いただきます

「…後は、靴がいるのか」

彼女の足元を見れば

草履を履いているのに気がつく


流石に草履に合う洋服は購入していない

というか、そんな洋服有るのだろうか?


「東雲さんって靴、何センチ?」


当たり前のように

「測ったこと無いから知らない」


こんな会話にも慣れたもので


カート一杯に積まれた服の山を見て

一人苦笑いする


ランジェリーショップという

修羅場を潜り抜けたのだ、服屋なんて

余裕過ぎてアクビが出るレベルだったが


とはいえ、買い込み過ぎたとは思う


靴の量販店の前にさしかかり

その入り口にちょうどシーズンだからか

暖かそうなブーツが並んでいた


東雲さんの方を見るが

ブーツに興味を示す気配はない 


一応、どんなのがいいか東雲さんに聞くが

「チアキが決めて」

…先程から、これしか返ってこないのだ


俺は諦めて、店員さんに声を掛ける


「サイズ測ってもらっていいですか?在庫あったらこれ欲しいんですけど」


特に暖かそうなムートンブーツを手に取る

…デザイン性は知らん


店員さんは腰に下げたメジャーを取り出し

彼女の足のサイズを測る


「23cmですね」




東雲さんの足は23cm…と


この数時間の買い物で

パーソナルな情報が

俺に駄々漏れてる気がしてならない

…たとえば、カップ数とか


プライバシーの侵害だとかなんだと

最近うるさいから明言はしないが

一つだけ言いたいのは


胸の大きさがすべてじゃない。


メジャーをしまい終えた店員さんは

「それじゃあ、在庫見てきます」と

バックヤードに消える


それを見送り、一息つく


…何も言わないで去ってくれて良かった

俺は足袋を脱ぎあらわになった

彼女の足に目を向ける


細くしなやかな足は

至るところに黒いアザが出来ていて

爪が何枚か剥がれてしまっていて


俺が足を見ているのに気付いた東雲さんが

「何?チアキ」と問いかけてくる


流石に、傷について触れるほど

デリカシーに欠けてはいない


「…いや、足細いなーと思って」


東雲さんは自分の足を見つめている


そもそも女の子の足の太さなんて

彼女たちが気にするほど

男は気にして無いんじゃないかと思うが


…それでも彼女の足は細いと思う


言葉を続ける

「東雲さんはこんな服着たいとか、こんな靴履きたいとか、そういうの無いの?」


カートに積まれた、服の山


それら全ては俺の独断と偏見で選んだ物で

彼女は一枚も選びはしなかった


「別に…なんでも」

彼女は、そう淡々と返す




正直、なんでもいいが一番困るんだよな…


女の子ってなんでもいいとか言いつつ

フツーに笑顔で「それは嫌」とか

言い始めるから始末に終えない


結局なんでもいいというその言葉は

「私の好みにあったものなら」

なんでもいいって話な訳で


ちゃんと全部言わなきゃ

伝わるわけ無いだろそんなん、詐欺だよ詐欺


…そんな疑心暗鬼にとらわれた結果が

服の山アレだった




東雲さんは別に文句言わないし

どんな格好でも似合うからマシだけど

彼女のお金で買い物するのだから

出来るだけ意向には添いたいと思うのだが…




「なんか一個ぐらいあるでしょ?言ってくれた方が助かるんだけど」


彼女はそれをどうでも良さそうに呟いた

「…ガラスの靴」


聞き返そうとそちらを見れば

紅い瞳が俺を見ていた

聞き返すまでもなく、彼女はそれを繰り返す


「じゃあガラスの靴を頂戴?」


彼女の目は

怒りも、悲しみも携えてはいない


その眼差しに既視感を覚えて

ーー それはまるで


その返答に言葉を詰まらせていると


「お待たせいたしました」


ムートンブーツを手に持つ店員が帰って来る


それを見つけて、急いで席を立ち

レジで会計を済ませ

椅子に座る東雲さんに声を掛ける


「じゃあいこうか?」


東雲さんは言葉を返さすコクリと頷く


歩きながら、その気まずさを誤魔化すように

「お腹すいたからご飯食べよう?」

と声を掛ける


それがなにか良いかを聞くことは

もう、俺には出来そうになかった


彼女は楽しく過ごせればそれでいいのだ

そして俺はその手助けをして

三億円を貰う


それ以上でもなくて

それ以下でもなく

ただそれだけの筈なのだから


ショーウインドウに

歩く俺の姿が反射して

アッシュグレーの髪の隙間から見える

自分のその顔を見た時に

…先程の既視感の正体に思い当たる


俺はそれから目を背けて、俯き


先ほどの彼女

その瞳が抱いていた色は

失望でもなく、怒りでもなく

ましてや、期待なんかでもなくて


諦めだったと気が付いてしまったから


…目を背けるしかなくて


そんな事に気が付かないような顔で

東雲さんは俺に聞く

「何食べるの?」


「…マックとかでいいかな?」


「まっく?」

東雲さんは首をかしげる

「それは、美味しい?」


…人に勧めるほど美味しいかと聞かれれば

どうかとは思う


大体マック食べたことない人って

あんまり居ないだろうから

改めて他人に紹介する機会が無いと言える


「美味しいっていうか」

「まぁ嫌いな人は少ないって感じ?」


価格もこなれていて

探さなくても何処にでもあって

いつ、どこで食べても同じような味で


好きな食べ物にはわざわざ入れないけど

よく食べてる気はする


「つまり、美味しくないの?」


両極端だな…

アンケートだったら美味しいと不味いの他に

まぁ美味しいだとか

どちらかと言えば美味しいとか

どちらでもないとか

そんな感じの選択肢がある筈なんですけど


ちなみに言えば、まぁ美味しいと

どちらかと言えば美味しいの違いは

俺にもわからん


「んー、俺は好きだよ?マック」


「東雲さんが好きかどうか分からないから 食べてみようか?」


結局のところ、美味しいかどうかなんて

食べてみるまでわからない


フードコートの席を取って

カウンターに並び、会計を済ませ席に戻る


適当なセットを2つ買った


「どっち食べる?」


東雲さんは考え込んでしまう


「…じゃあこっち?」

遠慮がちに

照り焼きのハンバーガーを指差す


そちらのトレイを東雲さんの前に置き

俺は手を合わせて

「いただきます」

そんな俺を見て

東雲さんはきょとんとしていた


「それは何?」


「食べる前の礼儀作法だよ」

「意味は、命に感謝するだったっけかな?」


習慣でやってるから

そんな事を毎回、意識してるわけでは無い




東雲さんはじっとトレイを見つめて

「そんな事を考えたこと無かった」

と、そうポツリと呟いて


「いままで私が食べていたのも」

「何かの命だったの?」

「…だから残しちゃいけなかった?」


その言葉に俺は

葬儀場で見せられたビデオを思い出す


彼女は暴力を振るわれない為に

「食べ物を残さなかった」


何で残してはいけなかったのかを

誰も教えはしなかった


何かの命と呟いた時

彼女はとても悲しそうな顔をしていて


それでも、東雲さんは手を合わせ

祈りを捧げるように目を瞑り

知らずのうちに奪ってしまっていた

命を慈しむような声音で厳かにそれを言う


「…いただきます」


包み紙を開け

ハンバーガーを頬張った


モグモグと咀嚼し終えて

にこっと笑う


「…美味しい」




そんな東雲さんを見て

俺はもう一度手を合わせ直して


「いただきます」


今度はしっかりと

俺もその意味を噛み締めて


食べ慣れたハンバーガーだったが

その味はいつもよりちょっとだけ

美味しい気がした




すべてを食べきった後、俺は言った


「東雲さん食べ終わったら」

「ご馳走さまって言うんだ」


俺は手を合わせてみせる

「これは?」

「これは一生懸命、美味しく食べられるように作ってくれた人に感謝するって事」


「うん分かった」


東雲さんは手を合わせ

「ごちそうさまでした」と


いきなりの事に面食らってしまう

…何故?


そんな俺をよそに東雲さんは

心配そうな顔で俺に聞く


「ねぇチアキ?」

「作ってくれた人聞こえたかな?」


思わず笑ってしまった

「大丈夫だと思う」

「そんだけ大きい声で言ったから、聞こえてるさ」


そう言って

トレイを片付けようとすると


「ごちそうさまでした言わないのは悪い子」


と指を指される


……確かに言ってない

東雲さんは楽しそうに笑って


「ちゃんと聞こえるようにだよ?」

なんて言ってくる


そんな馬鹿みたいなこと出来ないと

言いたい所だったが


言ってることが正論なだけに

反論の余地はない


それに確かに

作った人に感謝するというのなら

聞こえるように言うべきではある



仕方なく俺も

あらんかぎりの声で叫ぶ


「ごちそうさまでした!」


周りの人が一瞬こちらを見るが

すぐに目を背ける


まぁ…そういう反応ですよね


それでも何一つそれは間違いでなくて


そんなくだらない事を本気でやった自分に

声を上げて笑ってしまった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る