ハッピーエンド

シンデレラ城の一件の後


どんな顔をして何を話せばいいのか

正直分からないまま俺はパーキングの

展望スペースへ向けて歩きつづける


その後ろをユウキは

何も言わずついてきて


こんな気まずい空気の中

告白するのかと思うと少し笑えて


…気まずいと言うか

一度断られてるというのは忘れよう




ただ唯一の救いは

多分俺が嫌いだから断られたのでは 無いだろうなんて

そんな、勘違いじみた主観だけで


それすら間違えていれば

もうどうしようもないけれど


そこだけが合っているのなら

俺の望む答えは一つだった




…たどり着いた展望スペースは

風が強くてお世辞にも

絶好のシチュエーションとは程遠く




…現実というのはこんなものなのだ

嘘をつかなければ、物語でなければ


そこにあるのは何時だって

不都合なものばかりで




それでも

そんな世界を物語にするのも

灰色の世界を色付かせて

そんなふうに願わせるのも


ユウキしかいないから




後ろを歩くユウキに振り返り


ユウキは困ったように

ずっと自分の足元を見たままで

その足にはガラスの靴はもう無くて


だからもう、シンデレラじゃ無い

ユウキに伝えるのは


俺の言葉以外なくて


月が綺麗ですねなんて誤魔化しもせず

ただそれだけ伝わるように


逃げも隠れもできないように

誤解も間違いも許さないように


「…ユウキが好きだ」

「俺と付き合ってほしい」



それを聞いたユウキは

俺を見ないまま、下を向いて呟く

「…それは、私のお願いだから?」


「違う」

…断言できる

俺のエゴで俺のための願いだと



それでも納得できないのか

俺を見ようとはせずに

「チアキは私とデートしたかった?」


「好きなんだから、当たり前だろ」

ユウキは顔を上げて俺の目を見て問う





その問いで、やっと理解した


自分の願いの為に俺が

そんな事を言っているんじゃ無いかと

そう思っているのだと


結局つき続けた嘘は関係を蝕んでいて

本当の気持ちすらも

願った言葉すらも姿を変えて


彼女を侵す、毒に変わって




一度思ってしまった事は止められず

ユウキの口からとめどなく溢れる


「私はもう居なくなっちゃうよ?」

「一緒にいられないんだよ?」


彼女は目に涙を浮かべて

「どうしていいか分からないよ」

「言葉を交わせば嬉しくて」

「手を繋いだら、離したくなくて」

「そんな気持ちなのは私だけだったら、どうしようって」


ーーもうそれは

告白の結果を

聞いてしまったようなものだったけど


それでもずっとそう思っていた

なんていうのは、言い訳が過ぎて


聞いてしまったからには

答えなければならなくて


嘘を付き続けた俺が

文字の間を読めなんてそんな風に

誤魔化すことは許されない


ーだからちゃんと原文ままで伝えよう


舞台も小道具も無い俺が

持っているのは言葉だけで


彼女が想いを

告げなかった理由と同じだけ

俺が告げた理由だって有るのだと


「ユウキは俺が嫌い?」


彼女はそれを笑って

「…大好きだよ」


ストレートなその言葉に

怯みそうになって


確かに、嫌いではないくらいは

貰えると思ってたけどさ


「…じゃあどうして?」

そう言いながら俺はもう

そんな理由を分かっては居るけれど


俺も君も、同じ嘘つきだから

そうやってずっと生きてきたから

だからーーー


「全部言えば良いじゃん」

「その全部が間違ってるって、俺が教えてあげるから」


それを聞いたユウキは震える声で

確かめるように一つ一つ

「……手を繋いだら離したくないんだよ?」


「離さなきゃいいだろ、そんなもん」


「……喋ってないと寂しいんだよ?」


「こんな話でいいなら、いくらでも」

「何なら子守唄まで歌ってやるよ」


「……私は弱くて嘘つきだよ?」


「だからどうした?」

「俺だって同じだろうが」



「…私は居なくなっちゃうんだよ?」


「知ってるよ、それでも好きだ」


ユウキは俺の目を見て

心のままに叫ぶ


「…私は死んじゃうの!」

「今日で全部終わりなの!」

「私にそんなこと言わないでよ!」


初めて聞いた、本当の言葉は

それはもう覆しようがなくて

どうしようもないことで


どんな言い訳も嘘も通じないけれど


でも俺は躊躇わない

そこに踏み込むと決めていた




俺は展望スペースの手すりを

よじ登り、その上に立って


一歩踏み外せば、ただ落ちてしまうだけの不安定な足場に身を委ねる


それを見たユウキは

俺に怒声を浴びせる


「馬鹿じゃないの!?」


彼女の方を向く、その顔は初めてみる表情で


そんな表情を見れた事が嬉しいなんて、思ってしまった


「…俺が馬鹿なら、ユウキだってそうだろ?」


彼女に伝わるように心のまま叫ぶ


「何が違うんだよ!俺とユウキが!」

「一緒だろうが!」

「俺だって死ぬんだよ!」


その言葉にユウキは黙りこんで


「いつかなんて知らないだけで」

「普通に、当たり前に死ぬんだ」


「…その時まで好きな人の隣にいたいって」

「好きだって知ってほしいって」

「そんなふうに生きたいって」

「それの何処が馬鹿なんだよ…」


ユウキの目を見据える

「何が違うんだよ?」


自分は何も知らないから

それは自分じゃなくてもいいから

人を幸せになんて、出来無いから

居なくなってしまうから


どんな理由も言い訳も通じない

それが不条理な好きという衝動だからーー


「ねぇ、チアキ…」


ユウキは俺にゆっくりと近づいて

縋るように手を伸ばす


「…私はチアキを好きでいいのかな?」

「そんなふうに好き同士になっていいの?」


ユウキはまるで自分を騙すように

見ないふりして誤魔化すように


ーーそうだよ

世の中は嘘と欺瞞で出来てるんだから

それでいいんだよ




俺はその手を掴み

手すりを降りてそのまま抱き寄せる


「…もう分かってんだろ?」


「聞こえないなんていうなら、もっかい言ってやるよ」


「好きだ、付き合ってくれ」


「…いいよ」


――こんな簡単な結論にたどり着くまでに

どれだけ時間が掛かったのだろう




二人手をつないだまま

展望デッキから見える遠くの光を眺めて

…どうか彼女が気づかないように

そんな事を俺は願うが


隣で白い息を吐きながら、彼女は呟いた


「ねぇチアキ?」

「…案外、ここ低かったね?」


「……気づいちゃった?」


俺が立っていた手すり

その下にはもう一段デッキがあって


そんなところから落ちて死ぬのは

スペランカー先生くらいなものだった


「思い付きで登ったはいいけど、すげー低くて焦った」

ユウキはジト目でこちらを睨んでいて

堪らず俺はユウキに聞いてみる


「……リテイクしとく?」


それでも、結果も答えも変わらないけど

彼女はそんな俺の言葉に笑い

「チアキは、ほんとに嘘つきだね?」


やっぱり俺は変わってなくて

恋が人を変えるなんて、そんなのは嘘で




「勝手に勘違いしたのはユウキだからね?」

「落ちたら死ぬなんて言ってないからね」


話し合えばわかり合えるなんて事は、幻想で


それでも、彼女は潤んだ瞳で俺を見て

「また好きって言ってくれるなら、やり直してもいいよ?」


…だから、殺傷性あるんだよ

俺は誤魔化すように、ため息を付きながら

「別にやり直さないでも、それぐらい」

「いつでも言うよ」


彼女はそんな言葉に恥ずかしそうに笑って

「寒いから、中戻ろっか」


そんなふうに、俺の手を引いて

物語のような、劇的さも

都合の良さも無かったけれど


俺達二人は結ばれたから

それだけは多分、誇って良いのだろうと


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