宙に浮いたまま

ユウキはお腹を撫でながら

「名前何にする?」

と聞いてきた


主語が無いとまるで出来ちゃった感じにしか聞こえないんですけど…


「うーん、チキンちゃんとか?」

ザ・安直

…ダイソーに有りそうだなコレ


「えーそれは可愛くない」

ユウキがブーブーと文句を言う


「別に黒毛和牛だって可愛くないだろ?」


「でも、合ってるって感じだったし…」

「じゃあなに?ファミチキとか?」


あれ、唐揚げしゃ無いけどな

どちらと言うと、からあげくんの方が近いな


「それ、可愛い」


チキンがダメでそれは良いのか…

正直ユウキのセンスはよく分からない

「じゃあファミチキてことで」


「うん」



「…今日の晩御飯どうしようか?」

ご飯の話しかしてないが

別にお腹が減っている訳ではなくて

他に話すことが思いつかなかった



「チアキに任せる」


正直アパートに帰ってから

外に出る気はしない


「じゃあビザ頼むか」


宅配ピザなんて誕生日くらいしか

食べたことないからわりと高級品だろう


そんな話題も尽きて

やっとこさ重い腰を上げそれを切り出す


……いかにも、それっぽく聞こえるように

ふとなんとなく思い付いたかのごとく

ユウキに聞いてみる


「明日の夜さ、ご飯食べに行こう?」


ユウキはこちらを見て聞く

「夜ご飯もまだなのに、もう明日の話?」



「うん、せっかくお金一杯あるし、少しくらい高級な物食べさせてあげたいなーって」




シミュレーション通りに噛まないで言えた




年頃の女の子だったら

おしゃれなレストランで食事くらいしたいんじゃ無いかなとずっと思っていた


というか彼女と会ってから

ジャンクフードしか食べてない。


「別にいいけれど

チアキのお金少なくなっちゃうよ?」


何を言い出すかと思えば

そもそも、それは俺の金ではない


…確かに、コース料理はビックリの金額で

俺のお小遣い財政で言うと

エンゲル係数が驚異の500%

もはやLCLに溶け込んでるレベルだったが


「俺が食べたいだけだよ?」

ユウキに気を使わせないようにそう言う


ユウキは少し考えて

「わかった」と呟いた


断られなくて良かった


もうすでに予約してるとは

流石に恥ずかしくて言えないまま歩き

アパートに着いた



部屋に戻り暫くして

注文したピザを食べ終えた俺は

ちょっとした不安に駆られ

スマホを取り出し、フレンチと検索する


出てきた画像の料理は名前こそ分からないがピザやパスタの類いでは無いであろうという事にとりあえず安堵する



…流石に、二日連続でピザは嫌だ



そもそも、フレンチって言われたところで

どんな食べ物を提供する店なのか知らない


フレンチトーストとか

フレンチクルーラーとかあるし

イメージだけで言うなら甘いものって感じ?


確認し終えたスマホをソファーに放り投げ

机に置いてあるノートを開き

真新しいボールペンを取り出す


熱心に漢字ドリルの書き取りをしていた

ユウキが寄ってくる




「書くの?」

「うん、書いてく」


俺は

(いちにちめ、よる、うし、なまえ、くろげわぎゅう)


と書いて次はページの中段位に


(ふつかめ、ひる、とり、なまえ、ファミチキ)

と書く




今夜のピザはマルゲリータとクワトロチーズだったのでここに書かれる被害者は居ない


…まるでデスノートだな、コレ


「何でこんなに隙間開いてるの?」


ユウキは俺に聞く

「いや、ユウキが書くって言ったから」


帰ってきてからご飯の時以外ずっとやっていたとはいえ、もう半分くらいまで進んでいる


「難しい漢字は入ってないから、辞書使って調べて書いてみなよ」


「うん、ありがと」

ユウキが一生懸命辞書とにらめっこしながら

書き取りを始める




そんなユウキを見ながら、ふと思った


この少女の立ち振舞いや言葉遣いは

こんなに幼かっただろうか?


その疑問をそのまま聞いてみる


「あのさ?初めて会った時って、もっと年相応というか…大人っぽい感じだった気がするんだけど」


時々、そんな風に感じる事もあるが

今のユウキは、それこそ小学生みたいで


「んー?」


ユウキはいたずらっぽく笑い

何かを口にしかけていたが

不意に出会った時のような口調に戻る


「教えてあげない」

「貴方だって言えない秘密が有る」

「私だってあってもいいと思わない?」


そう、妖しげに笑う


「私だけ言うのは不公平よ」

「だから教えてあげないわ」



薄笑いでこちらを見て

彼女は甘えるような声を出す


「それとも」

「こっちの方が貴方の好みだったかしら?」


本当に人が変わったかのような、立ち振舞い


何も言えない俺を

見つめ続けていた目線が外れ


ふっと操り糸が切れたように

ユウキは優しく笑う


「私が怖い?」

ユウキは、俺に手を伸ばすが

それから逃げることも近づくことも出来ず

少女の手は僅かに俺に届かないまま


「…今はまだそれで良いけど」

「…でも、いつか」


行き場を失ったその手は

何に触れるでもなく宙を彷徨い


彼女は俺の目を見つめて告げる

「いつか、必ずちゃんと聞いて?」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る