最終日 物語は終わって

エンドロールの後に

――俺がもしも物語の作者だったとするなら

ここらで、幻想的な音楽の一つでも掛けて

エンドロールを流して


finなんてテロップを入れるだろう


残った一日なんて見なかったことにして

勝手な終わりを作って

この先を描くことなんてしないのだ




どんな物語も

ハッピーエンドのその先は描かれず

終わりを迎える


終わり良ければ全て良しなんて

都合の悪い現実を

そんな言葉で切り捨てて否応なく

終わらせてしまう




だから、この先は蛇足に過ぎない

エンドロールの後なんて、誰も見たくは無い


だって、それに触れてしまえば

都合よく切り取られたそれが

決して真実ではないと、知ってしまうから


――それでも俺は求めてしまった





手を繋いで歩いてきた

俺たちを見てアヤメは笑う

「結果は聞くまでもない感じですか?」


俺は気恥ずかしさで死にそうになりながら

「うるさい、察せ」


そんな言葉を返して

アヤメはそんな言葉に

少し申し訳なさそうな顔を浮かべる

「大丈夫ですよ、ちゃんと見てましたから」


……見てた?アレを

「まるで痴話喧嘩のメンヘラ女みたいで格好良かったですよ?」


そんなアヤメの冗談に

本気でこの場から消え去りたくなる


それでもユウキは俺の手を離すことはせず


「チアキだから、それはしょうがないよ?」

そんなフォローをされて


それ、さんざん言われるけど

いい意味で言われた試しが無いからね?

王子様だ何だと俺を持ち上げといて

事が済んだ途端、この扱い?


アヤメは楽しそうに、ユウキに聞く

「さっきの告白、何点でした?」


ユウキはひとしきり考えて

「……10点?」


それ、何点満点?

100点満点だったら悲しすぎるけど

その後ユウキは俺を見て

いたずらっぽく笑いを返して


「でもチアキが言ってくれたから100点プラスしてあげる」


アヤメはそれにニヤニヤと笑いながら

「甘々な採点で良かったですね」

「私だったら10点も付けないです」


俺はそれに苦笑いするしかない

「結局何点で満点なんだよ、そのテストは」


こんな馬鹿みたいな会話をしながら

フードコートのラーメン屋に向かって


待ってる間も食べているときも

俺とユウキと手を繋いだまま


誰かが下らない事を言っては

皆がそれに笑って


それでもそんな時間は

もう一日も残っていなくて



食べ終わって、駐車場に向かう途中

思い出したように突然ユウキが声を上げる

「私、トイレ行きたい」


「…さいですか」


そう言って

俺はユウキから手を離そうとするが

それは固く握られたままで

ユウキを見ればニコニコと微笑んでいる。


「手離さなくても良いんでしょ?」


…確かにそんな事を言った気もするけれど

流石に無理です

慌てて俺は苦しい弁明をする

「…それはアレだ、言葉の綾っていうか」


ユウキはふざけた調子でアヤメに言う

「チアキが嘘ついたー」

「神様、こんなチアキの事どう思います?」




アヤメはそれにごほんと咳払いをして

「マジ、最低のクソ野郎ですね?」

そんな凍てつくような声を出し、吹き出す




「ユウキ?流石に可哀想ですよ」

「それくらいにして行ってきなさい?」




ユウキは頬を膨らませながら、俺の手を離し

「じゃあ待っててねー」

そう言って、トイレに入っていった


二人きりになって、アヤメに聞く

「…どうなんだろうな」

「ハッピーエンドって事で良いのか?」


アヤメはいつもの調子で

「それは分からないですけど」

「今まで見た中で、一番楽しそうですよ?」


そしてしんみりと

「…貴方に記憶を幾らで捏造出来るか聞かれたときは、どうなるかと思いましたけれど」

「必要なかったみたいで、安心しました」




そう、たしかに俺は

あの日そんな事を聞いたのだ


彼女を幸せに出来なかったときの保険として

すべてを嘘で塗り固めるなんて手段を用意しようとしていた


俺は冗談っぽく笑い

「俺を誰だと思ってるんだよ?」

「何時だって身の保身しか考えてねぇよ」


彼女は可笑しそうに笑い


「さっき言ったじゃないですか」

「最低のクソ野郎って」


「嘘つきで、すぐ泣いて、怖がりなくせに」

「自分が痛いのは我慢して強がる」

「そんな、最低で浅ましくて」

「優しい人だってちゃんと分かってます」


それを聞いて思ってしまう


神様は人の事を決して理解する筈がない

なら一体神を自称する

そんな彼女は何者なのだろう?と


だから分かりきった答えを彼女に問うた


「…アヤメ、ユウキを買い戻したい」


彼女はそれを見透かすようにして

「対価は?」


「…俺の寿命でどうだろう」

彼女は少し考えたあと、苦しそうに笑って


「それは出来ないのは、貴方が一番よく知ってる筈ですよね?」


――あぁやっぱり、思った通りだった


アヤメの話は、何処か食い違っていたのだ

そんな事実を見ないようにしていただけで



定められた運命が無いというのに

いつか死ぬという言葉に反論できないのに


いつまで残っているか分からない寿命に

値段なんてつけようが無いのだから


それは、当たり前の話だった


「お前も大概、嘘つきだよな?」




彼女は出会ったときのような

作り笑いを俺に浮かべて


「神様は嘘つきだって、貴方が自分で言っていたでしょうに」


…それすら、嘘だろ?


だって、アヤメはあまりにも人みたいで

まるで神様じゃないみたいで



アヤメは遠い目をしながら

「…もう覚えてないですね」




多分、これ以上いつからも、どうしても

話す気は無さそうで



「どんな仕事なんだ?」


「私の場合は、金貸しみたいなものです」


「お金を与えて、それの返済を神様の仕事でさせる」


「そんな感じですかね」




……神様って思った以上にブラック企業極まりないらしいな


「神様は、楽しいか?」


「…嫌な事も辛いこともいっぱいあります」

「世の中、不幸せな人ばかりですから」


それでも彼女は俺の目を見て告げる

「でも、貴方みたいな人とたまに出会えて」

「こんなふうに幸せな瞬間に立ち会えて」

「そんな時は楽しいですよ?」


そう言って、笑って


ユウキがトイレから顔を出した

「良かった、ちゃんと居た」


小走りでその勢いのまま、俺の手を取り

俺の顔を見て、不思議そうに首を傾げる

「…ちゃんと手洗ったよ?」


ーー別に、そんな心配はしていない

ただ、生き続ける事と死ぬ事の

どっちがより苦しいかを考えていただけで

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