嘘つき

思いもしなかったであろうその言葉に

神は沈黙し

声を上げたのは、ユウキだった


「…なんで?」


「チアキは私のお願いを知ってるはずでしょう?」

「私はチアキに会って幸せだったんだよ?」


…知ってるよ、ちゃんと伝えてくれたから

俺を忘れずに生きられるなら神様になったっていいって


そんなふうに思ってくれてるって、知ってる



彼女は声の限り叫ぶ


「チアキは私の生まれてきた意味なんだよ」

「それを忘れるくらいなら、死んじゃったほうがいい」

「神様になった方がよっぽどマシだよ!」




そんな叫びを聞いてアヤメが車から出てくる


目に涙をためるユウキ

何も言わない俺と彼

それを見てアヤメは苛立ちげに言う


「一体これは何ですか?」


彼はそれでも口を開こうとせずに

仕方なく、俺がアヤメに言う


「いや、大したことじゃないよ」

「俺がユウキを買い戻すって言っただけだ」


彼女は訝しげに俺を見て

「買い戻すって…どうやってですか?」


俺は彼女の目を見て当たり前のように告げる

「彼女の幸せな記憶、それを全部売り払う」

本気だと伝わるように言葉を選んで


すぐに、アヤメの表情は怒りに変わり

詰め寄って俺の胸ぐらを掴む

「貴方になんの権利があってそんな事を言ってるんです?」


俺は、静かに笑い

「権利?それならあるだろ」

「俺は確かに彼女の願いを叶えた」

「偽物でも何でもハッピーエンドを作った」


「その対価は」



今更三億円なんて端金を

誰か欲しがるんだろうか?


そんな紙切れいくら積まれたって

ユウキの代わりになるはずがない

それが彼女の全てなんかじゃない


そんな事すらわからない

神様じゃないんだろ?


アヤメはそんな言葉遊びに苦々しげに

「記憶が売れるとでも?」


俺はヘラヘラと笑いながら

「最初にそう言ったのはお前だぜ、アヤメ」

「それにお前は金さえあれば記憶は造れるって言った」

「つまり、その2つはイコールって事だ」




出会ったときに見せられた契約書


それには確かに

アヤメではなく知らない名前が入っていて

だからこそ本物だと


舞台にすら上がらない

そんな誰かの作った物だと確信できて


彼女は俺から手を離し、言い捨てる

「最低ですね、貴方」

「そんなことして何になるっていうの?」

「神になるよりよっぽど酷いじゃない」

「不幸なまま生きて、そしていつか死ぬんですよ?」


俺はアヤメに満面の笑みを向け

お返しとばかりに言い返す

「負け惜しみ、どうも」


ーーそんな事知ってるよ

それでもそんなやり方しか知らないんだよ


俺は黙り込んだアヤメから目を逸らし

ユウキに向き直って

赤い目で俺を見つめる

その目を見返して、笑う


「俺が嫌いになった?」

彼女は笑って告げる

「うん、だいっきらい」




「……

「そんで、幸せな人生やり直せば?」


俺が嫌いだからなんて

そんなこと言えば、辞めてくれると思った?


ならこんな理由を

ユウキにプレゼントしよう


嘘つきの神様が言ってたぜ

望むだけがプレゼントじゃ無いんだろ?



「…じゃあなんでチアキは」

「チアキは私に好きって言ったの?」

「なんでキスしたの?」

「そんなの全部忘れちゃうのに」


そんな言葉に、俺は笑いつづける

「ちゃんと言ったのにもう忘れたの?」

「不幸だったら、何も無い俺でも幸せに出来るって」

「でも、足りないと思ったから」

「ユウキの人生買い戻すのに足りないと思ったから」

「そんな、ただの自己満足」

「それだけだよ?」


……俺は必死に笑い続けようとする

泣いてしまえば、顔を歪めてしまえば

そんな事を望んでいないと、気が付かれてしまう


最後まで笑って言えなんて

偉そうに言えなくなる 



ーーだから、最後のその瞬間まで

…笑えよ

…笑い続けろ


嘘をつくのなら、自分すら騙し続けろ


ハッピーエンドなんていらないと言ったのだ

そこにある帰結が幸せでないと決めたのだ

歪んだ問の上で弾き出された本当の願い


チアキと生きることが幸せだなんて


そんな優しい言葉すらも、間違いにすると

その全部を嘘にすると俺が願ったのなら


チアキなんて言葉が

他の誰かにすり替わっても

そんな残酷な現実しか無かったとしても


それでも彼女に生き続けて

幸せな最後を迎えてほしいと

俺がそう誓ったのなら


俺は最後まで笑って言わなければならない


歪に笑いながら、俺は言葉を紡ぐ

「ユウキは幸せになれるよ」

「だってこの世界には神様も定められた運命も無いから」


――だから俺が運命の相手なんてそれは

ただのまやかしで


「ユウキは強いよ」

「自分の弱さも、人の弱さも受け止められるから」


――そんなふうに生きれるなら

きっと、誰かを好きになれる




「だから生きてほしい」

「きっと、誰かが幸せを一緒に作ってくれるから」

「不幸を半分に分けてくれるから」


――それはきっと、誰かで

俺ではないはずで


だから彼女の願いは全て叶えられなかった

チアキというその言葉だけは

どうしても、叶いそうもなかった




「ごめんね、願い事全部叶えられなくて」

「それなのに俺の物にしちゃって」


「…だから今度は俺を忘れていいから」


いつか願った、ユウキのように

俺がいなくても、俺を忘れても

そんな事どうだっていいから


「どうか幸せになって欲しい」



ユウキは俯きながら、俺に言う

「ねぇチアキ?」

「私は神様になったら、どうなれると思ったか知ってる?」


彼女は泣きながら、俺を見て


―その答えは俺にはわからなくて

俺は沈黙する


ユウキは、それを見て答えを口にする

彼が聞かずに頷いた

そんな、抜け落ちた空白を埋める


「私はチアキやアヤメみたいに」

「そう聞いたんだよ」

「痛くても、悲しくても笑って」

「そんなふうに言えるかって」


「…そんな事を聞いたんだよ」

痛々しいほど震える声で俺に伝える

「…だから、誰かなんて嘘を言わないでよ」

「やり直せばなんて、見捨てないでよ」

「お前を幸せにするのは、俺だってちゃんと言ってよ!」


言葉にしてなくても

表情に出さなくても

心を押し殺しても


それは、確かに伝わってしまっていて


そんなふうに呼ぶには

あまりにも些細なことだけど


それでも嘘と欺瞞で満ちたこんな世界で

わかり合うことすらままならない世界で

神も運命もないこの世界で

それに名前をつけるなら


それは、多分

幸せなんて、そう呼ぶしかなくて


「このハッピーエンドが間違いなら」

「そんなふうに思うんだったら」

「それでも私を好きだって、ずっと一緒にいたいって」


「…そうやって、また間違えてよ?」


…俺はこらえきれず嗚咽を漏らす

嘘をつこうが、騙そうが

それでも彼女は分かってしまうなら


正しさだけが、人を救わないのなら

そんな嘘でも、彼女に必要なら

俺の手でもう一度だけ、問題を歪めよう


彼女の幸せな未来を勝手に祈るなんて

どこかの無責任な誰かにならない為に


彼女の答えになるように

自分勝手な問題を作ろう



「…告白、馬鹿みたいだったから」

「今思い返すと恥ずかしいから」

「だから、やり直してもいいかな?」




ユウキは涙を流しながら笑い

「また好きって言ってくれるなら…いいよ?」


――だからこの物語は始まってすらなくて

今から、幸せな最後で終わる為に始まる物語

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