手のひらで踊る


「チアキ?大丈夫?」

店から出てしばらく歩いていたのだろう

そこには見覚えのない景色が広がっている


到底歩いて帰れる距離では無いのに

何故歩いていたのかすらも分からない


「えっと、今日はごめん」

とりあえずユウキに頭を下げる

「…恥ずかしい思いさせちゃったね」


良かれと思ってやった事とはいえ

勝手な思い込みで恥をかかせてしまった


それに、自分の事に手一杯で

フォローも謝ることも忘れていた俺は


多分、浮かれていたのだろう

女の子と仲良く

オシャレなレストランでご飯を食べる


そんな事今まで無かったから

勘違いしてしまった


椎名の言葉を思い出す

「…それ、彼女?」


その問いに

今ならしっかりと答えられる

友達でもなく、ましてや恋人でもない


ただの被害者と加害者だと

そう答えられた筈だ


俺とアヤメが共犯者なら

俺とユウキの関係はそれが正しいはずなのに


ユウキの言葉に、日常に見える

この生活に勘違いしていた


身勝手に彼女を振り回し、傷つけるなら

それは彼女が捨てたかった不幸と

何が違うのだろう?




頭を下げ続ける俺を

ユウキは優しく抱きしめて


「チアキ、私はそんな事聞いてないよ?」

「私が聞ききたいのは、チアキが大丈夫かどうかだよ?」



その言葉に俺は

大丈夫って口を動かそうと

俺は平気って笑いかけようとするが


そんな意地さえ紅い目は見透かすようで

「…チアキ、いま嘘つきの顔してる」

彼女はそれを許さない


だって、俺は加害者で

だって、彼女は被害者なのに


それでもこんなふうに身体を寄せあって

彼女は優しく問う

「…チアキは椎名さんが好きだったの?」




そんな言葉に俺は、もう抗えなかった

「……そうだね」


「そのために、一生懸命強くなった?」


全てを知るような声に

ゆっくりとそれは溶け出してしまう



「うん、そうだよ」

「いっぱい傷ついたけどそれでも良かった」

「それでも…彼女が俺を」

「好きって言ってくれれば…」




「そっか」

「チアキは優しくて、強いんだね?」


前にも、こんな会話をした気がする

彼女は俺をいい人だと言った


「優しくないし、臆病なだけで」

「強くもない」


だってそうだ

こんなにも簡単に涙が溢れてしまう




一度泣いてしまえば

もう止めることは出来なかった

嗚咽を上げて、俺は泣きじゃくる


こんな他愛もない

不幸すらを受け止めきれない俺を

ユウキはあやすように抱きしめて言葉を紡ぐ


「ううん、チアキは優しい」

「だって私と一緒に居てくれる」


「私が何もわからなくて馬鹿で」

「一緒にいるだけで笑われてしまうのに」

「恥ずかしい思いをいっぱいするのに」



「それでも嫌な顔せずに一緒に居て」

「私の事を考えてくれる」

「…それはきっと優しいんだよ?」



彼女の言葉は優しい嘘で、その言葉は

大切な何かを間違えていると知っている


…だってこれは契約なのだ

身の毛もよだつ様な、最低の契約


それでも、そうと知っていても

彼女も、俺も縋るしか無いのだ


この寒空の下で震えながら

凍えないために


それがたとえ

全てを嘘で塗り固めた関係だとしても



ーー彼女は俺が泣き止むまで

何も言わずただ抱きしめつづけた。


どれくらい、そうしていたのだろうか

「もう、大丈夫」

そう言って、俺は彼女の腕から離れる。


「…つーか、俺ダサいね」

「泣き喚いて、慰められて」

「ガッカリしたでしょ?」


俺はそれにどう返して欲しかったのだろう?


そんなこと無いと言って欲しかった?


それとも、幻滅したと

突き放されたかったのだろうか?


…多分、どちらでも良かった筈で


ただ、その少女はそのどちらでもなく

笑って言った


「安心したよ」

「なんでもは知らなくて」

「嫌な事あると泣いちゃて」


「自分と一緒なんだって思えて安心した」


今日俺はいくつの事を知らなかっただろう

店の名前、料理のこと、テーブルマナー

そのどれも、俺は知らなかった。


今日俺はどれだけ

彼女の前でみっともなく涙を流したのだろう


「私も、知らないこといっぱいあるよ?」

「漢字も、バスの乗り方も、食べた子の名前も全部分かんなくて」


「殴られた時、ご飯が食べられなかった時、それが命あった事もわからなかった時」


「私も悲しくて、いっぱい泣いたよ」


ユウキは必死に言葉を続ける

多くを知らないから

少しでも伝わるように話し続ける


「ずっとねそんなの私だけだって思ってた」


「わからないのも、泣いちゃうのも、私だけだって思ってて」


「…チアキを困らせてるって」

「そう思ってた」


「だけどね」

「チアキも私と一緒だったんだよね?」


少女は俺の手を握り、微笑む

「だから、さっき嬉しかった」

「やっとチアキの事を考えられるって」

「一緒に悩んであげられるって」


彼女は俺の望んだ言葉を返しはしない


そんなこと無いなんて

見ないふりをすることも

幻滅したなんて見限ることもせず


紅い瞳は俺を見続けて


逸らすことなく瞑ることなく

ただ、もっと知りたいとそう告げる


なら、俺はそれに答えるべきだ


「…この前のウチでの話覚えてる?」

「剣道の話?」


「そう、その話」

ゆっくり息を吸い込んで

そうじゃないと声が震えてしまいそうだ


「面白い話じゃないし、オチもないよ?」

ユウキは頷く

「私はチアキが知りたいから」

「悲しくても、くだらなくても」

「それでいいよ」



冷たい風が吹き荒んで

さっきまで感情が昂ぶってたからだろうか?

あまり寒さを感じなかったが

…多分、この話は少し長くなる



「話してもいいけど、何処かに入ろう」

「寒いでしょ?」



「…うん、そうだね」

「あそことか、おしゃれな感じ?」



よく分からなそうに指を指すユウキ

そこにはおしゃれな外観の…ホテルがあった


「さっきからね人がいっぱい入ってたから」

「人気のお店なの?」




……まぁ時期も時期だし

人気の店ではあると思うけど


「…なんか喫茶店探す」

スマホを取り出して検索しながら思う


クリスマスが近いラブホテルの前で

泣きながら、女の子に縋り付いている

…恥ずかしさで死にそう


幸い、すぐ近くに喫茶店が見つかり

恥ずかしさから逃げるように

足早にそこを立ち去ろうとすれば


歩き出した俺の手をユウキが掴む

「歩くの早い」

手を繋がれて驚き、立ち止まってしまう

それでもユウキは手を離そうとしない


「…ゆっくり歩くよ」


「うん、ゆっくりでいいよ?」

ユウキは、いたずらっぽく笑い

「それとも腕組む?」

「…いや、このままでお願いします」


仕方なく、そのまま手を繋いで歩き始める

「なんで急に?」


ユウキは首を傾げて

「さっきのお店に入ってく人達がみんな、そうしてたから?」


…お店ってかラブホテルね?


そんな所に行くのだから

当たり前だろうと思ったが、思いなおす


…誰しもが付き合っている恋人でもないのだ


それは、もしかしたら不倫かもしれないし

ついさっきまで友達だったかもしれない


…それどころかお金だけで繋がる関係かも

分からない


それでも少しでもそう思えるように

皆そうやって歩いている


どれもこれも

クリスマスには恋人と過ごさないとなんて

そうじゃない奴はまるで不幸だなんて


ありもしない普通に

怯えているだけだとしても


彼女がそんな普通に憧れて

俺と手を繋いだのだとしても


それでも良い

だって明日はクリスマスイブだから


クリスマスの空気に

当てられたなんて言い訳をして

誰も彼もが間違えるなら


今日だけ俺もそんな言い訳を

しても良いのだろうか?


彼女の手は暖かかくて

そのぬくもりを離さないよう

しっかりと握り直す


こんなことなら

もう少しだけ遠い喫茶店探せばよかった


だって、この瞬間だけは

俺たちは被害者でも、加害者でもなくて


クリスマスなんていう陰謀に踊らされる

その辺の幸せな奴と変わらないのだから


ありもしない普通を探して

好きでもない奴と手を繋いで


それでも良いなんて思えるなら

このままずっと離したくはなくて


それでもいつか、終わりはやってくるけど

出来るだけゆっくりと歩いた




なんの変哲もない喫茶店

それが、目的地だった


俺は、握っていた手を解いてドアを開ければ

ドアに付けられたベルが鳴る


店内を覗くとマスターが暇そうに

新聞を眺めている


「いらっしゃいませ」

夕方を過ぎた店内には客はいない


マスターは奥のテーブル席を指さす


俺達は羽織っていたコートを脱いで

席に座った




古びたメニューを手に取り、目を通せば

意外とご飯物のメニューも充実している


さっき食べたから要らないけど

どのメニューも美味しそうだった。


「すいません、暖かい紅茶2つとケーキを」


カウンターから出てくることなく

マスターは聞く


「ケーキは何にしますか?」

「オススメをいくつか下さい」


長い話になるのだから

多少多くても構わないだろう


注文を終えて俺はユウキに向き直る


「改めて話そうとするとどっから話せばいいか分からないな」


「…じゃあ最初から聞かせて」



紅茶が運ばれてきた

ユウキは口をつけ、顔を緩める


彼女はもう砂糖とミルクをありったけ入れるようなことはしなくて


そのほうが美味しいと

そして、それが許されるのだと知ったから


そんな些細な事だけど

知ることで少しづつ変わるのかもしれない


「そうだな、昔の俺は剣道だったら…」


苦笑いしてしまう

「剣道なら神にだって勝てると思っていた」


ユウキは笑いもせず

真剣な眼差しで話を聞いている


そう、確かにそんな事を思っていたのだ

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