分け合えば
すべてを話し終えた俺は
何杯目か分からない紅茶に口を付ける
それが、俺の消し去りたい記憶で
彼女に知られたくない
…どうでもいい不幸の話だった
「つまらない話だったでしょ?」
最後に付くオチは今日のディナーで
…全部が無駄で、自分の独りよがりだった
わかりきった結末を先送りにし続けたツケを今日精算させられたって話なだけで
むしろ、延滞料金だの利子だの付いてこなかっただけ良心的だったとも言える
俺が話している最中
分からない単語だけ聞き返すことはしたが
ユウキは静かに話を聞き続けていた
すべての話が終わり、沈黙が訪れて
俺はテーブルにあるケーキの山を見て
どれから手を付けるべきか考える
…おすすめ何個かって言ったけどさ
さすがに多くない?
2ホール分くらいあるけど?
俺がフォークを弄びながら
苦い顔でケーキを眺めていれば
不意にずっと黙ったままだったユウキが
口を開く
「…チアキは頑張り屋さんで、強くて、優しいんだね?」
その言葉を聞いて
俺はフォークを取り落としそうになる
…人の話聞いてた?
あんまりにも話がつまらなくて
脳内で脚色されたのだろうか
ユウキは静かに言葉を続ける
「…悲しかった?」
この前も同じ事を聞かれた
俺はその時、悲しくないと答えた
…知られたくなかったから
だが、そんな彼女の前で
みっともなく泣いてしまったのだから
いまさら取り繕う事も出来ず
俺は正直な言葉を返す
「悲しかったよ」
「努力を認められなくて、全てが虚しくて」
「じゃあ、苦しかった?」
「…苦しかったよ」
「無価値で、どうする事も出来なくて」
「彼女を好きだった?」
「…好きだった」
「下らなくても勘違いでも」
「…それが世界のすべてだったから」
情けなく声は震えて
そんな俺を、紅い瞳は見続けて、告げる
「…誰もそれを認めないなら」
「チアキ自身も認めないなら、私が認める」
「チアキは強いんだって」
「一生懸命頑張ったって」
そして俺を見て彼女は笑うのだ
「私が言ってあげるよ?」
「チアキは誰よりも優しいんだって」
俺は言葉を返せない、何も言えなかった
灰色の世界が滲み、見えなくなる
そんな滲む中でも
彼女の紅い瞳だけが色を持って熱を帯びて
灰色の世界を色づかせて
ーー俺を見続ける
「俺は…強いのかな?」
消え入りそうな声でユウキに問う
「強いよ、一人でも戦ってたんだから」
「俺は、頑張ったのかな?」
「…頑張った、才能なんか無くても勝ったんだから」
「俺は、優しいのかな?」
「優しいよ、だって誰のことも責めないで
自分のせいだって泣いてるんだから」
「…だから、私が認めてあげる」
「そんな簡単な事も分からないチアキに教えてあげる」
ユウキは優しく
まるで、当たり前のように言ったけれど
ーー違う、そんな綺麗なものじゃない
俺は、独りだから認められたくて
勝利なんて称号を求めただけで
才能がないなんて諦められるほど
大人じゃなくて
何時までも、もがき苦しんで
自己責任だって思わないと
自分のせいだって言わないと
独りの俺は全部を投げ出してしまいそうで
掴んだ物も、周りの世界も、自分ですら
そのどれもが無価値だと信じられない
それなのに、諦めきれず生き続けて
何も知らない彼女を騙し続ける
最低で、弱い人間だから
ーーどうか、間違えないで欲しい
…それ以上優しい言葉を掛けられたら
優しい嘘を付かれたら、幻想を見せられたら
また間違えてしまうから
そんなふうに勘違いしてしまうから
俺は、彼女にそれを告げる
「…ユウキが言ったこと」
「俺は全部間違ってると思う」
涙を流しながら震える声で静かに語る
「俺はそんな人間じゃなくて、自分の事も信じられない」
「ユウキは何も知らなくて、何も見てない」
ユウキはそんな俺の言葉を聞いて
哀しそうに笑って
「…そうだね、そうかも知れない」
それでも、先程の言葉を曲げようとはしない
俺が、求め続けてやまなかったその言葉を
無かったことにはしないから
俺は彼女の瞳をしっかりと見据えて
もう逃げないように、嘘を付く
「それでも、ユウキが」
「そんな俺を強いと信じてくれるのなら」
「…俺はそんなユウキを信じたい」
人がたやすく嘘をつくのも
都合の悪いことを見ないのも知っている
そんな俺の言葉に
ユウキはおかしそうに笑って
「自分を信じられないのに私を信じるの?」
「そう、ユウキが俺を信じるように」
「俺もユウキを信じたい」
人と人が決してわかり合うことは無い
だからこそ、信じるなんて言葉を使うんだ
勝手に期待して、勘違いして幻滅する
そんな都合のいい言葉でしか
あの時中学時代のまま立ち止まり続け
何も変わらない俺は
ユウキと居て良い理由を見つけられないから
彼女が信じた嘘を
そんな幻想を本当にする為に
その先にあるのが
救いようの無い死だと知っていても
ーーせめて、足掻こうと
暫く、無言のままで向き合って
気恥ずかしくなってしまった俺は
誤魔化すようにそれを言う
「…んじゃケーキ食べようか」
「ユウキはどれ食べる?」
机の上に並ぶざまざまなケーキ
ちなみに俺はフルーツタルトとか
ショートケーキとか
果物の乗ったケーキはあまり得意ではなく
…食べるのはモンブラン位だ
そもそも栗って果物だっただろうか?
スイカが野菜だって言ってたから
木になるのが果物だっけ?
そんな質問にユウキは当たり前のように
「…全部食べるよ?」
その言葉に
どうでもいいことを考えていた俺は驚き
「さすがに多くない?」
いくらユウキが食べるといえ
さっきフルコースを食べたばかりで
…流石に食べきれないだろう
それでもユウキは駄々をこねる様に
「でも私は、全部食べたい」
「どれが美味しくて、どれが好きか分からないから全部知りたい」
…当たり前のように口にしようとしていた
ーーもう、ユウキには無いんだ
また今度も、次来ればいいも
そんな事はもう無いから
だから、彼女は全部食べるなんて言うのだ
彼女はいたずらっぽく
「欲張りすぎかな?」なんて笑い
フォークを握ったまま手を付けようとしない
「…そんなこと無いだろ」
だってそれは今まで
何も知れなかったのだから
そんな全ては彼女のせいでは無いから
俺は一番近くにあった皿
そのケーキを半分に切り分けて
半分を口に放り込み、皿をユウキに渡す
口の中に生クリームの甘さが広がって
俺はケーキを紅茶で流し込む
「これなら全部食えるだろ?」
そう言って、ユウキに笑顔を向ける
ユウキは一瞬、驚いたような顔をしたが
すぐに、笑顔になり嬉しそうに言う
「それなら全部食べれそう」
「…こんなに簡単だなんて思わなかった」
ユウキも小さくなったケーキを
一口で食べて微笑む
ーーそれは、簡単なことなのだ
食べ切れないなら分ければいいし
抱えきれないなら話せばいい
そんな、当たり前で簡単な事を
俺たち二人は上手くできない
彼女は独りで、知らなかったから
俺はそれが欺瞞だと、知ってしまったから
自分の苦しみや幸せをそんな思いを
分けてもいいと気が付かなかった
決して、無くなるわけじゃなくて
そこに有り続けるのだとしても
飲み込み、流し込んでしまえば分からなくて
二人寄り合っても
決して普通には程遠かったとしても
そんな普通な当たり前でも
机に並べられたケーキは
俺達の手で次々に切り分けられ
お互いの口の中に消えて
…甘いし、もうお腹いっぱいだけれど
継ぎ足した紅茶はまだ熱く湯気を立て
喉元をすぎれば忘れてしまう
そんな熱を忘れないように
ケーキを食べ、紅茶を飲み続け
別に全部食べ切ったからって
彼女の不幸が無くなるわけじゃない
そんな事は分かっているけれど
まるで、お互いの不幸も幸福も
余すこと無く分け合うように
俺達はケーキを食べ続けた
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