6日目 ハッピーエンド

千葉なのに東京ランド

朝起きたときに

目の前にあったのはユウキの顔で

少し驚いたように彼女は瞬きをして

「おはよう?」


そんな彼女の疑問系な

モーニングコールで目が覚めた


昨晩寝るのが遅かったから

寝坊したかと時計を見れば、10時前で


いつもよりは

よっぽど早い起床だったが


向かう場所を考えるれば

正直遅かっただろうか?


ユウキは既に着替えを済ませていて

「どう、可愛いかな?」


上目遣いで俺に聞いてくる。


その、上目遣い殺傷性が高すぎ

ナチュラルボーン童貞キラーかよ?


生物兵器禁止条約に

違反してるまであるから


俺はそれを見て

何を着ても可愛いからと言いかけて


彼女がデートの為にその中から

自分で選んでくれた事に気が付く


「うん、可愛いよ」


そんな恥ずかしい事を面と向かって

言うのは俺のポリシーに反するけど

シャーペンの芯くらいの

そんな物は容易に折られて

思わず口を滑らせてしまった。


…可愛いは正義だから、しょうがない


ユウキはそれに笑って


俺は、恥ずかしさを誤魔化すために

「因みに下着は?」


…誤魔化し方下手くそかよ、俺


そんな俺のセクハラに

ユウキはモジモジしてしまい


「見たいの?」

そんな事を聞いてきた




お互いの裸を見た仲だというのに

何を今更と思うかも知れないが

そういう奴はまったく解ってない


恥じらいのない

下着なんてただの布切れで


そこに羞恥心という

スパイスが加わってこそ……

長くなりそうだからやめとこう


「いや冗談だよ」


そう言ってパジャマ代わりの

スウェットを脱ぎ始めると


「…私、外で待ってるから」


慌ててユウキは

寝室から出ていってしまう



一人、寝室に残されてしまい

「……なんだか調子狂うな」



ユウキの微妙な

違和感ばかりが目についてしまって

それはどれも些細で、取るに足らない

事ばかりだけれど


それがいい事なのか

悪いことなのか分からず


それでもユウキの心情に変化が

あったという事だけは分かって



手早く着替えを済ませて玄関を出て

外で待っていたユウキに声を掛ける


「じゃあ向かうとしますか?」


それにユウキは首を傾げて

「何処に?」


「みんな大好き某有名テーマパーク」


初デートで行くと、別れるとかそんなジンクスを聞いたことがあるけれど


そんなジンクスに頼るまでもなく

後二日で俺とユウキは別れてしまうのだ、別にどうってこと無いと


隣を歩きながらユウキは俺に聞く

「何があるの?」


「色々あるから、楽しいと思うよ」


…というか

そこにしか無いから行くんだけど


最初にそれを言われたときから

ずっと考えてはいたのだ


唯一、ユウキが欲しがった

「ガラスの靴」


それをプレゼントする舞台は

そこしか思いつかなくて


だから、俺が今からやることは多分

とても陳腐でキザっぽくて

見るに耐えない寸劇だと思うけれど


せっかく嘘の上に

成り立っている関係なんだから


一回くらいそんなドラマティックな事をやっても良いんじゃないかと思う


「だから、楽しみにしてていいよ?」




そんな俺の言葉に

ユウキは浮かない顔をして


そんな、些細な違和感に

俺は耐え続けられるのだろうかと

ふと、そんな事を考えてしまう


結局バスの中でも、電車の中でも

俺とユウキは何処かよそよそしくて

どうすれば良いのか分からないまま

電車を乗り継ぎ


気がつけば、舞浜駅だった


駅は終業式を迎えて

休みの学生達で溢れかえっていて

俺はユウキに手を差し伸べる


「多分、中はこれより混んでるから」

「はぐれないように繋ごう?」


それでもユウキは何も喋らず

俺の手は行き場を失ったままで


「連れて来といて、なんだけど」

「あんまり来たくなかった?」


そんなことを聞いて

諦めて手を引っ込める


ユウキは首をふるふると振って

「楽しみにしてたよ?」


…じゃあ、何で?


そんなことを言いかけて

何を聞いたらいいか

分からなくなってそれをやめる


「…中に入ろうか」


改札へ向けて人の海に飛び込み


時間は、もうすでに昼過ぎで


この混雑では

乗り物も一個か二個が限界だろうか?



それでも園内を歩いてるだけでも

きっと楽しいはずだと

そう思って、選んだはずなのに


今はどうやって夜まで時間を潰そうかと、そんな事ばかり考えてしまい


混雑したチケット売り場を見て

げんなりしてしまう


「…ここで待っててくれる?」


俺の言葉にユウキは頷きベンチに腰を下ろし


俺はほっと息をついて列に並び

特に意味もなくスマホを眺めて待つ


ーー初デートだと別れる


さっきまで与太話だと思っていた

そんなジンクスはすこしづつ現実味を帯びて俺にのしかかって


一人でチケットを

買いに行けて安心してしまった


話す事を考えなくていいと

喜んでしまった




俺はぼんやりと眺めていた

スマホをポケットに仕舞いこんで

前に並ぶ学生服姿の

手をつなぐカップルを見て考える


周りには溢れるほど人が居て

それなのにそんな誰よりも

自分たちが一番幸せだと


俺には、そんなふうに見えて



少し前の俺だったら、そんなものは

嘘だと喚き立てていたであろう


ーーだけど今はそれを見て

何よりも、ただ羨ましかった



彼らは初々しくて

お互いを知らないだけかもしれない


理想を押し付け合うだけの

そんな歪な関係かもしれないけど


それでも二人共

今が幸せだと言えるのなら

ーーそれ以上があるのだろうか?


俺と比べるまでも無い

こんな所で一人取り残されていて

それは彼女もおんなじで


俺が欺瞞と嘲る

偽物にすらなれずにいるのに


俺がもっと早く告白していたら

それになれたのだろうか?


あの時、彼女を受け入れていれば

良かったのだろうか?


三億円なんて最初から

要らないと言っていればよかった?


誤魔化してしまえばいつも通りの

何も変わらない俺で


でも、そうでなければ

果たして本当に俺なのだろうか?


答えの無い矛盾を前に

考えこんでいればいつの間にか

前のカップルは居なくなっていて

チケット売り場の窓口があって



にこやかな笑みを携えたキャストに

何枚ですか?そんな事を聞かれる




大人一枚と高校生一枚で

そう言いかけて、虚しくなる


チケットすらも違うのかと、

そんな事を思ってしまう


「大人二枚で」


ーーだから嘘をついた


今はただ宙に浮いたままで

名前もないこの関係が


せめて出るときには俺達二人が

この関係に同じ名前を付けられるよう


ジンクスに負けないため願掛けとして

それくらいは嘘を付いても良いかなと

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