3日目 ふたりの距離

最後じゃない晩餐

ーーブザーが鳴り響いた


手に持っている竹刀を見て

これは夢なんだと瞬時に理解した

もう竹刀を握らなくなって久しい


そしてこの夢が

いつの出来事のことか

相手の構えを見るだけで分かってしまった


全国の決勝戦


止めてくれと

叫ぼうとしたが声を発することは許されない


タイマーを見れば、残り時間は0秒

お互いに元の位置に戻り審判の判定を待つ


二人とも有効打は無かった

だから、この試合は判定で相手の勝ち

……そうだった筈なのに


審判の判定を待たずして相手は面を脱ぐ


「負けました」

にこやかな笑顔で俺に告げる


耳を塞ごうとしたが

体は動いてくれなかった


その言葉に会場がざわめきに包まれる

「最後の小手、参ったな」


確かに手応えはあった

だが審判は有効打と認めなかった

それが全てで


夢だから、そんな事は無かったはずなのに

相手は嘲笑じみた笑みを浮かべて

まとわりつくような声でそれを告げる


「くだらない小細工して」

「それでも何一つ手にできないなんて」

「本当に、可哀想な奴だな」


そして、告げられた言葉は

「いい忘れてたから言っとく」

「…優勝おめでとう」


ーーそこでやっと目が覚める


パジャマ代わりのスウェットは

びっしょりと汗で濡れて


こんな夢を見たのは

昨日のアヤメとの会話のせいだろうか?


もう2年も経っているというのに

鮮明に描かれたそれは、悪夢というほか無い


俺はスウェットを脱ぎ捨てシャワーを浴びる


「おはようチアキ、早いのね?」




シャワーから上がった俺に

寝ぼけ眼のユウキは声をかけた


昨日のことなど

まるで夢のようにいつもと変わらない少女


時計はすでに昼前を指している

「おはよう、お昼は何か食べる?」


「だってご飯早いんでしょ?」

俺がレストランを予約したのは、午後5時

確かにいつもの夕食に比べれば早い


「お腹すいてた方が美味しいとおもうし」


ユウキはニコリと笑って

「楽しみだね?チアキ」


初めての外食だからか上機嫌のユウキに

少しだけ、安心する


「家出るの4時くらいだけど、それまでどうしようか?」


残念ながら、プランは無い


俺としては昨日の夜ふかしのせいで眠いから

二度寝を希望したいところではあるのだが


「じゃあ、シンデレラ読んで?」

ユウキは本を持ってソファーに座った



ーー棒読みで俺はそれを言う

「シンデレラよ私の妃になって欲しい」


「…駄目、もっと感情を込めて」


多少抑揚を付けて繰り返す

「シンデレラよ、私の妃になって欲しい」


「だから、全然シンデレラへの愛が伝わってこないってば」


……何度目のリテイクだろうか

かれこれ30分は同じ台詞を繰り返してる


軽はずみに読んでやるなんて

言わなければ良かった


大体、王子さま以外の台詞は

そんなにうるさくない癖に

何で、そこだけそんなこだわるの?


こだわるんだったらまず人選からやり直した方がいい冴えない男子が王子様だったら

いくら名演技でも興行収入悲惨だから


世の中やっぱり顔ですよ顔

それでも俺が演じろというのなら


もう声優さんに依頼して

朗読CD作ったもらった方が早い気がする


口パクの演技だけは

合唱祭で鍛えたから自信がある


ちなみに上手くサボるコツは

声のでかいやつの近くを陣取る事


時計を見て、諦めたようにユウキは

「次までに練習しといてね?」

そう言って笑う


俺が本を閉じ席を立とうとすると

「チアキ、返事は?」


ため息を付いたのを悟られないようにして

諦めてそれを告げる

「分かりましたよ、お姫様」


その回答にユウキは満足げにして

「今日のお迎えはカボチャの馬車かしら?」

そんな事を芝居がかって言う


「そうだね、2kmで730円払う、緑色で黄色い提灯つけたカボチャの馬車ね」


そのカボチャの馬車はタクシーという



レストランの前でタクシーを降りて思う

もはやタクシー便利すぎて

駄目になっちゃいそう


レストランの外観をみれば

こじんまりとしてはいるが


パリ郊外にありそうな感じの

良い雰囲気が漂っている

…まぁパリ郊外に行ったこと無いけど


店名は…うん読めない

潔く諦めた


隣にいるユウキを見る

今日も相変わらず可愛いので

ファッションのポイントを解説したい

今日のポイントはなんと言ってもベレー帽


フランスと聞いて

悲しいがなベレー帽しか出てこなかった


なんか芸術家とかよく被ってるし

あとは知ってる限りだとグリーンベレー位

しか被ってるの見たことないこの帽子


大変よく似合ってます


あとは、何かオーガニックなんとかな、トップスに今年流行の、パステルなんとかなスカートを組み合わせた……


要約するとマネキンのそのまま買いました


だって分かんないもん

何、森ガールって?

モリゾーとキッコロのお友達?

それとも、マグミラン大尉のほう?


「チアキ、お腹すいたよ?」


さいですか

下らない事を考えてたおかげで

緊張が多少解れて


店のドアを開け店内に入る

「すいません、予約してた小暮ですけど」

燕尾服を着た、ウェイターさんに声を掛ける


にこやかな笑顔で

「17時よりご予約の小暮様ですね?お待ちしておりました」


ご飯時ではないというのに

店内は結構な数の客で賑わっていて


クリスマス直前とあってか、ディナータイムの予約を取れなかった、俺みたいなのが来ているんだろう


別段出てくる料理に

違いは無いので何とも思わないけども




取り敢えず下調べした情報を整理しよう


20代前半に人気で、ドレスコード無いけど本格的なコースとかも楽しめて

ディナータイムなんかは、ピアノとか弾いてるのも聞けちゃうとか


…全部雑誌の受け売りだけどな



案内された席に座りウエイターの説明を聞く


「当店はコース料理とアラカルトどちらも楽しんで頂けるようにご用意させて頂いております」


アラカルトって何?


「食前にお飲み物はお持ちしますか?」


分厚い辞典みたいなの持ってこられた

その脇にソフトドリンクのメニューが書いてある冊子がある


「んと、ジンジャエール二つで」


「はい、かしこまりました」


メニューを軽く見るが

料理名で内容を全く想像出来ない

単語が並んでいた


…これは、プロに任せた方がよくない?

若鶏のクリスティアン

クリームソースを添えてとか書かれても

ロナウドしか出てこない

なに、ドリブル上手いの?


こういうとこで知ったかぶりすると

恥ずかしい思いをするのはよく知っている


「ごめんなさい、全然分かんないんで

オススメのコースでお願いします」


こんな客にも慣れているのだろう

店員さんはにこやかに対応してくれる

「かしこまりました」



店員さんはメニューを下げて

厨房の方へ消え、さすがにこの空気感の中

スマホを弄る度胸はない


肝心のユウキはさっきからテーブルの上に

折られているナプキンに夢中で


完全に手持ち無沙汰な俺は

何をするでもなくユウキを眺めていれば


後ろの席のカップルであろう男女の会話が

漏れ聞こえてくる


「ていうか、前の席の二人あり得なくない?」


「本当、笑いそうだったわ」




そんなに面白いやつがいるのかと辺りを

見渡すが、近くの席には俺たちしかいない


なんか、間違えてた?

いちいちそんな事を言われても

何とも思わない、慣れてしまった。


後学のためになにか間違いだったか

教えてくれると嬉しいと思うくらいで


今後、こんなシャレた店に

来ることないとは思うけどな


「まず、ウェイターが椅子を引くのを待って椅子に座るんだよねー?」




ふむふむ、そうなのか

「持ってきたメニューにも目を通さないし」

「見もしないで、「わからないからオススメで」とかマジ引くよね?」


いや、通したけど

ロナウドしか居なかったんだよ


…後、俺の物真似するんじゃねぇよ

ちょっと似てて、すげーウザい


その後も、ああでもない、こうでもないと

楽しそうに語っているカップル


しまいには、「あの女の子の服、この前行った店のマネキン着てたわ」とか言い始め


…取り敢えず、俺のテーブルマナーが

なってなかったのは良く分かった


それ以上に後ろの二人の

人としてのマナーが終わってる事も



ちなみに言っとくけど

店のマネキンはベレー被って無いから

そこんとこ勘違いしないで欲しい


リスペクトしてるし

インスパイアしてるけど

あくまで、俺のオリジナルだから


そんなことを思っていれば前菜が配膳され

食べ終われば次々と運ばれてくる料理の数々

そのどれも名前すらよく分からない


ユウキは、配膳のたびに店員さんに

「これはなに?」と聞いていて


店員さんも快く解説してくれてるから

特に不便は無いんだけれども


その度に後ろの二人が

クスクス笑ってるのが、気に食わない


…分からないものを分からないまま

食べるよりマシだと思うんですけどね?


目の前に運ばれてきた料理に目を向け思う

確かそれは、オマール海老の何とか風

何とかを添えて的な名前だった


見た目的な事を言わせてもらえば

高そうだなぁと思うくらいで

どこら辺が海老なのか問いたいルックス


それをナイフとフォークで

ぎこちなく切り分け、口に運んでみるが


海老って聞いてたから何となく

エビっぽい味がする気がしなくも無い


全部が全部、そんな調子だった


そして、ユウキに目をやれば慣れない

フォークとナイフに悪戦苦闘していて

皿の周りはソースなんかが飛び散って

悲惨と言う他ない


…多分、俺は店選びを間違えてしまったのだ


俺も料理をお行儀よく食べるのに必死で

味なんて分かってないのが本当のところで




それ以上にユウキに恥をかかせてしまっているという事が何よりも心苦しい


後ろのカップルはもちろん

配膳に来るウエイターさんですら

…少し苦笑いしていて


まるで

「お前達みたいなのが来る店ではない」

そう言われているようなアウェイな空気


そんな所に自分勝手な自己満足で

この少女を誘ってしまった事

そんな愚かさに無性に腹が立つ




ユウキはフォークで食べるのを諦めたのか

手づかみで料理を食べ始める


「ヤバくね、ついに手で食べ始めたわ」

「マジ?、それはやばいねー」


…さっきから何分も、写真を撮ってsnsの更新に励んで、一向に料理に手を付けない奴もマナー的には大差ないと思うんですけどね?


それでいて、なんか冷めてね?だの

評判の割に大したこと無いだの

笑い話にもならない




世の中声のデカい奴と大多数とか呼ばれてる謎の組織に属してる組員たちが権力握ってるから、しょうがないとはいえ


流石に腹が立ってくる

まるで知らない事は悪だと言わんばかりに

当たり前だと押し付け続ける奴に聞きたい


どうして手で食べちゃいけない?


それを説明してみろと




「私、お手洗い行ってくるね」

後ろの馬鹿Àが

俺達のテーブルの前を通り過ぎて


目を合わせないように、下を向いていると

「あれ?小暮くんじゃん?」


そんな声が聞こえて

俺の知り合いに、こんな馬鹿居たっけな?

と顔を上げてソイツを見れば


明るめに脱色した髪、化粧は控えめで

清楚系とは言えないけど、綺麗系って感じ


……誰コイツ?

さっばり分からん

「ごめんなさい、どなたでしたっけ?」


「あー椎名奏しいなかなでって言ったら伝わる?」


彼女は俺の返答に

呆れ顔を隠そうともせず答える


俺は名前を聞いた事を後悔した

確かに言われてみれば

多少面影を残しているかもしれない


中学生の時は化粧なんてして無かったから

全然気が付かなかった


「…久々だね、元気にしてた?」

気まずさを誤魔化そうと口を開いてみたが

ろくに言葉が出てこない


彼女は俺とユウキを値踏みするように

順番に眺めて言葉を返す


「…それ彼女?」


それというのは椎名には目もくれず

黙々と海老を食べているユウキの事だろう


…彼女では無いんだけど

何なんだろうね?この関係


友達?

違う気がする


依頼主?

まぁ、間違ってはない


俺が言葉に詰まっているとユウキが口を開く

「チアキは貴女の何なのかしら?」

底冷えするような声でユウキは問う


「チアキにも、私にも興味無いでしょう?」


真っ直ぐな目で、椎名を見て

椎名はそれに悪びれる様子もなく


「あー怒らせちゃった?」

「大丈夫、全然興味ないし取らないから」


「ただ、こんな身の丈に合わないお店に居るから、ちょっとからかったってだけ」


ズカズカと言いたいことを言ってくれる


「ていうか小暮って名前は千秋だったんだ ウケるね?」



椎名は俺を見て思わせぶりに笑い

当たり前のようにそれを言う


「小暮って私の事好きだったんでしょ?」


その言葉に、愕然とする

俺は彼女にそんな事言った覚えは無い


「あははっ、ビックリしてるね?」


そんな俺を見て、彼女はほくそ笑んで

「…ホントだったんだ、マジウケる」




「私、強い男の子が好きー」


彼女は小馬鹿にするようにあの時まで

俺の全てだった言葉を口にして笑う


「そんな言葉を真に受けて頑張って」

「全国大会で恥まで晒して」


「ごめんねー、そこまでしたのに好きにならなくて?」


彼女は心底楽しそうに言い捨てて


叶わない恋だと分かっていたから

傷つかないと、そう思っていた


でも、そんな事は無くて

その言葉は耳の中で木霊し続けて


アヤメの言っていた通り

俺は何処かで期待していた

もしかしたらと思って捨てられないまま


もう、どうして好きになったのかも

思い出せないのに


それが好きかどうかすら分からないのに

それなのにその言葉は酷く鋭い痛みを持って

俺を刺す






彼女が立ち去ったあと暫くして

すっかり冷めてしまった皿に手を付け


もう、それは砂を噛むようにザラザラとして

なんの味もしなかった










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