白馬の王子様
ご飯を食べようと思っていたが、気分じゃなくなってやめた
私は辺りを見渡して、探す
こんな幸せな人達の中にも私みたいなのが紛れていて
チアキはクリスマスは大切な人と過ごす日だと言っていたから
だから、探すまでもなくいると思う。
今までの飼い主達みたいな目をした人を私は見つけようとして
そ願うまでもなく簡単に見つかって
私は笑ってしまった
簡単に幸福になれないくせに
不幸にだけは、すぐなれるのだから
それでも諦めないチアキは
やっぱり強くて、私は弱いから
ーーまた悪意の中で横たわろうと
コートの前ボタンを外し
出来るだけ胸元が見えるように
ワンピースをずらす
大丈夫、いつものようにすればいい
チアキには見透かされてしまったけど
…それだけは得意のはずだから
心を、表情を、言葉を
そのすべてを作って
チラチラと見ていた男に声を掛ける。
「ねぇ?貴方ひとり?」
男はニヤリと笑う
「私もひとりだから、何処かに私を連れて行って?」
そう言って、男の手を絡め取る
男は下卑た目をして、私じゃない誰かを見ているようで
「ツレが居るから三人になるぜ?」
そんなのどうでも良かった
今更、何人でも変わらないから
ニコリと笑い、男の耳元に顔を寄せる
「良いじゃない?私嫌いじゃないわ」
男はニヤつきながら、私の顔を見て
少し驚いた顔をする
「オマエ泣くほど欲しいのかよ?それともクスリでもキメてんのか?」
そう言われて、私は驚く
泣いてる?そんなわけ無い
だって私は
いつも通りの普通をするのだから
悲しくも、嬉しくも無い
そんな私の頬を何かが伝って
何か言おうと、声を出そうとして
それは叶わなかった
今私は笑えているのだろうか?
どんな顔をしているのだろうか?
そんなことすら全く分からなくて
戸惑う私の肩を男が抱く
「…前の男の事なんてすぐ忘れさせてやるよ?」
期待をにじませるような声で
「俺のはすげぇからな?」
ーー良かった、勘違いしたみたいで
そうして、一緒に付いていこうと歩き出して
―ー遠くで叫び声が聞こえた
「…ちょっと待って!!」
私は固まって動けなくなる
最初は、幻聴かと思った
だって私にガラスの靴は無くて
ただの不幸なだけの嘘つきだから
それでもその足音は
だんだん近くなってそして止まる
「…あーすいません、大変申し上げにくいんですけど」
ーーその声は、いつも自信無さげで
「ユウキの隣、優先席なんで退いてもらって良いですかね?」
ーー言ってることは良く分からなくて
それでも優しく私を呼ぶ
その声を聞き間違える筈が無い
私はゆっくりと後ろを振り返る
そこには白馬に乗った
王子様はやっぱり居なくて
息を切らしたパーカー姿のチアキが
そこに立っていた
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ユウキは驚いた顔をしたまま固まっている
「王子様でも迎えに来たと思った?」
俺は息を整え笑いながらユウキに言う
ユウキは唇を震わせ、顔を歪めて
文句だろうか?ごめんあとで聞くわ
「…残念ながら、俺でした」
ユウキは何かを言おうと、言葉を探すように――
「テメェ、何訳わかんねぇこと言ってんだオラァ!」
やたらトゲトゲした服を着た男が
逆上する
…聞けば分かると思うんですけど?
恋愛関係でもない俺が、まるで少女漫画のイケメン気取ったようなセリフ吐いてるっていう痛々しい状況くらい
お前が蚊帳の外って事くらい
瞬時に理解しろよ
つーか何でお前
そんなトゲトゲしてんの?
何なの?ハリネズミ
マジリスペクトなの?
それともあべしの方だった?
そんな事を考えていると
俺の新しい人類としての素質のおかげなのか
ヘッジホッグ先輩は理解が及んだように
「…あぁ、この女の元カレ」
全然分かってなかった
人類の革新はまだ先だった。
想像力豊か過ぎだろコイツ
俺とユウキを見てそう思うとか
そのサングラス黒い板なの?
どう見たって釣り合ってないだろ?
かたや可憐で麗しい女の子
…しかもエロい
かたや汗だくで
寝巻きのようなパーカーの俺
見て分かれよ
中二病感満載のトゲトゲレザーマンも付き合えないって事くらい
…どいつもこいつもイライラする
頭悪そうなヒャッハー先輩も
さっきから置物みたいに黙ってるユウキもカッコよく登場出来なかった俺も
わかったような顔してる、誰も彼も
ウザい、みんな死ねばいい
孫に囲まれて、安らかな最後を迎えればいい
…ヒャッハー先輩だけはゲジ眉に秘孔突かれて苦しんで?どうぞ
そんなことを心の中で思っていると
やっとユウキが言葉を発した
…あまりに沈黙してるから
ネオジオかと思ったわ
「何しに来たの?」
俺はバツが悪そうな顔をする
「いや、部屋の鍵無いと入れない」
ペアルックでプレゼントしたもの机の上に忘れるとか
…誰だよ、そんな最低なやつ
ユウキはため息をつきながらトゲ男から離れ俺に鍵を差し出して
俺はそのキーケースごと
彼女の手を取り思いっきり駆け出す
ユウキの足はもつれ
それでも彼女は足を止めず走っている
のを確認して
取り敢えず一安心と思った刹那
トゲ男は叫ぶ
「ソイツを止めろ!」
瞬間、思わぬ方向からの強い衝撃に俺はバランスを崩し倒れる。
何、ファンネル?
それともファングの方だろうか?
視線を上げると、そんな近未来的思考武装とはかけ離れた
ピアスまみれの男が立っていて
「舐めたマネしてくれたな?」
後ろからゆっくりとトゲ男が迫って
手には鈍く光る刃物が握られていた
…若くもないのにキレやすいとか、カルシウム足りてないんじゃね?とか
お前の腰のトゲトゲ財布の方が殺傷力高そうとか
そんなふうに頭の中で強がるのが精いっぱいの絶体絶命のピンチに
咄嗟にユウキを
隠すように背中側に押しやる
辺りは人影はなく、通報してくれるなんて思うのは楽観が過ぎていて、都合よく正義の味方が現れないのは知っている。
完全に詰んだ、せめてユウキに貰った竹刀でもあればいい勝負できたかも知れないが
たとえ、そうだったとしても勝てはしなくて、自分の戦い方は
あくまでルールがあってこそで
こんなことなら、剣道じゃなくて
虚刀流やっとくべきだった…
トゲ男は舌なめずりをしながら
「マジでこの世の地獄を見せてやるよ?」
「切り刻んで、嬲ってメチャメチャにしてやる」
「死にたいって泣き叫ぶまでいたぶって、殺してやる」
男の目は血走りあらぬ方向を見ていて
それが嘘では無いと俺に告げる
この先を想像して身体が震えるが
俺は強がって笑うしか出来なくて
ーーかっこ悪いな、俺
弱くて可憐な少女すら救えず、
こんな所で無駄に死ぬ
だったらアヤメに未来を売ってしまって、彼女を買い戻せば良かったのだ
みっともなく、あと三日でもいいから一緒にいたいなんて思わなければ良かった
それでも、彼女は強いというのだから
せめて笑って
そう思って後ろを向いた時
――俺の目に映る彼女は知らない顔をしていて
彼女の目は
仄暗く何も見据えていないで
どんな表情も携えてはいなくて
ただ薄く笑い、彼女は立って
ゆっくりと刃物を持つ男に近づいていく
「教えて?」
その声は、冷たく
「それの何処が地獄なの?」
怒りを孕みながら
「聞かせて?」
「終わってしまうなら幸せでしょう?」
彼女は刃物を素通りして男に抱きつく
「ねぇ?」
「貴方は私を終わらせてくれる?」
凄惨な響きを持って囁きかける
「殺して?」
まるでそれを甘美なことのように
恋い焦がれていたかのように
「私を殺して?」
ーー俺はそれに恐怖した
先程の想像なんかよりも
男の言葉なんかよりも
その華奢な少女に、彼女の言葉に
それの持つ意味が恐ろしかった
多分、それは男も同じだったようで
男は後ずさり
それと同じだけ少女は迫る
「ねぇ、教えて?」
「それが地獄ならここは何処なの?」
彼女のうわ言のような問いは続く
「聞かせて?」
「ねぇ」
「答えて?」
男の目を見つめたまま
満面の笑みで彼女は笑う
それを見て、逃げ出したかった
みっともなく喚き散らしたかった
目を背けたかった、耳を塞ぎたかった
それでも俺は堪える
これが東雲結城なのだと
ちゃんと彼女の言葉を聞き続ける
逃げもした、喚きもした
目を背けた、耳を塞いだ
そして、そのどれもを俺は後悔した。
彼女を知らずにいた事を
見たいものだけ、見続けた自分を
そこにあったのはいつかの問の答え
彼女の豹変は何だったのか?
彼女も偽っていて、誤魔化していて
ただ、それだけだった
だから今度は、ちゃんと最後まで
俺の知るユウキの先にある本当と嘘
俺と変わらないユウキを知ろうと
ーーそう思ってここに来たのだから
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