嘘と欺瞞

暖め終わった、弁当を持って部屋に戻ると

ユウキが写真入れとにらめっこしていた。


その写真入れの中身に思い当たった

俺は苦い顔をする


無邪気にユウキはそれを聞く

「チアキ?なにこれ」


そこに写っているのは今より少し幼い俺で

中学時代、剣道で優勝した時の写真だった


少し上ずりそうになる声を抑えて答える

「…昔、剣道やってたときの写真」


そんな俺の様子に気が付くことなく

ユウキは言葉を続ける

「昔って事は今はやってないの?」

「見た事ないから、ちょっとだけ見せて」


…止めて欲しい

考えるより先に言葉が出る

「もう、やってないんだよね」


俺がその時

どんな顔をしていたのかわからないが

それを聞いたユウキは悲しそうに俺を見る

「悲しい?」


「…悲しくない」


「じゃあ、苦しい?」


なんでそんなふうに聞くんだろう

もう昔の話で、それは古傷のはずで


自分よりもよっぽど不幸な少女を前に

笑い話にすら出来ない自分が心底嫌になる


「別に何でもない」


それ以上、俺は言葉を続ける気は無く


それでもユウキは紅い目で俺を見続けて

堪えきれずに俺は目を逸らす

「…ご飯、冷めるから食べよう?」


「…うん」


知りたいと言ってくれた少女に

そんなふうに誤魔化すことしか出来ず

「いただきます」

箸を手に取り、唐揚げを頬張る

それを見たユウキもそれを言って

弁当に手を付け始めた



「これ、美味しいね?」

ユウキは嬉しそうに唐揚げを頬張っている


「…それは良かった」


食べ終わった彼女は

遠慮がちに箸をおいて

どこか躊躇いながら切り出す


「チアキ?あのね」


まだ俺は食べている最中だが、

箸を置き彼女の方を見る


「さっきの、剣道の話」

「チアキは聞かないでって顔してたよ」


…そんな顔してたんだ俺


ユウキはそうと知りながらなお

形にならない言葉を続ける


「私、よくわかんないけど」

「教えてもいいよって思ったら教えて?」


ユウキはそれ以上何も言わず

そんな彼女を見て俺は安堵する


それは多分、線引きだった

踏み込んでいい場所を見定める線引き


その事に

俺はまた嘘をついて誤魔化すのだ


「……わかったよ」

「せっかく俺のこと知りたいと思って、聞いてくれたのに悪かった」


少女は言葉を探しながら俺に伝えようとする


「いいよ、でも」

「居なくなっちゃうからそれまでに教えて」

「教えてもいいと思えるように頑張るから」



努めて明るく振る舞う少女

だがその明るさが、今は痛々しくて

多分、俺は彼女に話す日は来ない


彼女の全てを引き合いに出されたとして

他の誰でもなく、この少女にだけは

それを知られたくはなくて


彼女が縋った俺なんて物が


どうしようもなく弱くて

どうしようもなく下らなくて

どうしようもなく薄っぺらい


不幸を気取って、傷付いたと喚き散らす

弱くて、醜い人間だと知られたくは無いから


だから俺は

その言葉に、ただ黙するしかなかった


そうするしか

彼女を傷つけず自分を守る術を知らなかった




食べ終えたゴミを

空っぽのゴミ箱に捨てる


クローゼットから多くない私服を取り出し

修学旅行以来出番のないトラベルバックに詰め込んで


それさえ済めば、ここにもう用事はない


「じゃあ帰ろう」

「あんまり長居すると姉貴帰ってくる」


俺は写真立てを伏せてユウキに告げる


ユウキはちらりとそれを見たが

もう何も訊いてはこない


この世界は嘘と欺瞞で出来ている

それは疑いようも無く

自分が一番それを分かってて


そんな日が来ることは無いと

知りながら嘘をつき


自分がどうしようもない人間だと

知りながら騙して


そんなふうに取り繕ってなお

当たり前すら、ままならない


やりきれない苦さも

答えられない後ろめたさも


そんな全てを見ないようにして

俺は、そっと部屋のドアを閉じて


自分の家を後にする



バス停に向かう最中、行きに立ち寄った

唐揚げ屋の黄色い看板を見つけたユウキは

突然走り出す


俺は慌ててユウキを追いかけて


ユウキは、レジの前までたどり着き

立っている店員に向けて


「ご馳走様でした、美味しかったです」


と言って足早に立ち去る


呆気に取られている店員に、続けて


「あーごめんなさいね、訳分かんないと思いますけど、ご馳走様でした」


まぁ分かるはずないよね、違う店員だったし


説明するのも面倒なので

なにも言わずにユウキを追いかける




「ちゃんと言えた?」

「…言ったよ」


その言葉にユウキは満足気に笑い

そんな表情に少しだけ安心する


アパートの最寄りのバス停で降り

少し歩いた所に有る本屋


そこに差し掛かった時に俺は

必要な物を思い出してユウキに声を掛ける

「本屋寄るけどいいかな?」


ユウキはそれにコクリと頷きを返す

店内に入るとユウキは俺を覗きこみ

しきりに「何買うの?」と聞いてきて


「…ノートと筆記用具」


何に使うのか考えているユウキに

「つけた名前、書いとこうと思って」


書かないと忘れそうだし

今まで一つの生き物だけだったから良かったけど


…イクラとか、数の子とか

1食でノート1ページ埋まりそうだもん


だから、寿司はやめよう

そう心に誓う




そんな俺を見つめ、ユウキは

「私も書く」と無邪気に笑う




店内のあまり多くない文房具コーナーから適当に見繕い、カゴに入れる。


その間ユウキは、隣にある小学生向けであろうコーナーを眺めていた。


「なんか欲しいの有る?」


ユウキに尋ねると

彼女はシンデレラの本を指差す


パラパラとページを捲ると簡単な漢字には

ルビが振られていない


それに低学年には分からないような比喩や表現も多く


多少、高学年向けだろうか?


「これ、漢字分かんないと読めないよ?」


俺は近くにあったシンデレラの絵本を指さす


「これならユウキでも読めると思うけど…」


ユウキはがっかりしたように

棚に本を戻そうとする


…彼女は何も悪くないのに

どうして、何1つ思い通りにならない

そんな些細なことすら許されない


「…俺が読んで、それを聞くんでも良いなら、それでいいけど」


躊躇いがちにそんな提案をしてみる



別に難しい話ではない

いくら偏差値が低かろうが

流石に小学生向けの漢字くらいは読める


…書けと言われると

怪しいのもいくつか有るけど


「買ってもいいの?」

「そしたらチアキ読んでくれる?」


「…別に構わないよ」




笑顔で、その本をカゴに入れ

思い付いたようにユウキはそれを言った


「それとね」

「私、漢字覚えたい」


残り少ない人生とはいえ遊んで暮らせるのに

わざわざ勉強する?


俺には理解できないが

だが、ユウキが珍しく自分の要望を言った

それを断る理由もないだろう


「じゃあ辞書と漢字ドリルかなんか買うか」


彼女が見ても分からないだろうと俺が探す


「小学生ふくしゅうドリル」と書かれたドリルと、子供漢字辞典とやらを手に取る。


内容に目を通せば

ユウキでも理解出来そうだった


一通りユウキの欲しいものは見つけたので

今度は、俺の目的の物を探すことにする


「ちょっと俺も探し物するからユウキは文房具探しといて?」


「分かった」


彼女は嬉しそうに文房具コーナーへ向かい

それを見届けて、雑誌コーナに向かう


並んでいる雑誌を適当に手に取る。


表紙には

「この冬、絶対失敗しないディナー選び」


「これで安心、隠れ家的穴場スポット紹介」


「初心者必見!デートの正しい誘いかた」


なんて文字が踊っている。


隠れ家的穴場スポットって、何?

塹壕かなんか?

戦場のメリークリスマス的な?


目を通せば、俺には縁の無さそうな、

お洒落なレストランが特集されている


その中に「大切な夜にぴったりのフレンチ、ちょっとリッチに、カジュアルに」なんて見出しの打たれた店が目に入る。


見ればここから

そんなに遠くない住所が記載されていた


何より写っている店内には

多少フォーマル風の服を着た大学生くらいの男女が写っている


これ位なら、俺でも浮かないか?


電話番号と住所をスマホにメモして

さて用事は済んだしユウキを迎えにいこう




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