ゴンドラの行く末
キャストさんたちの
笑顔に見送られ園内に入り
レンガづくりの町並みを抜けた先には
このテーマパークの
シンボルとも言えるお城
ーーシンデレラ城が姿を表す
隣を歩くユウキは
ずっとそわそわしていたが
それを見つけた瞬間に息を呑み
立ち止まって、それを見続けていた
「…あれ、シンデレラのお城?」
そんな事を俺に聞いて
…厳密に言えば王子様のお城だし
なんならテーマパークのそれは
偽物なんだけど
それでも俺は自信有りげに
「そうだよ」
そうやって頷いて
「まだ、見たことの無いものがいっぱいあるから」
「先にそっち回ろう?」
俺はユウキにパンフレットを手渡す
ユウキはそれをじっと見つめて、
一個のアトラクションを指差して
「これ乗りたい」
それはこのテーマパークで
何個かある絶叫マシンの一つで
滝から落っこちるアレだった
「あーそれね」
…正直、混んでると思う
それにアレだ、
何というか心臓に悪いというか、その
…うん、あんまり得意ではないのだ、その手の乗り物が
わざわざお金払って
怖い思いしないといけないとか
世の中の奴ら、皆マゾかよ
それでもユウキは
もう歩きだしていて、振り返る
「いっぱい回るんでしょ?」
俺は小さく溜息を漏らすが
まぁそれでも、
ユウキが喜んでくれるというのなら
仕方ないから乗ろう
ーー結局、2時間位列に並んて
今、俺はゴンドラの最前列で
顔を引きつらせながらバーを握り締めていた。
隣のユウキを見れば
普段の表情と全く変わらなくて
たまらずユウキに聞いてみる
「怖くないの?」
ユウキは意外そうにこちらを見て
「チアキは怖いの?」
…いや、2時間延々落ちてく人たちの
悲鳴を聞かされていたら怖くもなると思う
「…正直な話めっちゃ怖い」
落ちたら死にそうとかそんな事よりも
何よりも俺を恐怖させるのは――
ゆっくりとゴンドラは、暗い中を進み続けていて
それでも終わりを告げるように
明るい外が見えてくる
ああ、始まってしまうのだ
俺はバーを握る手に力を込めて
その先にある
結末を俺は知ってしまっていて
救いもなく、慈悲もなく
ただ抗いようもなく落ちていくだけだと知っている
そんな事実が何よりもただ怖くて
ユウキは、顔色一つ
変えることはしないのに
「大丈夫だよ」
「…私も怖いから」
そんなことを言いながら
それでも、バーから手を離すのだ
乗り始めたゴンドラはそんな言葉も
想いも知ることなく、
ただ無慈悲にレールの上を滑り落ちて
身体が宙を舞う感覚が風を切る轟音が
周りの歓喜にすら聞こえる悲鳴が
そんなもの求めていないのに
否応なく俺に叩きつけられて
俺を支配しようとする
落ちながら必死に抗うように
せめてもの強がりを精一杯口にする
…だから、嫌いなんだよ
絶叫マシンも神様も
その言葉は掻き消され
誰に届くこともないまま――
ゴンドラから崩れ落ちるように降りて
隣を歩くユウキに告げる
「コレ無理…もう絶対に乗らない」
そんな俺を見て、ユウキは笑いながら
「怖かったねー」
…いや、絶対思って無いよね?
そんな、心にもない事言うのは
美容室のスタイリストだけで良いから
アイツら必死にワックスだのブローだので弄くり回して、「いい感じじゃないっすか」とか言うけど、家で再現できねぇから?
その時以外
いい感じになった試しが無ぇよ…
降り口を通り過ぎてしばらく歩けば
天井に付けられたモニターがあって
そこには落ちてるときに撮られていた写真が映し出されていて
ライセンスに厳しいくせに
人の肖像権は容易に侵害すんのな?
まぁ俺の場合フリー素材に等しいからどうでもいいけど
「チアキ、すごい顔してるね」
ユウキは心底おかしそうに笑っている
まじまじと見てみれば、それこそ世界の終わりみたいな顔をした俺と、手を上げて引きつりながらも笑っているユウキが居て
そんな写真は
ほんの少しだけ幸せに見えて
「一枚くらい買っとく?」
思わずそんな事を言ってしまった。
そんな俺の提案にユウキは、首を振り
「いいや、私もひどい顔してるから」
「可愛く写ってるのがいいよ」
なんて、少し悲しそうに笑って
そんな風に言われてしまっては
無理に買うのも忍びない
俺は最後にそれを眺め目に焼き付ける
別に写真が残っているかなんて
どうだっていいのだ
ただこんな時間を過ごしたことだけ覚えていればそれで良くって
歩きながらパンフレットを眺めて
ユウキは
「次はこれがいいよ?」
指差すのは、また
絶叫マシンで俺の顔が引きつる
「いや、だから乗らないって…」
ユウキはニコニコと笑い
「大丈夫だよ、だってチアキ乗らないって言ったのコレでしょ?」
確かに、二度と乗らないといったのはコレだけども…
ユウキさん俺みたいな事言うのね?
「揚げ足取りだろ……」
「私のお願いなのに?」
そう言って笑うユウキは、
まるで子供みたいで
そんなふうに言われてしまっては
乗る以外選択肢が無い
俺は諦めまじりに
「へいへい、了解しました」
適当な返事を返して
それでもユウキが楽しくない訳では無いことに少しだけ安心した。
「チアキ次はどんな顔するんだろう」
そんな冗談に俺は笑って
「もう慣れたからあんな無様な顔、二度と拝めると思うなよ?」
並んで歩いて、
次のアトラクションへ向かう
落ちてしまうと分かっていれば怖くないなんて言うのは嘘だけど
それでも分かっていれば
心の持ちようはあって
せめて、その時までは
こんなふうに笑い合いながら
最後の時、ちゃんと
強がれるように練習しよう
もちろんその後の絶叫マシン巡りで、俺を写した写真たちは
どれも負けず劣らずひどい顔をしていて
ユウキに散々馬鹿にされたのは、言わないでおこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます