その始まり

バスに揺られながらユウキは

あと三日をどうやって過ごそうかと

そんな事をぼんやりと考えて


ポケットに入ったお金は

三日間を過ごすには心許なくて


それでも彼と過ごしたアパートで

一人過ごすのは、真冬の寒さの中

野宿するよりも気が引けた


ショッピングモールが見えてきて

私は席を立って、バスを降りる


「アヤメ、私ってあとどれくらいで死ねるの?」


こんな会話を何回繰り返したんだろう

外に出てから、今日まで

私は何回死んでしまいたいと願ったのだろう


私は今までの飼い主達

そんな最低な人達と過ごした日々を思い出す。


結局、不幸で何もない私が

居場所を得るためには

今まで通りに生きるしか無かった


餌を与えられ、躾だと殴られ

都合のいいときだけ可愛がられて

繁殖されては困るなんて去勢されて

…そして最後には捨てられて




決して愛されず

玩具のように簡単に飽きられる

人以下の私は


…愛玩動物と呼ぶのが相応しいと

もう何年も前から気がついていて




それでも、愛玩動物の東雲結城は

愛想を振りまくことでしか生かされないから




甘い声で鳴いて

ふりふりと腰を振って

飼い主の言うことを聞いて

愛なんていう一方的で、押し付けがましいそんな行為をされ続けて

そんなふうに生きてくしか無かった


それでも私が死なずに生きてきたのは

アヤメとの約束があったからで


今までの飼い主は皆

「私の事を殺してくれる?」

そう聞くと、気味悪がるように

汚いものを見るようにして私を捨てた。


だから私を殺してくれるのは

アヤメだけだから


何度試しても

自分で死ぬことは怖くて

終わらせる事も出来ない弱い生き物だからここまで生き続けてしまった




「アヤメ?もう私飽きたよ」

そんな事をテーブル越しの彼女に言う

いつもアヤメは

「もう少しですから」


なんて、はぐらかすけれど


でもこの一年は

もうアヤメも諦めてくれたのか

私のそばで過ごしてくれた。


彼女はにこやかな笑みを浮かべ

「…あと一週間でおしまいですから」


笑い続けるアヤメを見ながらユウキは

随分と嘘をつくのが上手になったと

そんなことを思う


最初はすぐに表情に出て

よくからかったけど

今ではすっかり神様みたいで


「ユウキ、最後に何かお手伝い出来ますか?」


アヤメは、そんな事を聞き

それならばと思いついたことを告げる


「私、お葬式してみたい」

せっかく死んでしまうのだから

盛大に祝おうと思った。


「看板をキラキラさせて、おめでたい感じにして祝おうよ」


「…分かりました、準備します」


思い出したようにユウキは聞いた

「今いくら位残ってるんだっけ?」


私の売った人生の残高

アヤメはスマートフォンを見てそれを確認する


「三億円位ですかね?」

凄くいっぱいあった筈のお金も

色々な事に消えて無くなってしまって


それなのに私の手元には

何も無いというのは

無駄遣いしてしまったと

そういう事になる。


せっかくアヤメが用意してくれたお金なのに申し訳なく思うけど


それでも私に一週間で使い切れるとも思えない。


だから私は彼女に提案する

「じゃあそれさ、もしも誰かが私のお葬式に来てくれたら」

「その人に全部あげようかな?」

「それでその人と残りの時間を過ごそうと思うんだけど」




アヤメは

そんなユウキをみて驚いた顔をする。


そんな事を私が言い出すと思ってなかったからだろう




「どうして急に?」

ユウキは笑い

「一緒にいたらアヤメ辛いでしょ?」

「私を殺すの嫌になっちゃうよ」


そう言って



ーーユウキがもはや、シンデレラのような幸せも誰にでもあるはずの日常も

些細な事すら望まなくなったのは

もうずいぶんと前で


最近はずっと「死にたい」とだけ彼女は繰り返し続けた。




ユウキが傷を増やして

心を、人生をすり減らして

諦めたような目をして帰ってくるたび

私は後悔した。




幸せはあるなんて

そんな言葉でユウキを騙して

ユウキのお願いを見ないふりして

自分勝手な願望を押し付けて

それでも笑い続けて

神様なんて私を呼びつづけた少女


だから、彼女は神様を呪うべきなのだ

なんでこんな世界を作ったんだと

何で私を騙したんだと

憤って、私を責めるべきなのに


それなのに彼女は

私が辛い思いをしないように

終わらせることを躊躇わないように

笑って、自分の不幸を許容する


彼女は私を救おうとはしない

簡単に私を許そうとしない


すべてを手放してでも、そんな彼女を幸せにしたいと思うことを

諦めさせはしない


「…それが貴女の願いなら」

そうではない事を私は知ってる






ーーこの一年間みたいに、ずっとずっと生きられるなら


まだ生きていたいって

そう思ってしまった


だからあと一週間で

終わりと聞いて怖くなった


どんな痛みも想いも

続いてないと薄れてしまって

この一年は薄れさせるには十分すぎて


ーーだから私はもう一度

不幸になろうと思った


「うん、だから」

「私がちゃんと終われるように」

ちゃんと不幸のまま諦められるように


その言葉にアヤメは苦しそうに笑い


「分かりました」 


ーーユウキがちゃんと

ちゃんと幸せな最後を迎えられるよう


ーー私がちゃんと

不幸のまま諦めて死ねるように



いつだって人はわかり合えない

お互いを知った気になって

勝手な幻想を抱いて、間違え続ける

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