ハンゲツトウゲ
家の前に着きユウキが鍵を捻れば
押そうが、引こうがびくともしなかったそのドアは容易に開いて
サンタにはなれないと改めて思う
煙突ない家には
ピッキングで入ってるんだろ?あいつ
そして俺は半日ぶりくらいに
非日常な日常に回帰して
風呂は七色に光るし
変な椅子があるのは目に付くけど
それでもそこにユウキが居ることに
心から安堵できた
そんなバスタイムも終わり
お互いの髪を乾かし終わったユウキに
「明日は早いからもう寝よう?」
そう言って俺は一つしかないベットで
ユウキとなるだけ接触しないように
隅っこに転がる
この前みたいな事があったら
もう自制できる気はせず
…R18に変わってたらそういうことで
とはいえ、学校ですら人となるだけ
接点を持たないように生きる
すみっコぐらしだから
多分大丈夫だとは思うけどね…
しばらくして、ユウキもベットに入り
「おやすみなさい」
「おやすみユウキ」
そんな会話を交わして暫くすれば
安らかな寝息が聞こえて
それを聞いた俺はゆっくりと
ベットから這い出す
そのままベンチコートを羽織り
そしてリビングに置いたままの鍵と
竹刀ケースを持って玄関を出て
アヤメに電話を掛ければ
「ユウキ見つかりました?」
どうでも良さげな
神様の声が返ってきて
「その節はどうも」
「無事だったよ」
「それは良かったですけど、この電話はなんの用事ですかね?」
…話が早くて助かる。
「今から俺とデートしない?」
ユウキに言ったときはあんなにも緊張したのにアヤメ相手だと
かけらもそんな事を思わなくて
それに楽しげに答えるアヤメ
「こんな夜更けに逢い引きなんて」
「随分と罪づくりな男ですね?」
まぁ、罪作りと言うのは間違ってない
「葬儀ホールの前で」
それだけ言って俺は電話を切る
確認しなければ
いけないことがいくつか有る
転がり始めてしまったのだから
もう止めることは出来ないけれど
より良い方法が有るのなら
それを試してみない理由も無いだろう
俺が主人公だとするのなら
そろそろ、二つ名くらいあっても良い頃合いだろう
ーー例えば「神殺しのチアキ」とか
ハッタリが効いてると思わないか?
葬儀場にはもう既に
コンビニの袋を下げたアヤメがいた
アヤメは俺に気が付き
「女の子を待たせるなんて、マナーがなってないですね?」
そんな愚痴をこぼすが
俺は笑いながら
「女の子って歳でもないだろ?」
なんて皮肉を返す
それを言われたアヤメは
怒る様子すらもなく
「何の用事ですかね、告白ですか?」
思い当たる節など無いような演技で
俺に問いかけて
…告白に竹刀は持ってこないだろうが
わざとらしいんだよ、その演技
「…お前いつかシュレディンガーの猫の話したよな?」
俺はその問いにその猫は死んでいると、そう答えた。
「ええ、猫は死んでるのか生きてるのか分かりました?」
興味有りげに、聞き返してくる
「ああ、分かったよ」
面白そうに神様は問う
「で、貴方の答えは?」
アヤメを見据え俺は答えを口にする
「猫が死んでるとか生きてるとかそんな事を論じるのが」
「そもそもの間違いだ」
「誰だよそんな箱に猫ブチ込んだ糞野郎は」
「だから、そいつをぶん殴りに来ただけだよ」
アヤメはそれに納得したように
「あぁ、八つ当たりに来たんですね」
「自分の努力不足を棚に上げて」
そう言って、笑い
「まぁ、貴方のそれが八つ当たりというか、罰当たりと言うか分からないですけど?」
ケースから竹刀を取り出し構える
神様は何でもなさげにこちらを見て
コンビニ袋から割り箸を取り出した
「これで充分ですかね?」
「私のどん兵衛が出来上がる前に片付けてあげます」
カップヌードルの方じゃなくて良かったと言うべきなのか?
どちらにせよ
もう言葉は要らないから
俺はイヤホンを耳につけて
再生ボタンを押す
今日は満月なんて
絵になる空模様でなくて
それだからこの歌は丁度いいなんて
そう思いながら
曲のイントロが始まるのと同時に
俺は思い切り踏み込み
勝てはしなくとも
ーーせめてアヤメのどん兵衛のスープが無くなるくらいには善戦しよう
俺は狙いすましてアヤメの左手を狙うがアヤメはそれをやすやすと手で受け止め
そのまま俺を竹刀ごと投げ飛ばす
ーー宙に浮き、世界が反転して
咄嗟に受け身を取ったが
それでも地面に叩きつけられて
息が詰まる
…何だよ、あいつゴリラ?
間髪入れず、アヤメは倒れている俺の頭を狙い割り箸を突き刺して
それを紙一重で避けて
体を立て直したが、数瞬前まで俺の頭があった場所
その下のコンクリートには
まるで豆腐にでも突き刺したかのように箸がめり込んでいて
それを見て
少しでも勝てるんじゃないかと
期待していた俺の甘さが嫌になる
つーか、コンクリぶち抜くとか
その箸、オリハルコン製なの?
…これじゃあ真剣どころか
レーヴァテインくらい持ってないと
勝負にならない
アヤメは箸を抜き取り
俺に構えなおす
それならリーチの差でゴリ押すしかないと距離をとった刹那
俺の髪先が宙に舞い
ハラハラと落ちる切れた髪
…はい、リーチも無理と
見えないとか
どっかのサーヴァントも真っ青な宝具だな、割り箸
首元に向けられた一撃を躱し
アヤメの懐に飛び込んで
ーーどうなってんだか知らないが
インファイトならどうだ?
渾身の一撃が入ったと確信した瞬間に
世界から
かき鳴らされるギターの音が止んで
アヤメの手を見れば
俺のスマートフォンが握られ
その耳にはイヤホンが付いている
「…いい曲ですね、これ」
アヤメはニヤリと笑って
「まるであなた達みたいで」
その言葉を無視するように息を吐き
俺はアヤメに斬りかかるが
アヤメはそれを箸で受け止め
つばぜり合いの格好になるが
アヤメは余裕のある顔を寄せてきて
「いい加減諦めたらどうでしょう?」
「貴方だって大切なデートの前に死にたくないでしょう」
そんな事を囁きかけてくる
…何でも知ったような顔で
そんな嘘っぱちで語ってほしくはない
俺は必死に竹刀を押し込みながら
憎まれ口をきく
「何も出来ない、無能な神なんだろ?」
「…だったら黙ってろよ」
お互いの獲物が離れ
俺は更に踏み込み、突きを放ち
喉元を抉るはずだったそれは宙を薙ぎ
次の瞬間
鉄パイプで殴られた様な衝撃に
俺は倒れ込んで
アヤメの持つ割り箸が
容赦なく眼前に向けられていて
「殺す気なら、なんでそんな玩具持ってきたんですか?」
「そうすれば手加減してくれるとでも思いました?」
…勘違いすんなよ?
それが俺が持ちうる中で
最も強い武器だったんだよ
「精神論なら何とかなると思いました?」
「信念なんて貴方に無いでしょう?」
そこで言葉を切りアヤメは
俺に嘲るように言い捨てる
「…適当に人を好きになって、叶わないと分かれば次に乗換える貴方には」
…そう言われても、仕方が無いが
「うっせぇな、勝手に俺を語るんじゃねぇよ」
「それに俺の信念はシャーペンの芯ぐらい脆かろうと」
「それと同じだけ替えが効くだけで」
「本気でやってそれが駄目になって
違うものを探す事、それのどこが悪い?」
いつまでも引きずってるほうが
よっぽどだろうが
「…馬鹿なんですね、貴方は」
アヤメは俺にスマホを放り投げて
「どんなに足掻いても明後日死ぬんですよ、ユウキは」
ーー言われるまでもなく知ってる
そんな事実に俺はもう怯まない
「自己満足で彼女を好きになって」
「後悔するだけじゃないですか」
神のくせに、そう名乗るくせに
そんな事も分からないのかと苛立つ
俺は声の限り叫ぶ
「そうやって、ユウキを特別扱いするから」
誰も彼もが彼女を不幸だと呪うから
「ユウキは一人なんだろうが!」
「間違ってんだよ!俺も、ユウキも、世界も、神さえも」
アヤメを睨みつける
「彼女は特別なのか?」
「当たり前じゃないですか、見て分からないですか?」
…見れば、わかるよ
同情して肩入れして彼女の事を考えて
そんな彼女から奪って与えて
それでも不幸な彼女を
お前が憐れんでいることくらい
そんな無力な神様だと
嘆いてる事くらい、見ればわかる
「…明後日に死ぬ人間を好きになるのはおかしいか?」
アヤメは当たり前のように
「それはそうでしょう」
「だってそんなの虚しいだけじゃないですか」
「実ったって、散ったって明後日死ぬんですから」
その言葉を聞いた、俺は笑った
何でもわかるくせに
何も知らない神に向かって吠える
「神様なのになんも知らないのな?」
「そんなの誰も変わんねぇよ」
「誰だって死ぬんだ」
「早いか、遅いか、決まってるか」
「それしか変わらないだろうが?」
「そんなの好きにならない理由に、一緒にいない理由になるもんかよ!」
アヤメは目を見開いて
唇を震わせ、そのまま黙り込んで
俺は堪えきれずに、倒れこむ
……勝敗は、引き分けだろうか?
「つーかそんなに強いならお前がユウキ救えよ」
…手も足も出なかった
強いなんていうのが
周りの勘違いな事を改めて痛感する
適当言いやがって、馬鹿じゃねえの?
…これじゃあ世界は救えないな
どっちにしても
ひのきの棒では無理な話だけれども
倒れ込んだ俺を
見下ろすようにアヤメは聞く
「じゃあ貴方はユウキを何だと思ってるんですか?」
「どう思ってるんですか?」
前に聞かれた時は答えられなかった
それでも、俺はそれに答える
「他よりちょっと可愛くて、愛らしくて、頭悪くて」
「王子様なんか探しちゃう、普通の夢見る女の子だろ?」
まぁ、いわく付きで、ちょっと傷が多いけれども
それでプライスダウンというなら喜んでお買い求めしたい。
ただ、それだけだった
アヤメはその返答に
こめかみを抑え溜息をつきながら
「貴方は彼女の王子様ですかね?」
「…知らん、ユウキに聞いてくれ」
「だいたい、神様すら知らん事を俺が知ってるわけが無いだろ」
例え神が実らないと言おうと
ユウキの口から告げられるまでは
諦めるわけにはいかない
そもそも、そんなこと言う
神様なんて俺は信じないけどな?
それよりも、神様(仮)が一人をエゴ贔屓してた事実に泣きそうだった
やっぱり神様も
可憐な少女が好きと見えて
俺が神様でも
そうしちゃうから諦めよう
俺は重い身体を起こして
アヤメの目を見て言う
「だからさ、アヤメにお願いがある」
アヤメは呆れたように
「そんなカッコいいこと言って神頼みですか?」
…せめて話くらい最後まで聞けよ
「神様じゃなくて、アヤメに聞いてんだよ」
そんな俺の一言に
彼女はふと、寂しそうに笑い
それは初めて見る、アヤメの表情で
「…聞くだけは聞きましょう」
「まずはユウキと俺の交わした契約について」
「クーリングオフ出来ないですよ?」
知ってる、今更
消費者センターに電話する気もない
葬儀場の地面に散らばる札束、それを思い出す
「俺が貰えるのは、彼女の全て」
「それでいいんだな?」
「今更そんな物欲しいんですか?」
…くれるってんなら喜んで貰う
「あともう一つ聞かせてほしい」
俺は核心をアヤメに伝えて
アヤメは驚き
その後ゴミを見るような顔をして
「貴方、本当に救いようのないクズなんですかね?」
知ってるよ、そんな事
でも、それしか思いつかないんだよ
「出来るのか出来ないのか答えろよ」
アヤメは真剣な顔をして
「出来ますよ、それくらい」
「でも、それは三億じゃ無理です」
それだけ聞ければ、もう用は無くて
「じゃあ足りない分は何とかするわ」
そういって疲労困憊の身体にムチ打ち、立ち上がり
ユウキから貰った竹刀が
折れなくて良かった
そんな事を考えながらふと思い出した
「…どん兵衛、早く食わないと不味くなるぜ?」
アヤメは慌てふためき蓋を開け、悲痛な表情をする
「箸、使っちゃった…」
そんな呻きを漏らして
その姿を見て俺は声を上げて笑う
やっぱり神様なんていうアヤメは
全知全能とは程遠くて
そんな神様より
俺の方が多少マシだろうから
俺は共犯者に手を振り
竹刀を抱えてヨロヨロと家路についた
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