ガラスの靴
ランド中の全ての絶叫マシンを制覇した俺は最早絶叫マスターと言っても過言では無いんじゃなかろうか?
肩で息をしながら、ユウキに告げる
「…もうそろそろパレード始まるからそれ見よう?」
気がつけば日はとっくに落ちていて
最後のパレードの時間だった
「うん、楽しかったね」
いや、楽しかったなら良かったです
最後の方あんまり記憶ないけど
最後の写真、俺白目向いてたからね?
「パレード見たらもうおしまい?」
ユウキは名残惜しそうに俺に聞く
「それが終わればもう、閉園の時間だからな」
ホテルでも取れれば良かったが
生憎世の中も休みに入ってるせいで
どこも満室だった。
ユウキはシンデレラ城を見つめながら
「そっか、そうだよね」
誰に向けるでもなくそう呟いて
ゆっくりとシンデレラ城に歩き出す
ユウキは振り向いて
「チアキ、パレード見にいこっか?」
そんな姿はまるで
本当に、シンデレラのようで、
目を奪われてしまう
「…はいよ」
俺の用意したプレゼントをお姫様は気に入ってくれるだろうか?
光の洪水のようなパレードは
それは本当に夢のように感じられて
釘付けになっているユウキに
俺は声を掛ける
「ちょっとトイレ行ってくる」
それだけを言い残して
返事も待たず、俺はその場を離れる
出来ればこんなタイミングで行きたくは無いが、時間が無かった
人混みをかき分けて
俺は、目的のお店に駆け込んだ
皆パレードに夢中なのか
店の中はガラガラで
俺は迷うことなくショーケースのガラスの靴を指差し
「これ下さい」
そう、店員に告げる
店員は、ショーケースの鍵を開けて、それを取り出し
「名入れはどうしましょうか?」
そんなことを聞く
小学生の上履きじゃないんだから
そんなもん書くわけが無い
そんなもん落っこちてたら
それこそ笑い話だろうと
「…結構です」
「ラッピングはどうなさいますか?」
「すぐ使うんでそれも結構です」
大切な事を伝え忘れていた
慌てて俺はそれを口にする。
「足のサイズ23cmなんですけど…」
…店員さんは困ったように少し考えて
俺とガラスの靴を交互に見て
「…こちらの商品は鑑賞用になるので、サイズは無いんです」
――その言葉に愕然とする
確かに、しっかりとショーケースには観賞用の文字が入っていて
そんな下調べすらしないでこんな物を贈ろうとした俺の馬鹿さ加減に心底嫌気がさした。
偽物だからガラスの靴は履けなくて
それが無ければ
彼女はシンデレラにはなれなくて
「ごめんなさい、やっぱりいいです」
そう言うのが
精一杯で、俺は店を後にする
いつの間にかパレードは終わってて
みんな浮かれながら、それでも閉園時間に急かされるように出口に向かって歩いていく
その中で、俺は一人逆らうようにユウキを置き去りにしたシンデレラ城の前へ向かう
やっぱり、所詮は全部紛い物なのだ
王子様なんかじゃない俺も
履けもしない、ガラスの靴も
このシンデレラ城だって
全部偽物で、まやかしで
足を動かすのを
考えるのを止めてしまいたかった
それでも、言わなければならないと
そんな想いでたどり着いたそこには
――ユウキの姿は無くて
乾いた笑いが漏れる
「…何やってんだろうな、俺」
…当たり前の話だった
勝手に居なくなって、それをいつかのように、ただ待っててくれるなんて
そんな都合のいい期待をして
俺は彼女の何でもないのに
何者にもなれない偽者のくせに
前にアヤメに言われた言葉を思い出す
――「彼女の王子様なんですかね?」
俺はユウキ本人に聞けと言ったが
どうやらそんな事をするまでも無く
結果は明白で
…またそうやって、俺は間違える
手段も想いも取り違えて
そんな全てを全部駄目にして
溢れそうな涙を必死に堪えて
ーー何を期待していたのだろう?
この場所でなら、王子様にでもなれるつもりだったのだろうか?
恋人のつもりだったのだろうか?
本当に馬鹿馬鹿しい
何が楽しみにしていいだよ
何がプレゼントだよ
何もできないくせに彼女を期待させて
…結局、裏切ったのだ
そんなの全部
彼女の今までと何ら変わりない
重い手足を引きずりながら
ゆっくりと俺は出口に向かおうと歩き始める
「…何処へ行くつもりなんですか?」
振り返れば
黒いローブに身を包んだアヤメがいて
もう今更、そんな事には驚かないが
今は会話する気力すらなかった
「悪いけど後にしてくんない?」
…出来れば、来世とかにしてくれると有り難いんだけど
その顔を見たアヤメは挑発するように
「聞き方が悪かったですかね?」
「また、逃げるつもりなんですか?」
図星を点かれた俺は
苦し紛れの言葉を返す
「ガラスの靴も、ユウキとの関係も、何もかも紛い物の俺にどうしろと?」
彼女は優しく笑い
「そんなことないじゃないですか」
「たとえどれもが偽物でも、そんなもの無くても」
「貴方の気持ちだけは本物なんじゃないですか?」
そんな彼女に言い捨てる
「それがどうした」
「それでも結果だけが全てだろう?」
過程なんて誰も問わない
誤魔化しながら、間違いと知りながら
それでも俺は何も成せなかった
彼女は、どうでも良さげに
「…シンデレラ読みましたか?」
そんな質問をしてくる
「読んださ、穴が開くほど何度も」
俺はスマホに入ったそれを
朗読させられたそれを思い出す
セリフだって、見ないで言える位には
ずっとそればかり読んでいた
その答えにアヤメはいたずらっぽく
「なら、わかるでしょうに」
「シンデレラに魔法をかけたのは王子様じゃないでしょう?」
そんな言葉に俺は
改めてアヤメの姿をみる
言われてみれば
彼女の姿はまるで魔法使いのようで
「貴方の衣装はそれで十分でしょう」
「大根役者にはお似合いですよ」
…なんの話だか、頭が追いつかない
「なんの真似だよ、アヤメ?」
彼女はにこやかに笑い
「誰ですかね?それは」
「私はしがない魔法使いですよ?」
彼女は面白そうに笑って
「…詰めが甘いんですよ、何もかも」
「そんなことくらい調べればいくらでも出てきたでしょうが」
彼女の言葉は正論だった
ろくに調べもせず
それに浮かれてたのは俺の方で
「それでも、経験値ゼロのチェリーボーイにしては頑張った事に免じて」
「私が、魔法をかけてあげますよ?」
彼女は指を打ち鳴らす。
その瞬間、暗くなっていた
シンデレラ城のライトが一斉に灯り
階段の踊り場には、まるで絵本から飛び出してきたかのようなドレスを着た
ーーユウキが立っていた。
アヤメは俺に一礼して
「私が出来るのはここまでです」
「ここから先はお任せしましたよ?」
「…慈悲のつもりか?」
そんな憎まれ口を漏らす
「可愛くないですね貴方は」
そう言って、笑い
「シンデレラがお待ちですよ」
「王子様?」
ーー行かないなんて事は出来ない
ここに居るのは魔法使いと、お姫様で
この物語はもう一人居なければ
成り立たないのだ
それが例え、消去法だったとしても
身に余る大役だったとしても
――それでも彼女の隣に立つ理由が有るのなら、俺は
震える足を一歩一歩前に踏み出し
彼女の元へ向かう
近くで見るユウキは
本当にシンデレラそのもので
その足元には
透明な輝きを放つガラスの靴があって
何度も見たそれを思い出しながら
彼女に告げるのだ
「美しい姫私と踊って頂けますか?」
跪いて、手を差し出す
ユウキは戸惑ったような顔をしていて
それでも、ゆっくりと微笑を浮かべる
「…はい、喜んで」
ーーその声は、その姿は
まるで、夢幻のような美しさで
俺は息を呑んでしまって
俺は彼女の手を取る
…王子様が一目惚れするのも
無理はないだろうと
そんなことを思ってしまった
ーー音楽もなく、観客もない
シンデレラ城の前で俺とユウキは踊る
それは、ワルツというにはあまりにも不格好でぎこちなく
それでも俺とユウキは踊り続ける
ユウキの紅い瞳はずっと
俺を見据えていて
まるで俺のすべてを見透かすような
その瞳をしっかりと見続ける
少しでも目を逸らしてしまえば
居なくなってしまいそうな儚さで
そんな想いに突き動かされるままに
俺は、ユウキを抱き寄せ
彼女はなすがまま、俺の腕に収まり
夢見がちな表情のまま、俺に問う
「なぁに?」
そんな何気ない言葉すらも
何処か現実味を置き去りにしたような響きを持っていて
考えていたセリフも、
伝えようとした言葉も
何もかもが頭から抜け落ちてしまって
ーーそれでも
熱に浮かされたように言葉を紡ぐ
「こうしてないと居なくなっちゃう気がして」
こんな事をしても、
終わってしまうことは知っているけど
ユウキは繋いだままの手をゆっくりと解き、俺の顔を抱き寄せる
世界の全てが彼女の紅に染まり
彼女の吐息が俺の頬を撫でる
少しでも動いてしまえば
唇が触れ合ってしまうような
そんな近さで彼女は俺に言う
「…これなら分かるかな?」
「私は、ちゃんとここに居るから」
言葉にしなくてはならない
そうしなければ、伝わらない
「ユウキ、俺は……」
彼女は優しく微笑み
俺の唇に人差し指を当てる
「…駄目だよ」
「忘れられなくなっちゃうから」
「だから、言わないで?」
「幸せな夢のまま終わりにさせて?」
魔法の終わりを告げるように
――鳴る筈のない鐘の音が響き、
ユウキの手が俺から離れる
彼女の瞳に映る俺は
少しづつぼやけていって
ーーそれは一粒の涙になり
「…魔法はもうおしまいみたい」
そう言って、彼女は笑って
少しでも、幸せにみえるように
「…チアキ、ありがと」
「私のお願いは、叶ったから」
「だから、全部終わったら」
「ちゃんと、私を忘れて?」
それだけを言い残して、俺からゆっくりと離れ
彼女は階段を駆け降りていく
それはまるで、物語じみていて
それなのに、走り去る彼女はガラスの靴を落とさなくて
俺は立ち尽くすことしか出来ずに
鐘の音が鳴り止み
そんな終わりを告げるように
シンデレラ城の明かりが落ちる
一人暗闇に取り残された俺は
誰に向けるでもなく呟いた
「…あと一日残ってるんだけどな?」
シンデレラの物語は
ここで終わってしまったら
ただの泡沫の夢に過ぎないのだから
それでも
ユウキは夢のままでと言ったが
そんなことはさせない
そのために最後の日に
ここに来ることをしなかった
舞台に上がったのなら
それが喜劇でも悲劇でも
ちゃんと、最後まで終わらせるべきで
だから俺は、彼女が望まなかろうと
ちゃんとこの物語を演じきろうと
そう決めたのだから
最後の一日を
ハッピーエンドにする為に
たとえガラスの靴が無くとも
俺は彼女に好きだと、伝えよう
たとえ王子様じゃ無かったとしても
最後のその時まで
一緒にいてほしいと、そう言おう
断られたときは……どうしようか?
いっそ、悲劇的に
死んでみても良いかもしれない
そんな事を思っていると
懐中電灯の明かりが、俺を照らす
「君、ここで何してるの?」
閉園後の巡回なのだろう
スタッフは訝しげに俺を見ていて
「あー、出口分かんなくなっちゃって…」
俺は苦笑いを浮かべてそう誤魔化す
…確かに演じきるとは言ったけれども
流石に、王子様なんでここが家ですとは言えなかった。
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