幕切れ

「…勝手に終了の空気出さないでもらって良いです?」

アヤメは頭を抱えながら俺に言う

「なんだよ、なんか文句ある?」


「何枚始末書を書くと思ってるんですか?」


俺は笑いながらアヤメに言う

「神様だって自分のこと言うなら、それくらいやれよ」

「身勝手な願いを叶えるのが仕事だろ?」


必要なときだけ

そんなこと言うのはアレだけど

笑ってるから嘘ってことで


アヤメはため息を付きながら

「契約書類を用意しましたから」

「サインしてください」


俺は書類に目を通そうとして…

ナニコレ、古代象形文字?


「アラビア語なんで右から読んでください」


アヤメはニヤニヤと笑う

「それともアラビア語すら読めない馬鹿なんですか?」


「…ワールドワイドは結構だけど、読めるわけが無いだろ」


なに、イジメなの?

それとも世界共通言語は

いつの間にか変わったの?

学校しばらく行ってないから知らんけど


「英語のほうが良かったですか?」


「…どっちにしたって読めねぇよ」




彼女は心配そうな顔で俺に言う

「日本語だと言葉遊びしそうだったんで」


……よく、ご存知でいらっしゃる

不都合なことは

全部ゴネ倒してやるつもりだった


何だったら、上手いこと言って

ユウキの記憶も

都合のいいところだけ抜粋して

三億円もどうにか手に入れて

しれっとハッピーエンドにするまである


『チートでハッピーエンドに書き換えました〜神様騙して第二の人生始めます〜』


こんな感じ?

…胡散臭いな、このタイトル

こっちのほうが聞こえが良いだろうか?


…でも、そんなふうにならないのは

俺が一番よく分かってるから

「…文面お前が作ったの?」


「ええ、勿論」

それを聞いた俺は

ため息を付きながらその書類にサインする


木暮 千秋


まるっくこくて、バランスの悪い文字



字は大人になったら

勝手に上手くなるんだと思っていたけど

でも、それは間違いで

大人になっても下手なままのやつは

いっぱい居て


それは、生きることも変わらないんだろう



でも、サインが個人たる証明だというのなら

歪なそれが、俺だという証なら

下手だって良いはずで


綺麗に印刷された文字が

見栄え良く飾られたそれが

個人たる証明になることは無いのだから


「何なら拇印でも押しとく?」


アヤメはあきれ顔で

「よく文面も見ないでサインしましたね?」


俺はアヤメに笑う

「お前こそよく見ろよ、名前違ってるかもしれないだろ」


小墓になってるとかね?


アヤメは薄く笑い

「あなたが笑って言うときは嘘でしょう?」


「…どうだか」


どうやらこの契約には

厄介な信頼関係なんて物まで

付属しているみたいで


「なんにせよ契約はこれでおしまいです」

彼女は書類を懐に仕舞い

厳かな声で俺に告げる


「貴方は契約を行いました」

「神の前で誓いました」


「ならばそれを違える事の無い様」

「ーー切に願います」


…言ってることが、神様っぽくて焦ったわ




もはや置物化していた

噛ませ犬だった彼が口を開き

神でも何でもない俺に問いかける


「…俺たちは間違えたのかな?」



「生憎だけど自分のことで手一杯なんだよ」

「そんな事、お前で考えろよ」


それでも、キーケースを作ってくれた彼に免じて一個だけアドバイスをしてやろう


「でも、間違ってたんならやり直せよ」

「お前らには、その時間がいくらでもあるんだから」


ーー何度でも、間違えてやり直せばいい

ハッピーエンドの定義を見れば分かるだろ

頭のいい神様なら理解出来んだろ?


嘘をつこうが、騙そうが、間違えようが

やり直しちゃいけないなんて

何処にも、書いてないんだから


書いてないなら

ちゃんとそう書き足しとけよ


世界が定義する常識なんて

そんなもんだろうが


「…そうかも知れないね」

彼はまるで意趣返しの様な笑みを携えて

「最後に一つ、君に問いたい」


「…聞くだけ聞いてやる」

「対価に、彼女の記憶を選んだのは何故?」


…分かってんなら、聞くんじゃねえよ

たちの悪い、子供じみた

嫌がらせをするんじゃねえよ


「神様なら、聞かなくても分かるんだろ?」


そんな皮肉を返すが

彼はそんな皮肉に子供みたいに笑って


「俺は、もう神様じゃないんだろ?」


そう言って俺を見る




確かに、俺の記憶と彼女の記憶は等価だ

同じ時間を過ごして、同じものを見て

同じ幸せを生きたのだから



俺は彼から目を逸らし呟く

「俺が忘れたら、一体誰がユウキを幸せにするんだよ?」


だから確かに

ユウキの言葉は錠前を開けた


寸分違わなければ開くはずのない

それを開けて

大切に隠していた本当を見つけた


誰でもいいなんて

俺の知らないところでなんて

そんなものはぜんぶ嘘で


たしかに、最初から俺は願い続けていた

「俺が、彼女を幸せにしたいと」


だから、最後まで捨てきれなかったそれが

俺の本当の願いで


思いのすべてを伝える時間は残されていない

だからこの一言で全部伝わるように

ユウキに告げよう


「…ユウキ、おやすみ」

俺は振り返らないまま、歩き始め


「チアキ、おやすみ…またいつか」


こうしてユウキとの最後の一日は

幕を閉じた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る