5日目 シンデレラガール

魔法使いとシンデレラ

いつの間にか泣き疲れて寝てしまったのか気が付いたら夜が明けていた。


私の隣にチアキの姿は無く、また涙が溢れてしまいそうになる




昨日のことを思い出せば当たり前で

多分彼は、ココには戻っては来ないだろうと思ってしまって


服を探し、外に出る準備をしようと

鏡に映った自分を見て嫌気が差す


体中に付けられた傷跡

もう消えることのない、不幸の烙印


ーーそれは、あの家を出てから何個増えたのだろう


チアキは私に嘘つきと言った

そんな事言われなくても自分が一番知っている。


私は彼にたくさんの嘘をついた

私の全部をあげるなんて

何も知らないだなんて

……幸せな最後が欲しいだなんて


そんな嘘をついて彼を騙したのだ。


私にあげられるものなんて何も無くて

この世界は、残酷だって気が付いていててハッピーエンドも無くって

かぼちゃの馬車も、ドレスも、ガラスの靴も


…その物語すら全部嘘だって知っていたのに彼を騙し続けていたのだ


そして、そんな嘘すら付き続けられなかった私が誰よりも嫌いだった。




クローゼットを開けば

その中には私の服ばかりが沢山あって


どれもが体を隠してくれる

長いものばかりな事に


そんな彼の優しさに

いまさらだけど気がつく


それを考えないように

適当なワンピースに袖を通し

クローゼットを勢い良く閉じて


もう一度鏡を見てそこに映る私を見る


白のワンピースが、今の格好が私に似合っているのかよく分からない


でもチアキは

よく似合ってるなんて言っていたから

彼のお気には召したのだろうけど


私は好みってものが無い


どんな服を着てもどんな格好をしても

それを、可愛いだとか、キレイだとか

そんな事を思うことが無くて


ただ、相手の気に入る格好をして

少しでも媚を売って愛されようとする

…まるで着せ替え人形みたいで


リビングに出て

置いたままの2つのキーケース

深い赤のそれを手に取り外に出る。




私は初めて、自分の名前の入った、私だけの物を貰った。


初めて貰って

それを私は後悔した


どうして、そんなもの無いなんて思っていた幸せが

そうやって諦められる筈だった幻想が

ホントにあるなんて事に


生きることを諦められなくなりそうな

彼の言葉に、笑顔に、涙に

出会った事を私は呪ったのだ。


なんで今更そんな夢を見させるんだろう?

私はそんな事望んでないのに


だから私は、私が普通に死ぬ為に必要な証明をしようとしたのだ


彼も今までの最低な人達と

なにも変わらない、自分の快楽だけを求めて、私をなぶって

名前を知らないまま、私を消費して

そして、要らなくなったら

当たり前のように捨てる


そんな最低で、私にとっての普通

そうだと思いたかったから、彼と交わろうとした


結局、その目論見は失敗してしまった

私の嘘は露見して、彼を傷つけて

ただ一つ本当にあった幸せすら私は無くしてしまって

…唯一の魔法は解けてしまった


だから私はシンデレラのように

幸せなお城から逃げるしかない



私が汚れていて私が嘘つきで

何も無い灰被り《シンデレラ》だと彼は気が付いてしまったから


0時の鐘がなる前に

そのから逃げれば良かったのに

そこが暖かすぎて、忘れてしまって


これは物語じゃなくて

私がよく知る、残酷な現実だから

彼は私を探すことは無いのだろう


だって私はガラスの靴すら落としそこねたただの不幸な少女で


こんな寒空の下誰を待つわけでもなく外に居続けるのは

暖かさを知ってしまった私には出来そうになくて

寒さを凌ぐためだけに私はまた

誰かの持ち物になろうとしている


…コートの中には、この前チアキにプレゼントを買った、そのお金の残り


取り敢えず何か食べよう

私はチアキと食べて一番美味しかったものを思い浮かべてそこに向かい


私の最初を

自分を魔法使いだなんていう神様に

出会った時を思い出してしまう。


初めて外に出たときもこんな寒さで

行く宛もなくて、それでも


…それでもこんな世界に少しだけ期待をしていたのが懐かしく思える。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

開くはずのないドアが開く

ずっと叩かれ続けたのは寝る前だから

今日はまだここには来ないはずなのに

少女の身体はこわばり


ドアを開けたのは知らない人だった

「初めまして、東雲結城ちゃん」


「あなたはだれ?」


「私ですか?私はそうですね」

「…ただの、しがない神様ですよ」


言葉を聞いて少女は顔をほころばせる

「ねぇ神様、お願いがあるの」


嬉しそうな少女をみて

神様は困ったような顔をしてしまう


神様だけれど

彼女のできる事は多くない


「何でもは叶えられないですけど、一応聞きますね」


それを聞いた少女はとびきりの笑顔で

「殺して?」


それを聞いた神様は

ひどく悲しそうな顔をしていて

少女は言葉を続ける


「痛くても泣かないから、だから殺して?」


年相応のあどけない言葉で伝えられたのはあまりにも歪んだ願い事。


神様は少し考えて少女に言葉を返した


「分かりました、私は貴女を殺してあげます」


「でも、外の世界を知ってからでも良いんじゃ無いですか?」


少女は神様の言うことがよく分からなかった


「知ったらどうなるの」


「生きたいって思うかもしれないじゃないですか?」

多分そんなことは無いと思うけど

少女は素直に頷いて


だって、言うことを聞かないと叩かれて叩かれるのは嫌だったから


それを誤魔化すように笑いながら

「かみさまは優しいね」


そんなふうに言って

少女に、神様はたまらず聞き返す

「どこが優しいんですかね?」


殺そうとしてるのに優しいはずが無い


本当に優しいならちゃんと彼女を救えるはずで


「だって私のお願いを聞いてくれるんだもん」

神様の顔はさらに曇ってしまう


「かみさま、聞いてもいい?」


「…私に答えられることなら」



今度こそ本当に神様は絶句する。


「わたしはソレとかゴミとか呼ばれてるから」


「それは誰なのかなって」


少女は自分の名前すら知らなかった


神様は優しく少女の頭を撫でて

優しい声でそれを言う

「貴女の名前ですよ、ユウキ」


少女は無邪気に笑ってそれを聞く

「じゃあ、神様の名前はなんて言うの?」


そんな事を聞かれて神様は戸惑ってしまう、名前を聞かれるなんていつぶりの事なのか

思い出せないほど前なのは確かで


「…私はアヤメです」

「アヤメって名前でした」


もう過去のことだけど

それでもアヤメはそう名乗る


「分かった、神様はアヤメって名前なのね」


少女はニコニコ笑って

「じゃあ、私が死ぬまでよろしく」


アヤメはユウキが繋がれている首輪を外しボロボロの服の上から自分のスーツをユウキに着せる


「シンデレラの本持ってっていい?」


「良いですよ」

少女はベットの下から

古びた絵本を取り出して

それは何度も繰り返し読んだのか

あちこちがボロボロだったが

大切そうにそれを抱いてアヤメに聞く

「…外ってどんな所?」


「そうですね、今だと寒くて、みんな眩しくて、生きづらくて」


「それでもココよりは少しだけマシな所ですよ」


そんな言葉にユウキは

ちょっとだけ期待してしまう


「私はシンデレラになれるかな?」


アヤメはまた困ったように笑って


「それはどうでしょう?」

「でも、物語みたいに格好いい人じゃ無くて」

「お城も無くて、舞踏会も無くて」

「その人は王子様じゃないかもしれないですけど」


そこで言葉を切り、願うように

「でも、貴方に幸せをくれる人はきっと居るはずですよ」


「じゃあアヤメは神様じゃなくて魔法使いなの?」


そう言われてアヤメは

笑ってしまいそうになるけれど


ーー彼女がシンデレラだとすれば

それが合ってるかもしれない


少女に幸せになれるなんてうそぶく癖に、そんな魔法を少女に掛け続けることのない自分勝手で無責任な魔法使いは確かに私のようで


それが、私とアヤメの出会い


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


私はあの時何歳だったのか分からない

私はいつからシンデレラになれないと知ったのだろう?


多分外に出て何年かは

アヤメの言葉を信じてたと思う


そんなふうに生きていけるかも知れないなんて期待して


だって私は本当に小さな部屋の中以外何も知らなくて魔法使いが私を連れ出したのなら


王子様が私を見出して、求婚されたりするんじゃないかと


そんな、物語みたいな事があってもいいと思っていたけれど


私のそんな思いは容易く踏みにじられ

ただ世界は残酷で

外に出て変わったのは


私の傷が増えたこと

私のお腹に命を宿さなくなったこと

人生を売り払ったお金がいっぱい無くなったこと

当たり前の幸せが無いと知ったこと


それくらいで

結局、変わらなかったのは

いつも早く死にたいと願い続けたこと

それだけで


そんな、無意味な人生を

アヤメと何年過ごしたのだろう?


暗い部屋で何も知らずに過ごしたよりも長い時間を過ごした気がするけど


そんな、神様との約束も

もうあと三日でおしまい


私の人生は結局何も無くて

チアキとアヤメから色々な物を奪うだけで


それなのにこんなに不幸で虚しいのは

そんな私への罰なんだろう


割り当てられた寮の一室は

空き缶と、捨てそこねたゴミだらけで

そんなゴミに囲まれながらアヤメは一人考える


―― 寒空の下、歩きながらアヤメは言った

「ユウキが外で生きるには、お金が必要です」


「…お金ってなに?」


アヤメは少し考える

改めて聞かれると、説明に困る


「無いと生きられなくて」

「いっぱいあっても邪魔な物ですよ」


「でも、わたし持って無い…」


アヤメは唇を噛み締めて、何かを堪えるように声を震わせながら


「なので、私は貴女の人生を買い取ります」

そう、ユウキに告げる


人生は引き算で出来ている。

大切な想いも

限りある時間も

皆、かけがえの無いはずのそれらを

すり減らして、切り売りして生きている。


例えば、優越感のため

あるいは、粉飾のため

そうでないなら、自己満足のため


自分が価値があると思えるように

自らの生まれた理由を探すように

あるかも分からない幸せを見つけるために




時間を、お金に変えて

想いを、理由に変えて

人生を削り取って生きている


だから、私の言うそれが決して

彼女だけに訪れる不幸でない事は理解しているけれど


…それでも、思ってしまうのだ

どうして定められた運命が無いのだろう?

そうれば、悩むことさえ無意味だと諦められたのに


どうして私は全知全能でもなければ

無力でもないのだろう?


そうすれば

寄り添って泣いてあげられたのに


どうしてこんなに何も無い少女から

奪わねばならないのだろう


ーーそんな、神様になんてなってしまったんだろう?


そんな事を考えてしまう




何も言わないまま立ち止まっていたアヤメにユウキは告げる


「生きることって不幸だね?」


…いつか、彼が同じことを言っていた

その続きをアヤメは思い出す。

「大切な人同士ですら、お互いに奪い合って」

「そうやってしか生きられない」


紫煙を吐き出しながら彼は言うのだ

「だから、神様になろうか?」


悲しそうに笑いながら言って

その問に何も答えないアヤメに

ユウキは言葉を続ける

「だってそんな悲しい顔をしながら」

「それでも生きないといけないんでしょ?」


アヤメは、その言葉に息が苦しくなり

それでも必死に笑顔を作る


これじゃあ、神様になった意味が無い

この少女にそんな事を思わせてはいけない


生き続けることが

不幸なんて悟られてはいけない

たとえ私がそんなふうに思っていても


そうじゃ無いと信じて

今も答えを探しているなんて


「もう何も奪われないように、奪う側になろう」


そんな彼の言葉に踊らされて、神様なんかに祭り上げられただけの


ただの、弱い人間だと

知られてはいけないのだから





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