴はそんな俺の手を困ったように見つめる

「…彼女と勘違いされるよ?」

なんて、ふざけて笑って




――あぁ、そうだった


俺は手を引っ込めて、慌てて言い訳する

「どう足掻いても親子が限界だな?」


…姉貴、ロリだし

「すいませーん、知らない人に手を繋ごうとされたんです」


待てよ、そんな社会的制裁耐えられないから

児童誘拐とか、社会から抹消されるから


慌てて姉貴の口を塞ぐが

それは余計、誘拐にしか見えなくて

…八方塞がりで泣きたくなる


姉貴は俺の手を口から離し

「わかったら、黙って付いて来る」

「…はい」


姉貴は家とあさっての方向に歩き始め

「家の方にもモールあんだろ?」


俺を振り返り、笑う

「そっちは、あとで行くから」


――そんな仕草が、思い出させてしまう




…家に帰って駅伝でも見てればよかった。

そう思いながら、諦めて姉貴の後を追った




――混み合うショッピングモール

そんな喧騒の中、姉貴はさっきから

男性お断りのダンジョンで


ああでもないこうでもないと

下着を物色しているようだった




「…千秋?どっちがいいかね」

2つの下着を交互に

自分の前で動かしながら、聞かれる


どっちでも、変わらんだろうよ

それが陽の目を見ることなんて無いんだから


俺は、前の店員さんの言葉を思い出しながら


「右、ボタニカルレースっていうの流行ってんだろ?」


それが何かは知らないけど

確かそんなことを言いながら

店員さんが勧めてきた気がする


姉貴は驚いたような顔をしたあと

俺にニヤリと笑いかけ


「千秋、トレンドぶりたいのは分かるけど」

「それ去年の流行だから」

「いつかできる彼女に幻滅されるぞっ?」


確かに姉貴の持つ下着は

値引きの札がつけられていて

変わらないものは無いと言われてるようで


――うるさいな

聞いたら「何でもいい」しか言われねぇよ



ため息を吐きながら

「知るかよ」

「てか、姉貴のサイズそこにあるの?」




姉貴は下着を握りしめながら冷たい声で

「…お前、後で裏な?」


ーー結局、サイズは無かったらしく

その後ヤケのように洋服を買いまくって

ショッピングモールを出て


もっと混み合う駅前にある

モールへ向かいながら姉貴は恨み言をいう


「可愛いと思った物に限って、サイズ無いし…」


ぶっ飛ばされた頬を撫でながら

それでも俺は皮肉を返す

「西松屋とか探したらいっぱい有るだろ?」


…スネを全力で蹴られた


「そういう話してない」

「シーズン外れに投げ売りされた服着てる人に言っても無駄か」




「……別に良いだろうが」

「元々、高いものなんだから」

「安いときに買って何が悪いんだよ?」


――そうじゃなきゃ、手に入らない

そんなふうに思ってたんだよ




高い時計、新しい車、流行の服

それはみんな欲しがるようなステータスで

でも彼女も

そして、俺もそんなもの求めなかった


時計?

スマホで事足りる


新しい車?

納車までに何人それに乗った?


流行の服?

すぐに時代遅れになっちゃうのに




別に、悪いことだとは思わない

価値観なんて、みんなそれぞれでいいと思う


…ただ、それが正しいなんて言うのだけは

そう言って、誰かを憐れむのだけは

断じて、違うと言っておこう




価値なんてその人だけが分かればいいことだ


盆栽とか絵画とか

なんでそんな高いのか分からないなんて言うくせに、金持ちの道楽なんて笑うくせに


なんでそいつらは幸せなのに

人と比較しないと

価値を付けられないんだよ?


それこそ幸せな人間の道楽で


傷だらけでもいい、裕福でなくてもいい

身の丈に余るようなそれでなくて良い

俺がたった一つ望む、それを――


その名前を俺は口にしてしまう

「…ユウキ」


行き交う人の中

茶色のティーコートに身を包んだ

ショートカットの少女がこちらを振り向く


良くあるよね

自分に手を振ってると思って会釈するやつ

あれクソ恥ずかしいんだよな……


そう思って、彼女を見て

やっぱり見知ったそれでは無くて


……それでも、見間違えるはずが無いのだ


どんなに姿を変えようと

俺の知った不幸な少女で無かろうと

たとえ全てを覚えていなくとも




決して、空から少女が落ちてきただとか

急に居候として飛び込んできたとか

悪人に追われ傷付いていたとか


――神様のいたずらだとか




これは、そんな都合の良さのない

ありきたりな退屈の物語で

そんな日常の始まりで



―― 俺は彼女に恋をしてしまった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハッピーエンドなんていらない せせりもどき @seserimodoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ