たったひとつの

スタッフに連れられて俺はパークの門を出る

怒られるかと思ったが

案外よくある事らしく、笑って手を振って俺を見送ってくれた


こういう、スタッフ一人一人の

思いやりがあるからこそ

ここは夢の国なんだろうと


だから、夢から醒めた残酷な世界で

彼女に夢の続きを見せるのは

神様でも、誰でもなく俺の仕事で


…ポケットのスマートフォンが震える

取り出して画面を見れば

先程まで魔法使いだったアヤメからの着信だった


「もしもし?」

「王子様ですか?」


「…うるさいな、なんの用事だよ」


「ユウキ、着替え終わったのでそのご連絡と思ったんですけど」


「泣き疲れて眠ってしまったので」


その言葉にドキリとする

「不本意ながら送って差し上げます」


もう用済みかと言われるのかと思ったが、そうではないらしい


「駐車場の前に車置いときますんで、そこまで来てください」

それだけ言って、電話を切られる



駐車場の前には

白の軽自動車が止まっていて

「おかえりなさい」


ウインドウが空き

アヤメが顔を見せて


神様が送ってくれるなんて言うから

かぼちゃの馬車か、そうで無ければ

アメリカ大統領みたいな車なのかと思っていたが


普通すぎて、逆に驚いて


「お前、本当に神様?」


休日には一人で飲んだくれて

いつもコンビニでご飯買ってて


もはや、疲れたOLなんじゃないかという疑念が捨てきれない


アヤメはムッとした表情で

「別に、貴方一人で歩いて帰って貰っても結構ですけど?」


「…スイマセン、調子乗りました」


神様が足になってくれるというのだ

ありがたく乗ることにしよう




後部座席に目を向ければ、

ユウキが眠っていて


俺は仕方なく助手席のドアを開けると

車内はココナッツの芳香剤の匂いが充満していて流行りのJ−POPが流れてる


「…お邪魔します」

そう言って席に座り

シートベルトを締めると

それを合図にしたように、車はゆっくりと動き出した


「…お腹空きません?」

アヤメがそんなことを聞く


言われてみれば、確かにロクに食べていないことに気がついて


「確かに、なんか食べたいかも」


「それなら、ちょっとだけ寄り道しましょう」


アヤメはスピードを上げて

そのまま、高速道路に乗る


「どこ行くんだよ?」


…よく考えてみれば

アヤメが免許を持っているのかも

怪しいことに今更気がついた


間違いなく神様の方は

無免許、無資格だろうしね

資格制なのか知らないけど


「シンデレラ城とまでいきませんが」

「素敵なところですよ?」


ウインカーを出したまま、

いつまでも車線変更出来ない車内で

どうか、そこが天国でないことを祈る事くらいしか俺には出来なかった



アヤメは前を見据えたまま俺に問う

「…後悔しませんか?」


いやいや、そんなわけ無いだろ

人生はいつだって後悔の連続だ

俺は笑いながら

「そんなもんとっくにしてるよ」

「もっと早くに言わなかった事を」




彼女は

そんな俺を眩しそうに見つめ…


いや、前見てほしいんですけど?

トラック近いんですけど?


「いつから、好きなんですか?」


…決まってんだろ、そんなの


「王子様と一緒だよ」


ひと目見た時から

声を聞いたときから

多分それは始まっていて


「そうじゃ無ければこんな面倒な願い、聞くわけ無いだろ?」


アヤメはくすりと笑う

「確かに、そうかも知れないですね」


アヤメは紙袋を差し出して

「ガラスの靴持っていきます?」


「ユウキ、持って帰って来ちゃったでしょう?」




別にもう、あっても無くても

どうだって良かった


「別に要らないんじゃないか?」


「…それでも、シンデレラの物語には必要でしょうに」


何度も見た、シンデレラを思い返して

この物語には、重大な嘘が紛れてる


0時の鐘がなり

全ての魔法が解けてしまったのに

どうしてガラスの靴は一つだけ残っていたのだろう?


物語だからと言ってしまえば

それまでの話だが

そんな風には思えないのだ


ガラスの靴は王子が作った偽物だった

それで、全ての説明がついてしまう


だっておかしいじゃないか

名前も知らない

少女に恋をしてしまったのだ

どんなに薄汚い格好になろうとも


その瞳を、仕草を、声を、吐息を

鮮烈に焼き付き


忘れることを許さない全てを

紛うはすがない


ガラスの靴なんて無くたって

絶対に見つけ出せて


なのに、どうして王子はガラスの靴を女性たちに履かせて試し

国中を探すなんて事をしたのか?


それも、簡単で

カボチャの馬車が

きらびやかなドレスが

宝石が、お金が、身分が、学が

その全てが、無かったとしても


この靴を履ける者こそ、運命の人だと

そう、少女に伝わるように


ガラスの靴を作ったのだ




幸せなこの物語のたった一つの嘘は

想いを伝えるためのそんな優しい嘘で


何もかも、偽り続けた俺に

必要なものでは無いだろうから


「やっぱりいらない」

俺はアヤメに紙袋を突き返す




「俺が好きなのは、ユウキで」

「シンデレラなんかじゃ無いから」


そう、俺に必要なのは

もう嘘じゃなくて

ーー本当の気持ちだけで


「…それを聞いて安心しました」

「この後に及んでそんなもの欲しがってたら」

「車から放り投げる所でしたよ?」


コイツが言うと、洒落にならない

竹刀ごと投げ飛ばされたことを思い出して笑ってしまいそうになる


「もう、最後の一日が始まります」

「どうか、その瞬間までユウキをお願いします」

「…ただの小暮千秋さん?」


車は海の上のサービスエリアに止まり

「私はここで待ってます」

「終わったら呼んでくださいね?」


それに頷き、ユウキを揺って起こす

彼女はゆっくりと目を開けて


俺は、あと何回も告げないであろう

その言葉を口にする

「おはよう」


――彼女は

幸せな夢から醒めたみたいで

「…うん、おはよう」




だから、幸せな現実をあげよう

もう遅すぎて笑ってしまうけれど


今更でもいいから

幸せな物語を始める為に




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