2日目 全ては嘘で

湯けむりってフィクション

結局昨日食べた牛は

黒毛和牛という名前に決まった


疑うことなく黒毛和牛ではないのは

俺もよくわかっているのだが

結局ユウキが気に入っていたので

それになったのだ


…名前負けが凄まじ過ぎる


俺もチアキなんて名前なのに可愛くないので、名前負け友達では有るのだが


せめて、初めての友達は人間がいいし

人間じゃないにしろミンチは勘弁してほしい



そんなことを考えながら、ソファーから起き上がりぼんやりと時計を見れば

すでに昼の12時を回っている



ユウキはまだソファーで寝息を立てて

その間に、風呂を沸かしなおして入ろう




ーーシャワーを浴びて湯船に浸かる、

今日は何をして過ごそうか考えていると

ガラッという音を立て

ふいに浴室のドアが開いた


慌ててそちらに目を向ければ

そこには一糸纏わぬ姿の少女が立っている


「俺、入ってるんですけど!」


「…私も入るだけ」


そう、言うが早いが

浴室に入り込むユウキ


シャワーを浴びる彼女を出来るだけ見ないようにしながら思う


……世の中は嘘と欺瞞で出来ている、と



だって、全然湯気で隠れねぇもん

どーなってんの?


仕事しろよ湯気

俺だって…立ち上る湯気のせいでよく見えない、とか言いたい


DVD仕様なの?

がっつり見えるんですけど?

思春期男子には、刺激が強いんですけど?


体を洗い終えたユウキはこちらに向き直り

俺は慌てて目をそらす


「チアキ、髪洗って」


「いや…それはちょっと」


だって髪は女の子の命って言うし

つまりそれを好きに触れさせるってことは

俺に命を握られてるのと一緒って事だぜ?


…なんら間違いない状況なのが笑えない


ユウキはきょとんとした顔で

当たり前のように

「自分で洗った事無いから」


別に俺とて、髪洗うプロじゃない

自分以外洗った事ねぇよ


とはいえ、洗わない訳にも行かず

諦めてユウキにそれを告げる


「じゃあ取り敢えず後ろ向いてください」


くるりと後ろを向くユウキ


シャンプーを手に取り

彼女のしなやかな髪を洗う


シャワーを浴びてるとき目を向けないようにしていた彼女の体は


アザ、火傷、切り傷

ありとあらゆる悪意が刻み込まれていて


ホントに湯気のやつ仕事しねぇよな

少し位、気を使って隠してやれよ


「髪だけはいつもお父さん洗ってくれてたから」


洗われながら、そう優しい声音で話すユウキ


「そうなんだ」

それにどう返していいか分からない


少女の髪はよく手入れされていて

切れたり痛んだりしているところはないが


少女に悪意を刻み込んだのも

手間隙をかけて少女の髪を洗っていたのも

多分、同じ人物で


ユウキ自身にも分からないのだろう

それでも

まるでそれを宝物のように少女は言っていて


そんな少女に

掛けるべき言葉を探すが見つからず


「…丁寧に洗うね」


それが今の俺が返せる精一杯の言葉だった




風呂から出て気がつく

着ていた制服しかないのだ


散々ユウキの服を買い込んだというのに

自分のは買ってなかった


諦めて着ていた制服に袖を通す


寝室で俺が選んだ洋服に着替えたユウキが

部屋から出てくる


白のニットに

グレーのチェックのロングスカート


うん、可愛い


そんなユウキを眺めていると


「下着はこれ履いた」

不意にスカートをたくしあげるユウキ


慌てて目を瞑るが、見えてしまった


「ガーターベルトのやつね?」

「分かったから仕舞いなさい」


……はい、結局買いました

だって、何でもいいって言うから

俺悪くないよね?


そんなやり取りのあと

今日の予定をユウキに尋ねる


「今日は何処に行く?」


こう言ってはなんだが金だけはあるからな

…俺のじゃないけど


ユウキは待ってましたと言わんばかりに

「考えてたよ、今日はチアキの家に行く」


思いもよらない回答に言葉がでない


「チアキの家に行きたい、駄目?」


上目遣いで見られ

断ろうと思ったが、たじろいでしまう


その上目遣い、反則だろ……


俺はため息を付き、それを諦める

彼女の意向なら仕方ない


それでも、ハードルだけは下げておこう


「駄目じゃないけど面白い物ないよ?」


思春期男子の部屋なんて

精々、エロ本がある位が関の山だ


「うん、でも」

「私も、チアキのこと知りたい」


その言葉に昨日のセリフを思い出してしまう

夜のテンションとはいえ

凄い恥ずかしいこと言った気がするが




まぁ服もないし

取りに行くついでと思えばいいかと

思い直すことにした


「…了解しました」



かくして、初めて俺の部屋に

姉以外の人が入る事が確定したのだった



アパートから出て、バスに乗る。

ユウキには昨日買った茶色のコートを着せた


俺は昨日ユウキに貸していた

ベンチコートを羽織っているが

…それは、微かにユウキの匂いがして


全然嫌じゃないし、むしろご褒美と言える

つまり世の女子は男子から借りた体操着は

洗って返すなと言いたい


…そんなの見たことねぇけどな



特に何を話すでもなく

4つほどバス停を過ぎてバスを降りる

バス停から家までは5分ほど歩くことになる


お腹が空いてきた俺はユウキに聞く

「お昼だからなんか買って家で食べよう」


とはいえ、家に着くまでに有るのは

コンビニかアゲラー本舗位しかない


昨日アヤメが頼んでいたのを聞いていたからか、唐揚げの気分だった


「唐揚げでいい?」


不思議そうな顔でユウキは俺に聞く

「それはなに?」


「…鶏の肉を揚げた食べ物」


言っておいてなんだが

この説明全然美味しそうに聞こえない


リポーターのような語彙力は望みすぎでも

もう少し何かあると思うが


それでもユウキは納得したように


「チアキが食べたいのでいいよ」

「それでまたあとで、名前決めよう」


特徴的な黄色の看板の店舗の前で立ち止まり

弁当を2つ注文する


それを手に持ちしばらく歩けば


「着いたよ、ここが俺の家」


ごく普通の2階建ての建て売り住宅

それが小暮千秋の家だった


…特に解説すること無いな


鍵を取り出しドアを開けると

雑多に靴が並ぶ玄関が俺達を出迎え

そのまま2階に上がり、自分の部屋に入る


学習机の上にはノートパソコン、

あとは折り畳みのベットと、小さいコタツ

本棚には、漫画や小説が並んでいて


「特に面白いもんないでしょ?」


つい最近までは

ベットの下にエロ本があったが

それはすべてデータにしてパソコンの中



これで母親のあいうえお順どころか

ジャンル分けまでされる

整理の魔の手から逃れたと思っていたのに


…パソコン付けたら、フォルダ分けされてた

何なんだろうね?新手の嫌がらせ?


部屋を見回しユウキは少し笑う

「そんなことないよ?」

「チアキの匂いがする」


その言葉にドキリとしてゴミ箱を見るが

…空だった

心臓が飛び出るかと思ったわ


「弁当温めてくるから適当にくつろいでて」

ユウキにそう言い残し、部屋を後にした









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