赤色


ユウキは俺からキーケースを受け取り、愛おしそうに手で包み

キーケースに入った自分の名前を見て嬉しそうに笑った

「初めて私の名前が入った物貰った」

「だから、これは私のだよね?私だけが持ってていい物だよね?」

どこか願うようにそれを言う

ユウキに苦笑いして

「他の誰に渡すんだよ」

どこの世界に名入りのプレゼントを

流用しようとする馬鹿がいるというのだろう

それでも、ユウキは返事を急ぐように俺に問う

「だからこれは特別なんだよね?」


その言葉が問う特別が

俺には何か分からないけれど


家の鍵なんて知らない奴に渡さない

だから

「そうだね、特別な物だよ」

だからこの言葉に嘘はなくて

恋人じゃなくても、家族じゃなくても

たとえそれが、被害者と加害者だったとしても

それでも、ユウキが大切な事は変わらなくて、大切な何なのかの答えは出ていなくてもそれだけは揺るがなくて



その言葉に

ユウキは目に涙を浮かべる


その涙が悲しみなのか

嬉しさなのかは本人しか分からなくて


それでも彼女は大事そうに

キーケースを抱きしめ続けて

しばらくして、ユウキが微笑む


「じゃあ私のプレゼントあげるね」

「いっぱい貰ったのに、一個だけで悪いけど」


「チアキにあげたいものもう決まってたから」


そう言ってベンチに立てかけてあった

俺のよく知るケースを手渡してくる。


二度と持つことがないと思っていた

真っ赤で彼女の身の丈位ある

そのケース


それはズシリと重みを持っていて

いくらここの名物とはいえ

長いふ菓子はこの中に仕舞わない


だからこの中に入っているのは

昔は持っていたはずで

それで、今はもう無くて


貰っても、いつどこで使えば良いか

分からないような

そんな物なんだろうとは思うけれど


「開けてみてもいい?」

ユウキに聞いてみる


「いいよ」

ケースを開けるとやはり

そこには竹刀が入っていた


「ごめんね、名前入ってない」


赤だなんてこれだけ目立つ

ケースに仕舞われてるなら

名前を入れる必要なんて無いが

それでも、彼女は気落ちしている


…それを特別にするのは

簡単な話だろうに


「じゃあ後でマジックでユウキが名前書いてよ」

「すぐ俺のだって分かるように大きくさ」


そんな提案をする

ユウキは首を振って


「私書くの上手じゃない」

「ノート見れば分かるでしょ」


そんな事気にしてたのか

俺は笑いながら


「いや、俺はユウキに書いてほしい」

「下手でもいいよ、それならそれで特別じゃん?」


ユウキは少し考えて

「後悔しない?」


「しないよ」

即答だろ、そんなもん

そして、真剣な目をして俺に問う。


「そしたらチアキの特別になる?」

「大切にしてくれる?」


それは、竹刀だろうか?

…それとも彼女自身だろうか?


俺はもう臆さない

「大切にするよ」

そのまま指を出て提案する

「指切りしよう」

「絶対守るっておまじない」


そんな俺を見て、彼女も同じように指を出した


俺は彼女の指に自分の指を絡めて


「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます」


…もうすでに千本じゃ少ないのは分かっているけれど

それでも針を飲むくらいで済むなら

安いもので


「指切った」


そうして彼女と俺は初めて

最低の契約以外の約束を交わすのだ。


白い息をかき消すように

木枯らしが吹いて

あたりもだいぶ暗くなってきた


「じゃあ、寒いから帰ろうか?」

俺と彼女は並んで歩き始め


手袋越しに感じる

彼女の手の温度は暖かかった


バス停まではまだ距離がある


「…それにしてもずいぶん目立つケースも一緒に買ったよね」


そんなことを

ユウキに問いかけてみた


並んで歩く彼女は面白そうに

「ちゃんと店員さんに言ったよ?」

「チアキの剣道の剣と入れ物くださいって」

「チアキは高校生だって言ったもん」


俺は苦笑いする名前だけ聞いたら

普通に赤色勧められておかしくは無い


俺は面白いことを思い付いたようにユウキに言う


「キーケースも俺が赤でも良かったかもね」


そこまで言って

恐怖で言葉が出て来なくなった


俺は、こう続けようとしたのだ

」と


俺はポケットの中の茶色の

キーケースを取り出す


それにはしっかりと

チアキと名前が入っていたて


その瞬間から


キーケースの裏に打たれた言葉が、呪いのように思えてくる。


俺は彼にどちらが

自分の名前かを伝えてはいなくて

ならば、そこに刻まれた

死が二人を分かつまで


やはり、それはありきたりな言葉なんかじゃなくて


…確かに俺に向けて書かれていたのだ

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