神の不在証明
アヤメはエンジンも掛けていない車の中で
俺たちを待っていたらしい
アヤメは無理に笑ったような顔を作り
「意外と早かったですね?」
そんな事を言って
「なんの話だよ、それは」
「いや最後なんで色々としてるかな、と」
そんなこと考えて待ってたのかよこの神様は
「神様ってやつは、とんだ色ボケなんだな」
彼女はそんな冗談に痛々しく笑い
「後悔しません?」
「まだ少しだけ、時間ありますから」
「やり残したことがあれば、待ちますから」
別に、アヤメも色ボケてた訳では無いらしく
彼女なりの気遣いだったのだろう
「別に、大丈夫」
ユウキもそんな事を告げて
諦めたようにアヤメは車のエンジンを掛けて
後部座席のドアを開ける
「どうぞ」
俺とユウキはお互いに寄りかかるように
くっつきながら席に座って
「どこ連れてかれんの、これ?」
運転席のアヤメに聞いた
「始めて出会った、葬儀場です」
彼女は、車を動かし始める
…確かに物語の終わりにはうってつけだろう
俺たちの始まりはそこで
ならば終わるのもその場所であるべきだから
そこへ向かう最中ユウキは
色々な事をアヤメに聞いていた
「神様になるのって痛い?」
「…そんなこと無いですよ、一瞬すぎて何がなんだか分からないまま、全部終わります」
「どんなことするの?」
「色々ですけど…書類書いたりとか、そんな事ばかりであんまり楽しいことはないですよ?」
「私、漢字書けないけど大丈夫?」
二人は笑いながら、そんな会話をしていて
会話を聞きながら思う
諦めきれないのは俺だけなのだろうか?と
もうそんな方法しかないと覚悟を決めて
ここまで来たはずなのに
間違っているのは
俺なんじゃないのかなんて
車は葬儀場の駐車スペースで止まる
「私はここで待ってます」
「ここで役目は、終わりなので」
ユウキは彼女に感謝を告げる
「ありがとね、アヤメ」
「…どういたしまして」
ーー俺の知らない時間があって
それすら否定してしまうんじゃないかと
ずっとそんな疑念は尽きないまま
それでもドアを開けて、外に出る
「やぁ、久しぶりだね?」
そこには、いつかの露天商の彼が立っていた
「どうも、お久しぶりです」
顔色を変えない俺を見て彼は笑い
「驚かないんだね?」
俺も笑いながら
「あんな意味深に登場しといて、伏線ぶってたのに」
「もう二度と登場しないかと思って焦ってたくらいです」
彼はジッポライターを弄びながら
ユウキに目をやる
「彼女がキーケースのお相手かな?」
ユウキは俺の腕を握りしめて試すように
「始めまして、チアキの彼女です」
彼は、そんな事は分かりきってるような顔で
「ご丁寧にどうも、東雲結城さん?」
ユウキは、少し笑って
「やっぱり駄目か…」
「神様、貴方のお名前は?」
諦めたようにそんな事を聞いた
彼は少し戸惑ったように
「そうだな…好きに呼んでくれて良いけど」
「アダムって名乗っとこう」
すぐに偽名だと分かる皮肉じみた名前
禁じられた果実を食べて、楽園を追放された最初の人間
彼は自分をそう名乗った
彼は言葉を続ける
「お二人さん、何か聞いときたい事は、今のうちにどうぞ?」
「残念ながら、クーリングオフは出来ないからね?」
俺は、彼の目を見据えて聞く
「禁断の果実の味はどうだったよ?」
彼は、俺を試すように笑い
「君こそ、どうだったのかな」
「楽園のリンゴの味は?」
俺もそれを可笑しそうに笑う
「ほっぺたが落ちそうなほど甘かったよ」
「まるで、白雪姫のリンゴみたいに」
それは作られたように甘くて
しかも毒入りだった
面白そうに声を上げて笑う
「そうか、やっぱり君は面白いね」
「…そいつはどうも」
「じゃあユウキちゃんは、なにか聞きたいことは?」
「うーん」
彼女はひとしきり唸ったあとに
「神様になったらチアキやアヤメみたいになれる?」
そう聞いて
それが何を指しているのか
全く俺には分からなくて
それなのに、彼は優しく頷いてみせる
「そんなふうになれるよ」
なんて、そんな言葉を返して
それを見て、俺は思う
過ごしていた俺すら分からないその質問に
何も聞かずに力強く頷く彼を見て
その光景は本当に――
「…なぁ神様、一つ問いたい」
俺は神様を名乗る彼に質問を投げかける
「この物語は無価値だろうか?」
少女一人救えず
ささやかな願いすら叶えられなかった
こんな物語は無意味だったのだろうか?
彼は、煙草に火をつけて
白い息とともに吐き出して告げる
「君が一番、よく知ってるんじゃないかな?」
――それは本当に、酷く滑稽だった
それは、答えじゃない
質問に質問を返すな
お前が神様だなんて言うんだったら
ちゃんと答えてみせろ
彼女の気持ちを、俺の回答を
正しく理解してみせろよ?
「…答えろよ」
俺は、彼の笑顔を睨みつける
彼の笑顔は消えて
「…無価値だろうね」
「だから、君も間違えに来たんだろう?」
ーーほら、こいつも偽物だった
多分彼は、神様になるなんてそんな回答が
間違いと知りながら踏み込んだ
禁断の果実と知りながら手を伸ばしたのだ
死が二人を分かつまで
その言葉はやはり誓いで、そして願いだった
そんなものが来ないよう願った
終わりのないそれを
続けられるよう誓ったのだろう
だから彼もアヤメと同じく
神様になんてなれない愚かな人間で
そんな弱さを隠すために
俺たちのキーケースにも刻んだんだ
真実の言葉の中にただ一つだけ
死が二人を分かつまでなんて
そんな嘘を織り交ぜて
導かれる答えがまるで
本当みたいに聞こえるようにして
確かにいくら考えてもそんな方法は無かった
すべての願いを叶える術はありはしなかった
だから、俺がちゃんと間違えるように
神様になってユウキと生き続けるなんて
そんな自分と同じ間違いを犯すように
それを刻んだのだ
警告のふりをして
それしか無いなんて嘘を付いた
俺じゃなかったらそんな甘い言葉に
騙される所だった
そうすれば労力も、経費も掛からず
ノルマの人数がひとり減るから
こんな所だろうか?
本当に神様なんて名乗るやつはろくでも無い
だけど俺は最初から言っている
ーー神様なんていないって
それを証明するのは簡単
神なんて嘯く、彼の言葉を嘘にすれば
彼が、無価値と笑ったそれを覆せば
それこそが神の不在証明だから
だから、始めよう
「ユウキを買い戻したい」
彼はその言葉を笑う
「愚かだね、そんな事出来ないと知ってるだろう」
ほら、なんでも知ったみたいに
嘘ばっか言いやがって
自分がそうだからって
みんなそうだと思いやがって
「一応聞いてあげるよ、対価は?」
俺は笑って彼に告げる
最低の契約を結ぶために
「…彼女の幸せな記憶、その全て」
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