Till death do us part
デパートの中はどこもかしこも
クリスマス商戦真っ盛りだった
迂闊に店に近寄れば
ギラギラした目の店員に捕まり二言目には
「プレゼントお探しですか?」と言われ
…まぁ、今日に限って言えば
その通りなので大変有り難いです
結局セレクトショップやら雑貨屋やら洋服屋を見たがどれも今ひとつだった
服にしたって、ユウキが大概の物は似合ってしまう可愛さ故に、選びにくいし…
俺は諦めてデパートを出て細い路地に入るが
そこには明らかに許可を得てないであろう、露店がポツンとある
扱っている物を見れば、
シルバーアクセサリーや革細工の小物
物珍しそうに俺が見ていると
二十代後半であろう店主が話しかけてくる
沢山のアクセサリーを身に着け
マネキン代わりと言わんばかりのルックス
威圧感は感じさせないものの
とても、独特な空気感に尻込みしそうになる
「なんか気になるのあるかい?」
…こういうのって買うまで
帰れなくなりそうで苦手なんだよな
「女の子にプレゼント探してて」
彼はにこりと笑って
「どんな女の子なの?」
「あー、なんて言えば良いのかな」
ちょっと考えて自分で戸惑ってしまった
身長も、体重も
何ならカップ数だって分かるのに
ユウキがどんな子なのか聞かれると
それに答えられない
ユウキの事をあまりにも知らない
言葉に詰まった俺を見て、店主は笑う
「取り敢えず、話し始めてみれば?」
そう促され、言葉を探しながら
「その子は、世間知らずで、ちょっと勉強出来なくて、お金とかファッションとかブランド物とかに興味がなくて」
「些細なことに泣いたり、笑ったりする…」
俺はこの先を言い淀んでしまう
そんな風に口にしたくはないと思うけれど
その先に続く言葉は
「不幸な女の子」
…そんなふうにしか彼女を形容できない
店主はそれ以上聞かずに
「いい女の子じゃない?」
そう言って俺に聞く
「その子に、無い物とかは?」
「…いっぱいあります」
無い物を数えるより
ある物を数えたほうが早い
彼女に有るのは少しの服と使い切れないお金
あとは、体に刻まれた傷だけで
それ以外は何も無くて
それなのに何も望まない彼女は
「…何が欲しいんですかね」
…本当は知ってる
彼女が望むものを知っている
でもそれは、俺にはあげられなくて
「何をあげたら良いんですかね?」
どうしたら彼女は笑ってくれるだろうか?
彼女を幸せに看取れるのだろうか?
考え続けてもわからなくて
「そんなの自分で考えろって話ですよね?」
俺は苦笑いをして
そうして、立ち去ろうとした俺に
店主は声を掛ける
「…君さ、考えすぎだよ?」
俺は足を止めて店主を見て
ゆっくりと店主は言葉を続ける
「何も考えないのは良いことじゃないけど」
「考えすぎて動けないのは」
「それと同じくらい愚かだ」
俺と歳だってそんなに変わらない筈の
そんな彼の言葉は
同じ感情を抱いたことのあるような
そんな重さを持っていて
「望んだものをあげるだけがいい事かな?」
…多分、違うと思う
「高い物だけがプレゼントかい?」
それも、違うだろう
「考えて選んだものはくだらないのかい?」
そんな訳はない
たとえ、どんなに下らないものでも
ユウキが俺の為に選んでくれたのなら
俺は嬉しいと思う
店主はネックレスを取り出して
「君にはこれが何に見える?」
繊細な彫刻の施された銀細工のネックレス
それ以上でも、それ以下でもない
「ネックレス…ですかね?」
それでも何か間違いがあるのでは無いかと
疑問系になってしまう
もしかしたら凄く由来がある物かも知れない
もしくは呪われていて一生外せないとか?
素早さとかステータスが上がるかもしれない
彼は訝しげに見る俺に笑いかけて
「そう、ネックレスだ」
店主は並んだ商品からもう一つ取り出し
「じゃあ、こうして見ると?」
同じような彫刻は
並べてみると一つの模様を描いていて
それら2つが対になっている事に気が付く
「ペアルックなんですか?」
「そうだね、ペアルックだ」
「一つだけで見ても正解は分からない」
「多分君とその彼女も一緒だと思うけど?」
「そうかも知れないですけど、付き合ってもない女の子にペアルックを渡すのは、流石に気が引けます」
その言葉を可笑しそうに笑う
「ペアルックの物を渡せなんて言わないさ」
「ただの比喩だよ、時間も、場所も、一緒にいる事で違う風に見える事もあるってだけ」
時間…場所
その言葉に俺は引っかかりを覚えて
並ぶ商品の中を探す
確かにあったのだ、彼女に必要な物が
多分ここに、有るはず
沢山の銀細工のアクセサリー
その脇に置いてある革製品の中に見つけて
それはなんの変哲もない様な物で
決して高価では無いけど
色違いのそれを2つ手に取り
彼女には深い赤色を、俺は茶色を選ぶ
俺は財布からお金を抜き取り
店主に押し付けて
「コレって名前入れられます?」
店主は少し驚いたような顔をしたが
「お安い御用だ、20分位くれるかな?」
…なら丁度いい、これだけじゃ足らない
俺は先程のデパートへ引返そうとして
店主は俺に問う
「入れる名前はどうするんだい?」
…そういえば言ってなかった
俺は振り返って
「チアキと、もう1つはユウキで!!」
そう叫んで、走り出す
俺はデパートの中で唯一といっていい
クリスマスムードのない店に足を踏み入れ
店主はちらりとこちらを見る
「修理ですか?」
「いえ、これをお願いします」
お金と一緒にソレを出すと
「5分程で終わりますのでお待ちください」
…何それ、5分で作れるとか超怖い
もうこの人達、GPSで
監視したほうが良いんじゃない?
言葉通り5分で作り上げたソレを
受け取り、急いで露店に戻る
「…出来てます?」
店主は俺に気づいて、笑いかけてくる。
「バッチリ」
「あと多く貰ったからオマケしといた」
出来上がったそれを見て、驚く
こんな短時間だと言うのに
綺麗に手打ちで入れられた俺とユウキの名前
それだけでなくそれぞれにお互いの色で
スティッチが刺繍されて
裏側にも、アルファベットが打たれている
…ただ残念ながら
俺は英語読めないんだよな
困ったように裏面を眺めている俺に
「Till death do us part」
流暢な発音で彼は言うが、さっぱりわからん
「…日本語でお願いできないですかね?」
彼はそれに苦笑いしながら
「死がふたりを分かつまでだよ」
「結婚式の誓い文句なんかで聞くだろ?」
それは確かに、ありきたりな言葉で
俺はその言葉に恐怖したのだ
死がふたりを分かつまでなんて
彼女はもう、その日が決まっていると
…そんな事実を忘れかけていた自分に
俺は店主たる、彼を見る
その彼は、悲しそうに微笑んで
「彼女は勉強できないって言ってたね」
「だったら、気付かれないだろ?」
「…何の話ですかね?」
「君だけが知ってる想いがあるのは」
「それを想うことは、いけない事かい?」
彼は俺に笑いかけて
まるで、すべてを見透かされているようで
その気まずさを誤魔化すように
あるはずのない不安を取り除くように
「…そんなにバレバレですか?」
そう、笑って言葉を返して
「君の大切な人なんだろ?早く迎えに行ってあげな?」
スマホを見れば別れてから
もう2時間以上経っているのに気が付く
慌ててそれを受け取り、お礼を言う
「色々有難うございました」
彼は何でもないような事のように
「こちらこそ、プレゼントなのにラッピングとかなくてごめんね」
「どうせすぐ渡すし、別に要らないです」
…俺の嘘と誤魔化しの上から
ラッピングなんてしたら、過包装だろう
彼は手を振って、俺を見送る
その腕に沢山巻かれた中で
一つだけある革製の古びたブレスレット
沢山の輝きの中で、光らないそれは
多分、彼の大事なものなんだろうと思う
日が落ち始めているのに気が付き
肌寒さを感じ俺は足を早め
待ち合わせ場所に急いで
ーー誰も居ない公園で
ユウキは一人佇んでいた
冷え切った空気は
彼女の吐息を受けて白く色を変え
何もない虚空を見つめながら
一体彼女は何を思っているのだろう?
俺は踵を返し、急いで近くの服屋に入る
どれくらい待っていたのだろうか?
どれだけ寒かったのだろうか?
俺は、それを知らず
知らないから想像する他ない
近くにいる店員に声を掛け
「一番暖かい手袋と耳あて下さい」
久々に走ったせいで、息が整わない
不意に声をかけられた店員は驚きながらも
すぐに商品を探してくれて
俺は、お金を払い店を後にして
近くの自販機で暖かい紅茶を買って
公園へ向かって駆け出す
「おまたせ…」
虚空を眺めていたユウキは俺に目を向けて
遅いと怒るでもなく、寒いと喚くでもなく
「おかえり」
そう一言だけ言葉を返す
彼女の冷えた手を握り
手袋をはめ、耳あてを着けて
そうして、小脇に抱えた紅茶を差し出し
「…悪い、寒かったよな」
そんなこと少し考えれば分かったはずだ
こんな所で待っていれば寒い事も
プレゼント選びに時間をかけ過ぎていた事も
俺との連絡手段すらない彼女は
ここで待ち続けるしかないという事も
…ちょっと考えればわかったはずだった
自分の都合と下らない見栄のせいで
寒空の下、彼女を独りにした
俺が差し出す紅茶を受け取りユウキは微笑む
「チアキは凄いね?私が今欲しいもの、ちゃんとわかるんだもん」
彼女は、俺を責めはしなくて
それどころか微笑んで
俺のせいでそんな物を欲したはずなのに
彼女はそれでも笑うのだ
「これならチアキは、一人前のサンタさんになれるね?」
まだそんな事言ってるのかよ
一目見れば、少し考えればわかるだろ
…俺がサンタなんかじゃないって
言葉にしようとしたが
整わない息がそれを許さない
「次はちゃんと夜寝てる時に渡すんだよ?」
…なんで、そんなふうに笑えんだよ
だって次のクリスマスには
もう、居ないだろうが
誰にこんなもん渡すんだよ
「…次なんか、無えよ」
荒い息のまま俺は言う
ユウキは驚いたように固まって
「俺はサンタじゃ無いから」
俺はポケットの中から、取り出す
こんだけ悩んだんだ
サンタなんかの手柄にされてたまるか
俺は革製の赤いキーケースを
ユウキに差し出す
「手袋も耳あてもプレゼントじゃなくて」
「ユウキに必要な物ってだけだ」
服も下着も靴も食事も
普通に生きていくのに必要な物で
それすら無い彼女は
ある事を当たり前なんて分からなくて
だから、これを選んだ
なくてはならなくて
誰にでも渡さないものを探した
「これは何?」
ユウキは俺に聞く
「今のアパートの鍵」
大体いつも一緒にいるから不便しないけど
彼女一人で出かける日が
そんな時間があるかも知れない
それ以上に彼女の帰る場所が
俺しか開けられないなんて
そんな馬鹿みたいな話はないだろう
彼女は自由に出ていくことも
帰ることも許されていて
それなのに鍵が無いなんておかしいから
…だから選んだ
「二人の部屋なら俺だけ持ってるのはおかしいだろ?」
そんな言葉で
ユウキが理解できたかは分からないけれど
俺は茶色のキーケースを取り出す
それが全く同じではないが同じようなデザインなのはユウキにも分かったらしい
ペアルックのアクセサリーなんて
俺があげる資格は無いから
それでもこんなペアルックなら
持ってなきゃおかしい物なら
俺が贈ってもいいだろう?
けっして同じではない俺とユウキが
寸分違わなければ開くことの無い
同じ鍵を持つ
皮肉のような、それでいて願いのような
そんなプレゼントを俺は選んだ
そうでありたいとユウキに選んだんだ
だから、これは
サンタだからでも
神から言われたからでもなく
俺の選択だとそう言おう
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます