その箱の中身は

結局、喫茶店を出る頃には

夜の九時を回っていて


ユウキの手には

お土産用の紙箱が握られている


「食べきれなかったねー」

そう言ってユウキは、俺に笑いかける


「というか、食べ切れる訳無いから…」


だって2ホール分だよ?

明らかに一日の摂取カロリーを

振り切っているどころか

俺が一年間で食べるケーキの総量ですら無く

…しかも最後の方

切り分け9:1位だったからね?


「一口食べて、残り全部俺に寄こしたヤツに言われたくない」


ユウキは頬を膨らませ

「そもそも、チアキが適当になんて言ったのが悪い」


…否定できないが


でも、一番悪いのマスターじゃね?

会計の時1万円越えてたし


「でも、明日もチアキとはんぶんこね?」

ユウキは嬉しそうに笑って


目まぐるしく変わる表情に

俺は目を奪われる


バス停から歩いてアパートに向かえば

街はとっくにクリスマスの装いで

至るところに電飾やツリーが飾られていて


それを見ながらユウキは不思議そうに

「みんな、ピカピカ光る木置いてるね?」


「…もうすぐ、クリスマスだからな」


「くりすます?」

「そう、クリスマス」


「なんの日なの?」


そう言われてしまえば、正直よく知らない

…子供の頃は、サンタが来る日だったが


「なんの日なんだろうね?」


小さい頃は毎年靴下を用意して

プレゼントを待っていたが

いつからか、サンタは来なくなって


その日からクリスマスはただの平日で


建国記念日とかの方が休みになるだけ

ありがたいまである


「なんの日か分からないけど、みんな楽しく祝ってるよ」

…そのみんなに俺は入ってないけど




「恋人と友達と、大切な誰かと過ごして」

「みんなでケーキ食べたり、チキン食べたりする日かな?」


それを聞いた彼女は

哀しそうに笑みを浮かべて

「…そっか、じゃあ私には関係無い日だね」


……言葉に詰まり、息苦しくなる

もう少し言い方を考えれば良かった


たしかに俺とユウキの関係は

そのどれでも無くて

そして、ユウキにはそのどれもが無い


「…ごめん謝る」

「俺はユウキの恋人じゃなくて、友達じゃなくて、家族じゃない」


「…うん、分かってる」

怒られた犬のようにしょげているユウキ



「でも、そのどれでも無くても」

「俺の大切な人だから」

「一緒に祝おうよ、クリスマス」


妥当な結論だろう

別にそのどれに当てはまらなくても

今の俺は、他の誰よりも

ユウキと過ごしたいとそう思っている




ユウキは顔をほころばせ俺に抱きついて

「いいの?」

「他に過ごしたい人いない?」


残念な事に過ごしたくない奴なら

いっぱい居るんだけど


「うん、居ない」


「チアキのクリスマス、私が予約ね?」


「…かしこまりました」

俺はユウキに笑いかけて


こんな簡単な言葉すら

今までの俺だったら言えただろうか?


傷つけないように、壊れ物を扱うように

一生懸命、ありとあらゆる言い訳で包んで


ユウキが傷付かないように

俺が壊れないように

当たり障りのない言葉で

他人の様な言葉で彼女をなだめていたと思う


…そうすればもう、アパートは目の前で

そこに帰ることを当たり前のように

俺はドアを開けて、言葉にする

「ただいま」なんて

そこが帰る場所である様に願いながら



家に帰ってからもユウキは

クリスマスについて俺に聞き続けて


プレゼントを貰えること

サンタさんの存在

そのどれもに目を輝かせて

はしゃぎ疲れて、眠ってしまった




時間を見ようとスマホに目をやれば

新着メール1件と表示が出ている




このLINE全盛期において

メールで連絡取ってくるやつは

一人しか心当たりがない、…姉貴だろう




メールを開いてみると

「エボラ出血熱って、病院から連絡あったけど意識戻った〜?」


そんな内容のメール


エボラ出血熱なんて言い訳するなんて

馬鹿じゃねぇの、あの神様もどき


…何が、上手い事やっときますだよ

そもそも、どんな病気かすらよく知らないわ




それに姉貴も姉貴で元気〜?みたいな感じで意識戻ったか聞くんじゃねぇよ


…死にかけって事だかんね?


取り敢えずポチポチと

「エボラが収まらないけど峠は超えたよ」

なんて、適当に返事を返して



俺はスマホを手にしたままリビングに行く

…まだ23時だから起きてんだろ


スマホのアドレス帳からアヤメを探し

…いやアヤメしか登録されて無いけどね?


こう言っといたらアドレス帳に一杯登録されてるみたく聞こえるという高等テクだ。


自分のスマホですら、昔のらくらくフォンで足りる件数しか登録がない

…つーかなんだったら一個ボタン余る


ガラケーの時にアドレス帳一杯だから

誰か消すわとか言ってたやついたけど

フリーダイヤルかなんか登録してるの?


それに機種変更行くたびに

「データ消えちゃったんですね?」なんて 聞くのはやめてほしい、察せよ


…まぁいい

これ以上は悲しくなるだけだ




アヤメに電話を掛けると

「あー…おはようございます」

明らかに寝起きであろうアヤメが電話に出た


「悪い、寝てたか」


「ホントですよ、モーニングコールが貴方なんて最悪の気分です」


そもそも、起きてすらいなかった


「…前言撤回だ、働けよクソニート」


「はいはい、でなんの用事ですか?」

面倒くさそうにアヤメは聞く


「いくつか聞きたいことがある」


「どうぞ」


「まず、エボラ熱ってなんだよ?もっとマシな言い訳あっただろ」


wiki先生に聞いたら、感染者の半分以上死んでるわ感染症リスクレベル4だとか、バイトハザードとか物騒な単語が並んでたんですけど?


もう、学校で病原菌扱い確定じゃん、元々似たようなもんなのは気にしない事にして


悪びれる様子もなくアヤメは言う

「いや、別に何でも良かったんですけどね」

「面会謝絶で入院で、出停となると、それくらいしか無かったんで」


「それに入れ込みすぎて心中とかされた時の言い訳としてもバッチリですから」


…心中ね、穏やかじゃない。


「…俺がユウキを殺すとでも?」


「可能性の話ですよ、惚れちゃって、私に殺されるくらいなら自分が…なんて思わないとも限らないじゃないですか?」


「それは貴方に限らず、彼女もですけど」


確かにもう死んでしまうとなれば

無いとは言い切れないが…


「いや、買い被りすぎだろ」


そんなふうに鼻で笑った

俺はそんな事をする度胸も

覚悟も有りはしなくて

それに彼女にそんなふうに思われる訳がない


「精々お前から逃げるのが、精一杯だよ」


アヤメは呆れたように

「ずいぶんと情けない王子様ですね?」

そんな皮肉を言う


「というか、お前はユウキが一週間後に死ぬって言ってたよな?」


「ええ、そう言いましたけど」


「それならユウキは、例えば俺が殺そうとしても死なないんじゃないのか?」


…コイツが神様というのならばだが


それが神の裁定だというのなら

たとえ俺がどんなに足掻こうとも

それは覆らないんじゃないのか?


「定められた運命が有るなんてそんなロマンティックな事思ってるんですか?」


面白そうにアヤメは俺に聞き返す


「残念ながら決まった運命なんて無いです」


「もし、そんな物があったら私の行いはそれに背くことになってしまいます」


確かに運命があるとするのなら、アヤメはそれを捻じ曲げまくっている


神の特権と言われてしまえば

それまでだったが、そうではないらしい




…ちぃ分かった

案外、神様って万能じゃないって事ね


「…最後の質問」、

「お前は、俺がユウキを幸せにできると思ってるのか?」


幸せになんてなれないとアヤメは言った

ならば俺が頑張って幸せにするしか無いと


アヤメは少し考える様に黙り

「シュレディンガーの猫ってご存知です?」


…まぁ知ってる、放射能の満たされた箱に入った猫が生きてるか、死んでるかは

見てみるまで分からないって


ーーそんな、机上の上の空論


「知ってるよ、それがどうした?」


「箱の中の猫は生きてると思われますか?」


「多分、死んでるだろ」


普通に考えれば死んでる、その死体を見てないから生きてるなんて、詭弁に他ならない




「それと同じですよ、どう見たって不幸にしか見えなくても」


「見る人次第ではもしかしたら幸福だなんて思うかもしれないじゃないですか?」


「だからこの質問に答えは出ないと?」


シュレディンガーの猫の答えが出ないように

それは、観測者の違いだと彼女は語る


「そうですね、だって貴方達は私から見たらどう見ても不幸にしか見えないですけど」


「安っぽい言葉に救われたんでしょう?」


「何も変わらないのに、幸せなんて勘違いしたんでしょう?」


彼女の煽るような言葉に

俺はもう言い返そうとは思わない


そんなことを言うアヤメは

万能でもなければ絶対でもないのだから


「…そうかもね」


勘違いだと言われても、結局のところ

出来ることをやるしかないだけ

だと言うのは何一つ変わらず


俺に幻想を抱いているというのなら

それを本当にする努力をして

彼女を裏切らないよう、最善を尽くす


それは三億円の為なんかじゃなくて

彼女のお願いだからでもなくて


もう一度、自分を信じていいと思える為に

自分で頑張ったなんて自己満足の為に


「ちなみに俺がユウキのお願い叶えられなかったらなんかペナルティーあるの?」


アヤメは呆れた様に

「最後の質問じゃ無かったんですか?」


「いや契約の書類も無いのに、聞いてないのは不味いだろ?」


「…無いですよ、三億円払い損ってだけで」


それだけ聞ければ十分だ

「まぁせいぜい頑張るわ」

聞きたいことだけ聞いて俺は電話を切った


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