少年との出会い

ショッピングモールの中に入れば

外の寒さなど忘れてしまうほど暖かくて、そんな暖かさに私は少し安心する


ここまで来たがチアキと食べたのは

どこの店だったのだろう?


あの時は、何も考えないで

チアキに付いてまわっていただけで

そんな事すら分からなくて


私は半分も読めない

案内の看板を見ようとしてやめる




幸い時間だけはあるから

何も欲しいものは無いけれど

ゆっくり探そう



行き交う人達を見れば

それは誰も彼も、幸せそうに見えて

そんな人達に紛れるように

私は歩き始め、無意識に手が何かを探していていることに気が付いて

乾いた笑いが漏れそうになった

――




彼は葬儀場に入って来てからしばらく

飾られていた私の写真を眺めていた

何回も撮り直したから自分で言うのもなんだが、可愛く撮れた


とはいえ、まじまじと見続けられるのも恥ずかしいので

私に気づいていない彼に声を掛ける


「上手に撮れているでしょう?」

私に気がついて今度は私を見続ける

…何か変な事言ったのだろうか?




とっさに私は思いついた事を言葉にしてしまう


「撮るの初めてだから分からないけれど」

「これで正しいのかしらね?」

多分そんなことを言われても困るだろうけど、それしか思い付かなかった。


そんな私を興味深げに

眺め続けている彼


いい加減

何か言ったらどうなんだろう?

独り言みたいで、私が変な子みたい


彼は言葉を探すように少し間をおいて


「貴女が納得できるなら、それで良いんじゃ無いのかなとは思いますけど」


私はその言葉にガッカリした。

まるでその言葉は私に興味が無くて

自己満足なんだからどうでもいいって言われてるみたいで


確かにその通りだったから私は

「そう」


そんな一言だけを返す


そしたら彼は慌てるように何かを言って笑って右手でピースする


「俺ならこうしますね、遺影だけに」


それを見て、私は


もしかしたら彼も同じなのかもしれないと何を話していいか分からなくて


死ぬことを嬉しいと思っている

そんな、同類なんじゃないかってちょっと期待した。


「何故?」


聞いてみたかった

どうして死ぬ時に笑顔で死のうと思ったのか


神様にすら理解されないこの感情の答えを聞いてみたいと思った。


彼はまた難しい事を言って、困った顔をしている。


何を言っていたか分からなかったけど

その顔を見て、私の求めていた答えでは無いのだろうと思った


もう、その質問はどうでもいい


そういえば

まだ名前すら聞いていない


「貴方、お名前は?」


アヤメと出会ったときから、名前が大切なものだと知った


だってそれは、私が持っている唯一と言っていい私の持ち物だったから


だから、ちゃんと聞こうと思った


「小暮千秋、高校二年生」


…チアキ、かわいい名前だ


全然チアキって顔してないけど、名前は誰かから貰うもので


自分で付けたわけじゃないからしょうがない


それでも、誰かがこの人を思って、それを贈ったのだと思うと

羨ましいと思った。




そして、高校とは何だったろう?

…学校だった気がする

アヤメが何か言っていたと気がするが、私には関係の無いところだと思ってよく聞いていなかった。


確か勉強する所だっただろうか?


アヤメは行くだけ無駄な

どうでもいい所なんて言っていた気もしていたが



何年も通ってそんな無駄な事をし続けるなんて世の中の人は凄い


だから彼は私と違って偉くて凄いと言いたいのかな?

私だってアヤメに教えてもらったから計算くらい出来る


それを証明するために考え始めた。


一生懸命指を折って数えるが、結局私は、全部で何年だったのか思い出せない。


しょうがないから負けを認めて

彼に聞いてみよう。


「ところで、チアキ?小学校へは何年通うのだったかしら?」


彼は懸命に考えているようで

私と変わらないじゃない


「六年間だよ、俺が知らない間に留年という制度が始まったのならその限りでは無いけどな」


すごく難しい言葉が返ってきた。

何を言っているのかはさっぱりわからなかったけど


六年だというのだけは分かったから

中学校と高校は三年だったっけ?


と言うことはチアキは今17歳で

私はこの前アヤメが18歳になったなんて言ってたから


彼は一つ下なのだろう


彼は私が計算してる間

訝しげにずっと見ていた


計算くらい私にだって出来る

そう言うのも癪なので


「ありがとうチアキ、でも何で、小学校だけ六年間なのかしら?小中高と合わせて十二年なら、四年づつで丁度良いと思うの?」


私だってちゃんと分かってる、そんな事を彼みたいに難しくそんなふうに聞こえるように言葉を選んでみる


「高校は義務教育じゃないから、それを抜いたら9年間で割りきれない」


また分からない、何なんだろう?

その言葉は、まるでお前より俺の方が色々分かってる

そんな挑発的なことを言われてるような気がして


義務すら怠っている

そんなふうに聞こえて


私は彼に唯一勝っているところを誇示する事にした


「私は東雲結城、歳は数え間違えがなければ、チアキの一つ上ね」


「高校生風に言うと、三年生なのかしらね」


この世の中は、歳が上の人が偉いんでしょう?


だって今までの飼い主たちはみんなそう言って


何も知らないだなんて言って

みんな私をめちゃくちゃにした


それでも、私を勝手に憐れんだり

不幸にする資格なんて無いと

宣言するように目を見て


「以後お見知りおきを」


ちゃんと見て欲しい

ちゃんと知って欲しい

そんな願いごとを少しだけ織り交ぜて

彼に告げる。


彼は、少し迷ったようにして

「宜しく東雲さん」


そう私に返したのだ


私を東雲さんと呼ぶその言葉に

彼に期待するのは止めようと思った。


彼も私を見はしない

都合よく私を解釈して

勝手な呼び方で型にはめて


私を捻じ曲げるんだろう


私は、ユウキだ

ソレでも、ゴミでも、東雲さんでも、愛玩動物でもない


アヤメがくれたユウキって名前の

ただの人間


そんな事を叫びたくて

叫んで、楽になりたかった。


自分がゴミだと

それしか知らないまま死ねたら

どれほど楽だっただろう?


そうじゃ無いと思ってしまってから

どれほど苦しかっただろう?


そんな幻想を探し続けて

私はどれだけ傷付いたのだろう?


言葉を知っても

計算を覚えても

難しく取り繕っても


誰も私を認めなくて

何も知らないなんて言われ続けて


甘い言葉を知って

悦ばせ方を覚えて

淫らに振る舞えば


まるで私を理解されず

身勝手に消費される




どうしたら、認められるのだろう

どうしたら、理解されるのだろう


その答えは彼のように

学校に行けば学べるの?

頭が良ければ分かるの?


そのどちらも無い私は

どうしたらいいのだろうか?


そう考えて虚しくなって

そんな思考を振り払うように、チアキに質問する


「チアキはどうして私の葬式に来てくれたの?」


来るだけ無駄だと思う

だって私を知らないんだから


「どうしてと言われると困るけど、誰も参列しないって聞いたからって感じ」


当たり前じゃない

誰も私なんて見ないんだから


「何故?」


なぜ私を知らないのに

私を見ないのにこんな所に来たの?


彼は何かを言いかけて言い淀む

そしてまた、考えるように間を開けて




ーー私は彼がまた難しい言葉で

煙に巻くようにして

私が分からないことを言うのだと

そう思った


「葬式って、誰か亡くなった時にその人を送り出す事だと俺は思ってる」


「だから送り出す奴が居ないと聞いたから、来ようと思った」



彼の言葉はけっして、難しく無くて

馬鹿な私でも理解できて


私は、間違いに気が付いた


葬式は私の為の式だと思っていた

私が死ぬ為の儀式だと


でも彼はそうじゃ無いって言った

その人のことを、残った人がちゃんと送る為の場所だと


そう言ったから

だから彼は多分いい人なんだろう

誰にも送られることのない私の事を思って知りもしない私の葬式に来たのだ




それは勝手な自己満足だと知っている

それでも私に向けられる彼の目は優しくて、まるでアヤメみたいだから


私はちょっとだけ期待しそうになって

それから続くとりとめのない会話も、


彼の言葉は

私が分かるように易しくて


そんな彼に間違えないように

トランクの中身を地面に落として


私じゃない私を彼に見せて嘘をつく

「私に幸せな最後を頂戴?」


ーーそれだけが私の望みで


「そうしたらわたしの全部をあげる」

ーーそれだけが私の全部じゃない


彼は息を呑んで、目を見開いて


そう、これは契約だから

どうかお互いに、間違えないように

そうやって彼を、自分を騙して

私は彼に微笑んだのだ


だから彼の言うことは、お互い様で

私だって彼に嘘をついて

このままで不幸で居たいから誤魔化して、それでも

知りたいと思ってしまった

どうして彼は私と居るのだろうと


ーーチアキは泣いた

理解されたいと、認めてほしいと


私と同じ気持ちを抱いて

諦めないでもがき続けていて


彼はそれを

何でもないと笑いながら話して

…それでも諦めきれず泣いて


学校に行って色々知ってるはずの彼も

答えを知らない事に安心して


ーー彼も私と一緒だった

私の言葉は安っぽくて

そんなふうに慰める必要なんてないって思ったけど


私は、言わずにはいられなかったのだ


私が、チアキの認められたかった人じゃ無いのは知っている


誰でも良いなんて、思ってなかったのも解ってた




「私が認めてあげる」


彼がユウキって呼んでくれた

何が好きかを聞いてくれた

私の幸せを考えてくれた

半分にして、分けてくれた

優しく髪を洗ってくれた


ーーそんな彼のように


私もそう言って

少しでも、返したいと思った。


私にくれた優しさも

私と居続ける強さも


私には眩しすぎて

それを受け取るには何も無くて

居続けることすら出来ないのだから


これ以上チアキと一緒だと

私は終われなくなっちゃうから

だから、チアキから逃げた。




最初みたいに期待した

間違えないで欲しいと

ちゃんと私を見てほしいと


それでも、どうしても思ってしまう

どうか、彼の抱いた幻想のまま

間違えて欲しいと




私を見ないで欲しい

――キレイじゃなくて何も無いから


私を知らないで欲しい

――チアキには嫌われたく無いから


そんなあべこべで不確かで

分からないこれは何なんだろう?


その答えを知りたい気がして

きっと知ってしまったら戻れない


だから今の私はこう思う

舞踏会に行ったシンデレラは幸せだったのだろうか?


私は夢を見る事ができて幸せだと

幼い時に思った




でも今はそう思えなくて

王子様と出会わなければ

魔法をかけられなければ

舞踏会なんて知らなければ

ーー私と違う世界だと諦められれば


そんな夢さえ見なければ

良かったと後悔したに違いない


私達は彼女の結末を知っているから

幸せだと勘違いしてる


多分その時、シンデレラは人生で一番不幸だったに違いないから


だって、そんな夢さえ

いつまでも見ていられないから


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