神様

静まり返った車の中

ユウキは俺の手を握りながら

静かに寝息を立てていて


たとえ寿命が半分になろうとそれでもいい

その時間をユウキといれるなら構わない


たしかに俺はそう思って

それでも、そうはならないかも知れないと

予感があったのは事実だったが


いくら、半分は予想できたとはいえ

流石に頭が追いついてはいなくて

アヤメとの会話を思い出しながら整理する


ーー多分、今日ユウキは神になる


自分でそんな事を考えておきながら

頭が痛くなりそうだったが


それは、今日死ぬと言っても

差し支えないのだろうか?


どっかの神様も死んで生き返ったら

神になってたわけでその一回死ぬシステムなのかどうかは知らないが


何にせよ、人としてのユウキは

今日いなくなってしまう事は、確からしく



アヤメは、別に嫌な事ばかりでは

無いなんて言ったけれども

それでも不幸なユウキに声を掛けたのだ


多分、神様としての仕事は

決して楽しくは無いのだろうと思えて


今の方がマシだなんて思わないと

やってられないくらいには

苦しくて、辛い仕事だと

アヤメを見ていれば、それくらいは分かって


彼女を救うには、いくら必要なんだろう?

そうならない為何か俺に出来るのだろうか?


そんな疑問ばかりが渦を巻き

一向に考えが纏まらない


アヤメから預かった財布には三億円ばかり

使える金が入っているはずだったが

こうなってしまえば紙切れ同然で


それを使えば、より苦しむことになる

ユウキが神様でいないといけない時間が

長くなる、かと言って

俺の持ち合わせなんて雀の涙ほどしかなく


…また袋小路だ


地獄の沙汰も金次第とは

よく言った格言だとつくづく思うが


…さっきまで、ユウキの事だけ

ユウキの想いだけを考えていた筈なのに


その舌の根も乾かぬうちに

今度は金勘定に勤しんでいるのは

本当に自分でも嘘つきだと思う


それでも、何かできると考え続けたが

正直、手詰まりで

今度のそれは、感情論なんかじゃ動かなくて

ユウキみたいに甘い採点なんてしてくれない


…ならば、視点を変えよう


神様になるのは

案外悪くないというのはどうだろうか?

言ってしまえば、人よりも上に立てるし

何だったら死なないオマケ付き


適当に仕事をして、休日は酒を飲んで

上司に怒られ、生活していく

…意外と普通じゃないだろうか?


多分、俺が就職したって

そんな感じの生活だろうなんて

……そこまで考えて頭を振る


それは、隣にユウキが居れば

間違いなく幸せと呼べるだろうが

そうで無ければ不幸としか呼べない


目的もなく、ただ生きているだけで

死んでしまうのと何ら変わりはなかった 


ーーならばいっそ、俺も神になるのは?

多分、今まで考えた中で一番建設的だと思う


「何考えてるか、分かんないですけど」

「それだけはオススメしないですよ?」


運転席のアヤメが見透かしたように

それを告げる

「…お前、人の心読むのやめろよな?」


彼女は、少し笑い

「別に読めませんよ?そんなの」

「ただ、私もそんな風に思った事がある、それだけです」


ハンドルを握る彼女の手首には

古びた革のブレスレットが付いていて

俺は、いつか見たもう一つのそれを思い出す


露天商の彼が持つ、もう一つを

「…意外とロマンチストなんだな?」


それを鼻で笑い、憎まれ口を叩く

「シンデレラ城でガラスの靴あげようとした人よりもマシだと思いますけどね」




朽ちることのない

永遠の愛なんて有りはしない

終わらない幸せは、不幸でしかない


アヤメはそう言いたいのだろう

自分がそんなふうに思ってるのだろう




そのブレスレットの

持ち主が刻んだ言葉を呟く

「死が二人を分かつまで…ね」


たしかに、事情を知ってしまえば

それはとんだ皮肉に聞こえてしまう

そんな時は彼女達には訪れないのだから



……違う

何かが違ってる気がする



そこまで考えて、車が止まる


気が付けば窓から見える風景は

見慣れたものに変わっていて

アパートの前だった




「じゃあ私はここで」


俺は掴みかかった思考を一度切りやめアヤメに問う

「…次のお迎えはいつなんだ?」


朝の8時ですとか言わないとは

思ってはいるが、神様は残酷だから


「…22時にここに来ます」




俺はドアを開け、ユウキを抱きかかえて

そのまま車を出そうとするアヤメに

一つの疑問をぶつける


「どうしてお前はユウキを幸せにしようとしたんだ?」


さっきの話では

神様になるそいつが不幸か幸福かなんて

どうでもいい事にしか聞こえなかった


彼女は寂しそうに笑い

「辛い想い出だけで生き続けるのは、苦しいですから」

「それに、新人のメンタルケアも大切な仕事ですしね?」


そんなふうに誤魔化して


「…騙してしまって、ごめんなさい」

「ユウキにはちゃんと最後に謝りますから」


そう言ってアヤメはドアを閉め

車は走り出して、すぐに見えなくなって


俺は眠るユウキに目を向ける

それはまるで、天使みたいな寝顔だけど

だからといって

神様にするわけにはいかなかったから



一緒にいるときは

ユウキの事だけ考えていたいから

彼女が目を覚ますまでに、結論を出そう


俺の掴みかけた答えが正しいか検証しよう

ーーそう、心に決めた

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